20日目 お揃いのマグカップ
「食った食った……」
俺はネギ玉牛丼の余韻に浸りながらアパートの鍵を回す。
今日は朝から牛丼気分だったのだ。
平日は週3で食って飽き飽きしている牛丼だが、休日に食うのはまた別枠である。
昼を回ったがスマホにメスガキからの着信は無い。
今日は久々のフリーの一日だ。
軽く仕事をして、夕方からキングダムの一気読みを始めるとするか———
「おじさんお帰りー。丁度お茶淹れたとこだよ」
……居た。
部屋の中、でっかいクッションに埋もれたメスガキが、足をパタパタさせながらキングダムを読んでいる。
「お前来てたのか。今日は来ないかと思ってホッとしてたのに」
「またまた~♡ あたしに会いたくて震えてたんでしょ? おじさん、めっちゃ笑顔じゃん」
「愛想笑いだ。社会に出ると、大抵の人間関係はこれでどうにかなるんだぜ」
……あれ、なんかおかしくね?
アポなしで来たりしないように連絡先教えたんじゃなかったっけ。こいつにとっては、ここってもう自由に出入りしていい場所になってるのか……?
「そのクッション持ってきたのか? そんなのうちに無かったはず———」
部屋に入った俺は思わず目を疑った。
雑誌や服が山積みになっていた部屋の一角。真新しい本棚とタンスが入っているのだ。
「……なにこれ」
「また漫画を床に積んでたでしょ? 本棚にちゃんと並べといたから。雑誌も種類別に分けたし」
「そうか、ありがとう。で、横のタンスはなに?」
「あたしの荷物、そこら中に散らかしてたら困るでしょ。上半分はおじさんのだから、服も畳んで入れといたよ。下着くらいちゃんと仕舞っときなさいよね」
「そうだな、分かった。それでこれどうした」
「さっき届いたの。オシャレでしょ?」
「ああ、うん」
こいつ……まともに話すつもりは無いな。
「……ちょっとここ座りなさい。いいから」
「どうしたの、怖い顔して。ちゃんと貯めてたお年玉使ったんだよ」
「あのな、ここの家主は俺だ。許しも得ずにこういうことしちゃいけません」
「なに言ってんのよ。昨日LINEでいいって言ったじゃん」
……ん?
そう言えば、家具の写真を送りつけられた気がしたが。
「……え、あれって俺の部屋用だったのか?」
「あたしの部屋に入れる家具を、おじさんに相談してどうするのよ」
適当に返事してたらこんなことに。
これ、引っ越すとき大変だぞ……
「じゃあ、おじさん。あたしの部屋のこととか想像しちゃったんだ?」
「いや、別に」
「またまた~♡ そのうちね、そのうち♡」
こいつんちに行くって、呼び出し以外に何があるのか。
多分、弁護士とか同席してるぞ。
「それはそれとして。買っちゃったもんはしょうがないけど、この部屋狭いからこれ以上は入らないからな」
「大丈夫、少しくらい狭くても気にしないから。むしろ秘密基地みたいで楽しいよ」
俺の家、秘密基地扱いか。秘密のままなら良かったのに。
「ってことはお前の部屋広いんだな。何畳くらいあるんだよ」
「畳とか言われても分かんないんだけど。確か30㎡くらいって聞いてるよ」
30㎡ってどのくらいだ?
俺の部屋が風呂場とかも入れた全面積が25㎡くらいだから……
「お前の部屋、キッチンとか風呂も付いてるのか……?」
「んなわけないでしょ。うち、お風呂二か所しかないし」
「へえ……」
こいつの家、都内の駅直結のマンションだったよな。
風呂が二か所あって、子供部屋が小さめのリビングぐらいあるとか。
「……うちの会社、そんなに儲かってたっけ」
「どうだろ。ママの会社の方が儲かってるって聞いたけど。マンションもママが一括で買ったし」
こいつの親、両方とも社長なのか。しかも母親の方が金持ちとか。
なんなら、こいつの母親の会社に入った方が良くないか……?
「なあ、お前の母親の会社って———」
「ん? なあに」
大きな瞳をキラキラさせて見返してくるメスガキ。
「……いや、なんでもない。ちょっと歯を磨いてくる」
俺はそそくさと立ち上がる。
……いかん。俺は子供相手に何を言おうとしてたんだ。
両親は社長でも、こいつは一人の小学生だ。
父親は俺の雇い主でも、こいつにとっては大好きなパパで———
「……俺も汚れた大人になっちまったな」
あいつの顔を見てられなくて、つい席を外してしまった。
とりあえず歯でも磨いて落ち着こう。
俺は歯ブラシに手を伸ばし———っ!?
「おい、ちょっと待て! 何でお前の歯ブラシとコップがあるんだよ」
にやけ顔のメスガキがひょこりと顔を出す。
「いま気付いたの? だって、ご飯食べたら歯を磨かないとー」
「それとこの化粧ポーチはお前の? ちゃんと持って帰るよな?」
「安心して、ここ用だから。中身は秘密♡」
「……なるほど、ここ用か」
安心とは程遠いが、とにかくこいつがこれからも入り浸るつもりなのは良く分かった。
お年玉で本棚とタンスを買う小学生……追い出せないよな。
俺はため息をこらえつつ、歯ブラシを掴む。
今日は仕事はしないと決めた。キングダムの一気読みで過ごしてやる———
本日の分からせ:分からせられ……30:70
アラサーさん、意外と(?)押しに弱いようです。
家具がアパート用だったことは、果たして本当にアラサーさんの勘違いだったのか、ミスリードを誘ったのか……永遠の謎です。
そして次回アラサーさん、過去の亡霊が襲い来る。
メスガキちゃん、そろそろ本妻の風格が出てきました。
そんなメスガキちゃんを分からせたい人も分からせられたい人も、是非引っ越し祝いに★~★★★★★を投げて頂ければ幸いです。
きっと、メスガキちゃんと新婚ごっこで遊んだ後で『いい練習になったね♡』って言ってくれます。
ちなみに私も、脳内練習はかなりこなしてきたので、あとはメスガキちゃんが来てくれるだけです。




