17日目 女の武器VS男の理性
例の非常階段。
外を眺める俺の横、メスガキが髪をくりくりねじりながらチラチラこちらを見て来る。
「———ホント困るのよね。どうしたらいいんだろ」
「そうだなー。困るよなー。どうしたらいいんだろうなー」
———会話の基本は共感である。
俺は素晴らしい共感力を発揮しつつ、目の前を飛ぶ赤トンボを眺める。
11月に入ってすっかり姿を消したと思っていたのだが、まだ生き残りがいるようだ。
どことなく親近感を覚えながら指を差し出す。
「……ねえおじさん、聞いてる?」
「聞いてな———あ、いや、聞いてる聞いてるって」
「やっぱ聞いてないし!」
膨れっ面で詰め寄ってくるメスガキ。
今日は秋用のコートに身を包み、いつもとちょっと違う雰囲気だ。
……あれ?
「お前化粧してる? それとつけまつげしてんのか」
「まあね。おじさん、やっと気づいたんだ」
メスガキは得意げにコートの前を開く。
その下にはいつもと同じような派手目な子供服———
「……お前、ヘソ出てるぞ。冷えるから仕舞っとけ」
「またまたー♡ おじさん、ちょっと意識しちゃったりしてるんじゃないの~♡」
正直、冷えそうだなあと思います。
俺はしゃがみ込むと、メスガキのコートの前を合わせる。
「ほら、はしたないからちゃんと隠しなさい。それと化粧も学校で何も言われないのか?」
「……放課後、友達にしてもらったし。それに学校では上にもう一枚羽織ってたから」
「じゃあ、帰りはそれ着て帰ろうな」
化粧をしてくれる友達なんかいるのか。
学校で友達がいるのか心配だったが、杞憂だったようだ。
「この格好……似合って無かった?」
「オシャレだし似合ってると思うけど。子供は子供らしくが一番だ」
「……どうせあたし子供だし」
……ん。いまのはちょっと不味かったか。
俺はメスガキの頭を撫でてやる。
「悪かった、言い直すよ。お前はいつも通りが一番似合ってるから、無理して背伸びしなくていいんだぞ」
メスガキは無言でこくんと頷く。
「話もちゃんと聞かなくて悪かったな。で、なんに困ってるんだ?」
「え? ああ、困ってるというか」
「うんうん、何でも言ってみろ」
そう、大人にとっては小さなことでも、子供にとっては大きな問題だったりする。
ここは俺の大人の引き出しに詰まった知恵と経験で解決して———
「あたしって男子にモテるみたいなの。だから視線が気になるというか。こないだもラブレター貰ったし」
……思った以上にどうでもいい話だった。つーか俺の引き出しにその回答は入っていないし。
「……ふうん、良かったな。お前も誰か気になる男子とかいないのか?」
「同級生とか子供過ぎるし。でも———」
メスガキはからかう様に俺を上目遣いに見上げて来る。
「———気まぐれで摘まみ食いとかしちゃうかも♡ おじさん、少し焦った方が良いかもね♡」
焦ってくれと言われても何を焦ればいいのか。
むしろ小学生同士で健全な付き合いをするのは良いことでは無かろうか。
「でも、そういやお前の小学校って女子校じゃなかったっけ」
「うちの学校、姉弟校があるの。校外イベントなんかじゃ一緒になるのよ」
「それで男子にも見られたりするのか」
「まあ、控えめに言ってモテモテね。おじさんが不安に思うのも無理ないわ」
どちらかといえば不安なのは相手の男子だ。
とはいえ、中身を知らなきゃこいつがモテるのも分かる。
「———まあお前、見た目は可愛いしな」
「んんっ?!」
……しまった。
女性に容姿の話をするのは基本的にセクハラなのだ。
こないだ見た研修動画によれば、『相手がセクハラと思ったらセクハラ』なのである。
壁にヌードポスターは当然駄目だが、プロ野球カレンダーですら選手の組み合わせ次第では一部の女子には地雷なのである。いわゆる解釈違いという奴だ。
「変な意味じゃないからな? 一般論だから」
「ま、まあ、あたし可愛いとか言われ慣れてるし———」
「分かったからヘソしまえ」
「なによ、おじさんだってそんな目であたしを見てるんじゃない。あたしのこと、か、可愛い……と……か…………」
メスガキは両手で顔を隠してしゃがみ込む。
「え、おい。大丈夫か?」
「うー、見るなー!」
顔どころか耳まで真っ赤だ。そしてヘソ見えてるぞ。
「変なこと言って悪かったって。俺、先に戻るから。お前も落ち着いたら建物に入るんだぞ」
「戻るなー! 責任取ってけ!」
何の責任を取れと言うのか。
「分かったよ。肉まん買ってやるから。ほうじ茶もセットで」
「……いらんし。そこに居ればいいし」
言って俺のズボンを指先で摘まむ。
なんか分からんが、これで許してくれるなら安いもんだ。
俺は陽の傾き始めた空を眺める。
責任取れ……か。
過去に言われたことがあるような無いような。
「……いや、無いな」
本日の分からせ:分からせられ……80:20
メスガキちゃんが女の武器で翻弄しようとしたら、返り討ちにあいました。
無意識に反撃を行うアラサーさんは、対メスガキちゃんの達人の域に達しているかもしれません。
そして彼女は女子校通いのお嬢様ですが、女学生ではなく女子校生と言うと別の意味が出るので気を付けましょう。
意味が分からないお友達は、お父さんか学校の先生に聞いてみてください。
さて、次回はメスガキちゃんが別の手段で攻めに出ます。アラサーさん、しのぎきれるか。
そういえば、なぜメスガキちゃんの攻めをしのぐ必要があるんだろう……? と、しばらく考えてしまった私は色々と失格です。
皆さんもこんな人間にならないよう、メスガキちゃんに★彡のお賽銭を投げて身を清めましょう。




