16日目 祝日だとはいうけれど何を祝っているのだろう
文化の日。祝日法によると『自由と平和を愛し、文化をすすめる』日だそうだ。
「働いちゃいけないってのはどこにも書いてないな……」
そう、うちの会社は祝日は出勤日なのだ。
俺は雲一つない青空に煙を吹きかける。
いままで土日も大抵出勤していたので誰も気にしていなかったが、週末テレワークが基本になりつつある昨今。祝日出勤のルールが俄然存在感を増している。
「やってらんねえなぁ……今日はサボろっかな」
なんとなく呟いたのを聞き取ったかのように、軋みを上げて扉が開く。
祝日にも関わらず顔を出したのは例のメスガキだ。
「やっぱここでサボってた! ね、今日休みでしょ? 暇ならあたしに付き合ってよ」
「サボりか休みかはっきりしてくれ。俺、仕事中だぞ」
俺は携帯灰皿に煙草を押し込む。
「だって今日祝日じゃん。お休みなんじゃないの?」
「この会社は祝日も勤務日だ」
「……え? それっておかしくない? 祝日は学校だってお休みだよ」
「お前、ここに来るまで電車も乗ったし店だってやってただろ? 働いてくれる人がいるから、祝日に休める人がいるんだ」
俺の言葉に合点がいったようだ。メスガキは素直に頷いた。
「そういえばそうだね。じゃあ、おじさんが働くと休める人がいるんだ?」
「いない」
「じゃあ何で祝日に働いてるの?」
「……なんでだろうな」
……子供の無邪気さはいつだって少しほろ苦い。
落ち込んだ俺を見かねたか、メスガキが俺の額に手を当てて来る。
「ねえ、おじさん。ちゃんと休んでる? たまには有給取って休んだら?」
週末、誰かさんのせいで休めてないような気もするが。そこは言うまい。
「有休か……たまにはいいかもしれないな」
「でしょ? 一日ゆっくり休んで———」
「うちの会社じゃ、有休を一日使うと一時間遅く出てきていいんだ」
「……有給ってそういうもんだっけ」
「ちなみに三日分一度に使えば、午前中休めるからな。区役所行くときとか、風邪で高熱が出た時に使うんだ」
……なんか言ってて悲しくなってきた。
有休余りまくってるし、全部使って一日休むのもありか……?
「ねえおじさん。最近……というか前から顔色も微妙だし、思い切って休むのも———」
言いかけて、メスガキは怪訝そうに片眉を上げる。
「……ん、あれ」
くんくんくん。
何故か俺の匂いを嗅ぎだす。
「なんか……煙草の匂いが」
「俺がさっきまで吸ってたからな。悪い、そんなに臭うか?」
「……匂いがいつもと違う」
「え、おい」
メスガキは指先で俺の上着の襟をつかむと、鼻を近付けてクンクンと匂いを嗅ぐ。
「……なんか女の匂いがする」
「は? お前何言ってんだ」
真面目な俺になんという言いがかり。
元カノに振られて以来、ひたすら女っ気のない生活を送っているというのに。
「この匂い、女の人が吸う煙草でしょ。パパがいつもさせてるしー」
「あ」
いつもと違う匂いと言えば、恋川の吸ってるメンソールか。
……こいつ、意外と鋭い。
「あ、って何? 変な店行ったんでしょ」
「違うって。最近うちの課に入った奴がここでタバコ吸ってるだけだって」
「なんでおじさんの服からその匂いがするのよ」
メスガキはジト目で俺をつついてくる。
はて、なんでこいつが俺のプライベートまで口出しするのか。
……思春期の女子は、やたら潔癖だったりすると聞くが。
確かに俺の小5の時のクラス委員の女子を思えば、こいつがこんな態度を取るのも頷ける。
俺が部下に手を出してるとか変な噂を立てられても困るし、ここは変な誤解を解いておこう。
「良く聞け。たまたま煙草休憩のタイミングが合った時、一緒に吸ってるんだよ。それとあいつすぐに携帯灰皿忘れるから使わせてやってるし」
「あれあれ~、なんでそんなに休憩のタイミングが合うのかなー その人って、確か昨日から二課に来たばかりの女の人だよね」
「あいつ、あれでも4月からしばらく居たんだぜ」
「……あんな人いたっけ」
「ほら、大卒で新採の恋川」
「ああ、あの可愛い———」
顔を思い出しているのだろう。メスガキは指を口に当て、宙に目を泳がせ———
「?! 全然違うじゃん! なに、なにがあったの?」
……やっぱり驚いたのは俺だけじゃ無かったか。
「何があったは知らんけど、一応俺が指導係だからな。そんだけだぞ」
さて、これで誤解が解けたか。
メスガキはと言えば、やはり俺をジト目で見て来る。
「分かったけどさ、アラサーのおじさんが新卒の子に手を出したら犯罪だかんね。ちょっとは年の差考えなさいよ」
「せいぜい8歳差だから犯罪じゃないだろ。全然普通の年の差じゃん」
「あーりーまーせーん! 可能性を感じないでくださーい!」
……別にどうこうなるとは思っちゃいないが。
若い娘と仕事して、ちょっと癒されるくらいいいじゃん。
内心ちょっと拗ねる俺に、横歩きで隣に並んでくるメスガキ。
「あのね、あのくらいの年が一番面倒なの。セクハラとか裁判とか懲戒免職とか」
「物騒だな」
「そうよ。だ、だから……いっそのこと、もっと離れてた方が———」
メスガキがまだなんか言ってるが、そもそもこの職場でオフィスラブとか聞いたことがない。
だって、ブラック勤務同士で付き合うとか、破滅か辞めるかしかないわけで———
「……いや、同時期に辞めていった連中、出来てたのか……?」
……どいつもこいつも勝手によろしくやってたのか。
畜生、真面目に働くのが馬鹿馬鹿しくなってきた。
「……あんた聞いてる?」
「ああ、聞いてる聞いてる。中に戻ろうぜ。なんかジュースでも奢ってやる」
「どうした風の吹き回しよ」
「ふっ、今日の俺は悪だからな。微糖じゃなくて、MAXコーヒー飲んでやる」
今日の俺はチョイ悪という奴だ。
甘いコーヒーだって飲むし、お菓子だって我慢しない。
「じゃああたし、お茶じゃなくてQoo飲む!」
「よし、リンゴもみかんも両方買ってやる」
その結果の胃もたれも———甘んじて受け止めよう。
本日の分からせ:分からせられ……70:30
アラサーさん、浮気しないように釘を刺されてしまいました。そもそも浮つく気が無いことが問題ですが。
次回、メスガキちゃん、ちょっと恋の駆け引きしてみます。
最近、わからせられたい欲の高まっている皆様へお願いです。
メスガキちゃんに★マークをお捧げ頂ければ幸いです。
きっと、メスガキちゃんが自分とあなたの終活までの人生設計図を作ってくれます。年の差には、割と寛容みたいです。
私とメスガキちゃんの妄想人生設計図、メスガキちゃんが一人になった後半部分が長そうです。
……あ、メスガキちゃんの人生設計図、途中で二人に戻った!? 死してなおNTR……っ!(※最初から最後まで妄想です)




