14日目 二日目のカレー
「んんっ?!」
スプーンを口に入れた瞬間。
メスガキは目を輝かせ、空いた手でペチペチとちゃぶ台を叩く。
「これが二日目のカレー? 昨日と全然味が違うじゃない!」
「だから言っただろ。家カレーはむしろ二日目が本番だ」
俺は得意げにスプーンに山盛りのカレーを口に運ぶ。
「なんかジャガイモまでモチモチしてる。なにこれ、餅と混ぜたの?」
「余分な水分が抜けて食感が変わるんだよ。お前んち、カレーは作らないのか?」
「作るけど。うちのママ、その日食べる分しか作んないし。それにうち、普通のカレールーは使わないから」
ほう、カレールーを使わない。
……それでどうやって作るんだ?
「なんかスパイスや調味料がセットになったやつがあるの。それに鶏ガラスープだったり、ココナッツミルク入れたり色々」
俺の心の中を見抜いたか、サラダをシャクシャク食いながらメスガキ。
「まあ、たまには普通の家カレーもいいもんだろ。お代わりもあるぞ」
「あたしそんなに食いしん坊じゃないんだけど。太るし」
「10才の子供が何言ってんだよ。腹一杯食って空き地とか走り回ってりゃいいだろ」
「おじさんの頃と時代が違うから。そもそも空き地走って何すんのよ」
「缶蹴りとかケイドロとか色々あるだろ」
メスガキのスプーンがぴたりと止まる。
「けいどろ……? なによ、隙あらばおじさんトークに持ってこうっての?」
「いやお前、ケイドロは有名だろ。警察と泥棒に分かれたチーム戦の鬼ごっこだぞ」
「どのみち、10才にもなってやんないって。おじさんの時代は空き地でベーゴマとかメンコとかしてたんでしょ。三丁目の夕日みたいに」
「お前、俺をいくつだと思ってんだ……」
まあ、俺も子供の時は大人は全部ひとまとめだったしな。
今どきの小娘には、ゲームボーイカラーを始めて手にした時の衝撃は分かるまい。
「はい、ご馳走様。まとめて洗うから自分の食器は自分で下げろよ」
さて、一休みしたら仕事を片付けよう。
「人使い荒いわね。レディファーストって知ってる?」
「子供には教育上、手伝いが有効なんだぞ」
メスガキが流しに運んできた食器と引き換えに台拭きを渡す。
俺が食器を洗っていると、戻ってきたメスガキが鍋の蓋を開ける。
「カレー、夜の分もあるんだよね?」
「待て。夜も食ってくつもりか?」
「だって二日目のカレーなんだから今日には食べちゃわないと」
まあ、残っても悪くなるから食い切った方が良いかも知らんが。
とはいえ、昨日の晩からカレーライスは続き過ぎだ。もう一品何か用意するか、カレーうどんにでもリメイクを———
「……ん?」
そういや何でこいつ、当たり前に俺の部屋で飯食ってんだ……?
……いやもう、気にしたら負けだろう。
俺は諦めの境地でカレーを鍋ごと冷蔵庫に突っ込んだ。
「夕飯は早めに食って、駅まで送るからな」
「はーい♡ 遅くなると変態おじさんに何されるか分かんないし♡」
「俺、おじさんじゃないから」
「変態の方を否定しなさいよ」
食器を一通り洗い終え、タオルで手を拭きながらメスガキの様子を窺う。
見れば部屋の隅に積み上げた雑誌を眺めているようだ。
「あ、そっちの雑誌は触るなよ」
「ケチね。ただの漫画じゃない。ひょっとしてエッチな本でも隠してるの?」
「そんなんじゃないって。その漫画、子供向けじゃ無いから」
ヤンマガとかヤンジャンとか、小学生が読むものではあるまい。子供は週刊少年ジャンプまでだ。
「あ、キングダム載ってるじゃん」
「あ、こら。勝手に触るなって」
キングダム載ってるならヤンジャンか。
ヤングジャンプって、子供に見せても大丈夫な雑誌だったっけ。キングダムはNHKでやってたくらいだし、問題はないだろう。
さて、こいつが漫画を読んでる隙に仕事を片付けるか———
……しばらく仕事に集中していたが、メスガキが妙に静かだ。
横目で見ると、ちょうど最新号のヤンジャンを閉じるところだ。
キングダムを全部読み切ったのだろう。メスガキは手付かずの隣の山に手を伸ばす。
「あ、ヤンマガは駄目だ。こっち寄越せ」
「なんでよ。ヤングジャンプとヤングマガジン……似たようなものでしょ?」
「似たようなもんだが、小学生にとっては全然違う。つまり、ほら……一部、お上品な漫画が含まれていてだな」
言葉を濁す俺に向かって、メスガキはやれやれと肩を竦める。
「エッチな漫画のことね?」
「子供がそんなこと口にするんじゃありません」
「あのね、最近の少女漫画の方が過激なの。今どきの小学生を馬鹿にしちゃ駄目よ」
「小学生が読む少女漫画って、なかよしとかリボンだろ。そんな過激な場面があるのか?」
「ロリコンおじさんは小学生に変な幻想持ちすぎ。最近の高学年はもっと大人向けのを読んでるの」
最近はそういうものか。そういや頭がフットーしちゃうのも少女漫画だったよな……
メスガキは鼻歌混じりに雑誌を開く。
「これ、可愛い絵じゃない。ファンタジーもあたし結構好き———」
メスガキは雑誌をぱたんと閉じる。
「どうした?」
「……変態」
震えながら低い声で呟くメスガキ。
「え? なに読んだ?」
「……なんか女の子がビュルビュルって。ビュルビュルって言ってた」
ひょっとして、パラレルなパラダイス的な漫画を開いたのか。よりによって俺的子供に見せたくない漫画ランキング、独走中の名作だ。
「変態、ド変態……」
「静かに言うなよ。一日外出録ハンチョウが見たくて買ってるだけだって。ほら、他のページにはお前が読んでも大丈夫な漫画が———」
俺はヤンマガを開き———そのまま閉じた。
「今度……リボン買っておくから」
メスガキは俯いたままフルフルと首を横に振る。
「キングダムがいい。単行本」
「え」
確かあれ、60巻くらい出てなかったっけ。
いやしかし……俺の脳裏を社長や大家さんの顔が浮かぶ。
失うかもしれないモノに比べたら、安い買い物である。
俺はこくりと頷いた。
「……分かった。買っておく」
※参考文献『パラレルパラダイス(講談社 岡本倫)』
本日の分からせ:分からせられ……40:60
アラサーさん、雑誌は小まめに捨てると心に誓いました。
次回、新たな週が始まりアラサーさんも心機一転わからせます。ご期待ください。
わからせたい人も、わからせられたい人も、メスガキちゃんに★~★★★★★マークをプレゼントして頂ければ幸いです。
きっと、あなたが隠したHな本を見つけて、顔を真っ赤にしてくれます。
ちなみにその本を突き付けられながら冷たい目で見下されるのもいいんじゃないかと思うのですが、皆さんも同意してくれると信じて結びの言葉に代えさせて頂きます。




