12.5日目 紙飛行機
「はぁ~あ」
これ見よがしな溜息がビル間の秋空に響く。
メスガキの露骨な構ってアピールに仕方なく手元の書類から目を上げる。
「なんだよ。ため息を一つつくたびに寿命が三日縮むんだぞ」
「幸せが逃げるんじゃなかったっけ」
「逃げる幸せが無くなると、次は命が削られるんだ」
手元に視線を戻すと、ボールペンで書き込みを再開する。
そう。俺は現在、後輩の作ったプレゼン資料をチェック中なのだ。
データで送れと言ってるのに、何故かこいつはいつも印刷して資料を渡してくる。
「なんで説明済みの表をわざわざグラフにして、次のページでもう一度説明してるんだ……?」
でも下手に大幅リテイク出すと、あいつ俺に否定されたとか給湯室で言い出すしなあ……
添削を続けていると、メスガキはもう一度大きく溜息。
「寿命は大切にしろ。俺もお前の年の頃は、時間は無限にあると思ってたんだぞ」
「はいはい。おじさんは気楽でいいよね。期待が無い分、将来の心配とかないんだもんね」
なんか俺、失礼なこと言われているぞ。
「なんでだよ。普通、大人の方が将来の不安とかで一杯だろ」
「あんたの人生、この先に選択肢なんて無いんだから。なにを心配するのよ」
……こいつ、なんてひどいことを言うのか。
心の弱い妖精さんとかだと今の一言で死んじゃうぞ。
「お前な。大人なんだから、健康とか親の介護とか老後とか。心配ごとはいくらでもあるんだって」
「そんなのあたしに任せときなさいよ。5人分くらい稼いでやるから」
こいつが稼いだからって俺になんの関係があるのか。
「どうせ暇なんでしょ。あたしの愚痴くらい聞きなさいって」
「なんでだよ。俺今、仕事中だって」
「仕事中に仕事の愚痴は止めなさい。周りに悪影響よ」
「だから人のいない非常階段に出て来たんだぜ」
ああもう切りがない。今度は俺が大きく溜息。
「……どうした、なんかあったのか?」
根負けした俺に向かって、メスガキは理科のテストを突き出した。
「……82点? 結構いいじゃん。なんだよ、褒めて欲しかったのか」
「おじさんと一緒にされても困るんだけど。逆よ、悪かったから落ち込んでるの」
「へえ……」
俺も一緒にされては困る。
ガキの頃、80点以上ならお袋がポケモンカードを買ってくれたもんだったが。
「お前まだ小学生だろ。それに私立だからエスカレーターじゃないのか?」
「これだから20世紀生まれの遺物は困るわ。中学受験もするつもりだし、今の内から気は抜けないの」
ふうん、金持ちも色々と大変なんだな。
俺がこの年の頃、ゲームのことしか考えてなかったぞ。
「次から頑張ればいいだろ。親がそんなにうるさいのか?」
「ママがね。叱りはしないんだけど、にっこり笑って『次は頑張ろうね』って言うの。滅茶苦茶プレッシャーよ」
うわ、なんだかその圧の掛け方は嫌だ。
……つーか覚えておいていつか使おう。
「お前も大変なんだな。どんな問題なのかちょっと見せてくれよ」
「別にいいけど」
私立の進学校とはいえ小5の問題だ。
今になって見れば、ガキの頃どうしてあんなに苦労したのかと———
「……なるほど、うん。そうだな」
「どうしたのよ。問題に興味あるんじゃなかったの?」
「いいか。テストの点数で人間の優劣は決まらないんだぞ」
「人間の優劣の話をしてるんじゃないの。テストの点数の話だから」
「……だよな」
畜生。問題にもメスガキにも、ぐうの音も出ない。
「テストが悪かった日、ママが急に夜食とか持ってくるのも嫌なのよ。あー、もう今日は帰りたくない」
「あんま気にするなって。こんなのただの紙切れさ」
俺は紙飛行機を頭上にかざす。
「……? あんたちょっと、勝手に何してんのよ」
「この下の駐車場に落ちるから大丈夫だって」
「ちょっ、待っ———」
ちっこい身体で飛び掛かってくるメスガキをあしらい、紙飛行機を投げる。
「ああーっ! ホントに飛ばしちゃった!」
手すりに身を乗り出すメスガキの襟首をつかむ。
「いいんだよ。テストなんてこのくらい気楽に考えれば」
「んなわけないでしょ! うちの学校、テストの結果はWEBでログインしたら、保護者から見れるんだからね!」
「そうなん? 悪かったテストを川に流したりできないのか」
「しないし! あれ、誰かに見られたらどうすんのよ!」
「それじゃ、これ返すぞ」
俺はメスガキのテストを返す。
「……は? さっき飛ばしたのなによ」
「資料の白紙ページだ」
今度こそ心からの溜息をつくと、手すりを掴んでしゃがみ込むメスガキ。
「……ばぁか。いい加減にしなさいよ、馬鹿雑魚リーマン」
「悪かったって。そんなに驚くとは思わなかった」
「でもいいわ、少し元気出た」
……今ので? 俺、ガチ謝罪するタイミングを見計らってたとこなんだが。
「こんだけ馬鹿な大人を見てると、自分は断然大丈夫だなって」
「お役に立てて光栄だ」
今日ばかりはあんまり反論できない気がする。
励まそうとしたつもりが、なんか微妙に外してばかりだ。
何故だか元気を取り戻したメスガキは、ランドセルを背負い直すと鉄の扉を開ける。
「あたしもう帰るけど。おじさん、ちゃんとゴミ拾っときなさいよ」
「分かったって。後で拾いに行くから」
「はい、いい子♡」
からかう様に投げキッスするメスガキをシッシッと追い払う。
下手打ったのも、メスガキにからかわれたことより俺がショックだったのは。
……小5の問題が、結構難しいってことだ。
本日のわからせ:わからせられ……60:40
アラサーさん、ちょっといいこと言おうとして、相手をポカンとさせるタイプです。
次回、アラサーさん魔の週末です。
ここまで読んで頂いた皆様は、メスガキちゃんをわからせることに関しては右に出る者はいない古強者とお見受けします。
ぜひバナー下から★~★★★★★にて、皆様のわからせの妙技をご披露ください。
わからせられたい人も、メスガキさんに★マークをお捧げ頂ければ幸いです。
きっと、あなたの寿命が減らないようにメスガキちゃんが毎日小さな幸せを運んでくれます。
毎日あなたに届けられるように、わざと小さな幸せを選んでくれているのは秘密です。
ちなみに私は寿命すら尽きかけているので、とりあえずストライプニーハイでショートパンツ姿のメスガキちゃんを誰か届けてくれないでしょうか。