11.5日目 メロディーチャイムNO.1 ニ長調 作品17「大盛況」
……何気無い、いつも通りの一日。
メスガキとじゃれ合うところを父親に見られるとか、そんなことのない平和な一日。
俺は幸せをかみしめながら、棚を覗き込む。
「さてと……今日は何を食うかな」
約30年の人生で一番、立ち寄った回数の多い建物はどこなのか。
多くの人は答の出ないこの質問に、俺は自信をもって答えることができるだろう。
———ファミリーマート下犬崎東店。
一日平均3回、この10年近く通っているのだから、来店回数は5ケタに及ぼうというところだ。
むしろ自宅より慣れ親しんだこの店だが、正直弁当にも飽きてきた。
たまにはパンで軽く済ますか……
パンの棚を物色してると、思わず目に留まる一品がある。
パッケージに書かれた『きなこあげぱん』の文字。実にタイムリーな奴である。
俺は『きなこあげぱん』を手に取ると、レジへの途中でコーヒー牛乳の500ml紙パックをピックアップ。
今日のご機嫌な夕飯は決まりである。
「あと煙草は———そう、45番で。袋もお願い」
さて、今日もこれからが正念場だ。
常に遅れている作業を少しでも進めて、週末に出社しなくて良いようにしなくては……
袋をぶら下げて会社に戻ろうとすると、片隅の狭いイートインカウンターに見慣れたちっこい人影がある。
例のメスガキだ。
鼻歌混じり、足をプラプラ、袋をゴソゴソやっている。
はて、こんなところで何をやっているのか。興味本位で後ろから覗き込む。
メスガキが取り出したのは『きなこあげぱん』。考えることは同じである。
そしてパックの牛乳の口から、ミルメークを慎重に流し込む。
ちょっとこぼしたが、おおむね満足いったらしい。ストローで牛乳をワシワシかき混ぜると、にまりと笑って手を合わせる。
「いただきます!」
きなこあげぱんに向かって大きく口を開けた瞬間、ガラスに映った俺と目が合った。
「……おじさん、なにやってんの?」
メスガキは途端に澄まし顔になると、俺を振り返る。
「早めの夕飯買いに来たんだよ。お前こそ、ここで飯食ってんのか?」
「揚げパン見付けたし。ちょっと試してみようと思ったの」
メスガキは隣の椅子をポンポン叩く。
「ちょっと、そんなところに立ってると邪魔だし。ここ座んなさいよ」
「え、俺戻るとこだったんだが」
ちょっとした出来心が面倒なことになった。
……だがしかし。10才の子供が一人、コンビニの片隅で夕飯を食べるなんて寂しすぎるではないか。
これも人助けだ。俺はメスガキの隣に腰掛ける。
「あれ、おじさんも揚げパンなんだ。お揃いだね♡ それとも真似したのぉ?」
「たまたまだ。さっきあんな話したから、食いたくなっただけだ」
「あたしも同じ。やっぱお揃いじゃん♡」
……まったく、口の減らないメスガキだ。
構っていてもきりがない。
俺は揚げパンに齧りつくと、コーヒー牛乳をパックごとあおる。
口中に広がる甘味が、脳にガツンと伝わってくる。
容赦ない甘味と旨味の暴力には、この雑な食い方が良く似合う。
「甘っ! でも美味しっ!」
「だろ? これに牛乳がよく合うんだ」
「ほんと? ……って、こっちも甘っ! 全然混ざってないじゃん」
楽しそうに笑いながら、ストローで牛乳をかき混ぜるメスガキ。
「あ、ほんとだ。ちゃんと混ぜたらミルメーク美味しい。揚げパンともメッチャ合う」
ふっ、お前にも分かるか。
いくら金持ちの娘とはいえ、揚げパンの魅力には抗し切れまい。
「でもお前、晩飯そんなんじゃバランス悪いだろ。野菜ジュース買ってやる」
立ち上がろうとすると、メスガキが服の裾を掴んでくる。
「晩御飯じゃないよ。今日はママの作ったご飯があるし」
つまりオヤツか?
でも夕飯前にこんな脂っこいもの食べたら、もう何も入らないぞ。少なくとも俺は。
ふとメスガキが、ストローを口にくわえたまま俺を上目遣いに見つめて来る。
「……ひょっとしておじさん、それ晩御飯なの?」
「ああ、そうだけど」
答えた途端、メスガキが可哀想なモノを見る目を俺に向ける。
……ん? これはひょっとして。
「いやいやいや。腹減って無いから軽めにしただけで。生活に困ってるとかそんなことはないぞ」
「うん、いいんだよ。ちっとも恥ずかしくなんて無いから。あたしのも半分食べる?」
聖母のごとき優しい瞳で俺に微笑みかけるメスガキ。
お願いだからやめてくれ。
いつものようにクソ生意気な態度で俺を煽ってくれないか。
「だから違うって。見てろ、店で一番高い特選和牛弁当買ってやる。まだまだカルビとか食っても全然平気———」
メスガキは俺の肩に手を置くと、ゆっくりと首を横に振る。
「いいから、あたしに任せといて。今日は持ち合わせがそんなになくて。これで足りる?」
差し出した手には数枚の千円札。
……やめて、妙に生々しい。
「金はあるって。そんなにないけど、あるにはあるから」
「だよね。ごめんね、おじさんも男の子だもんね。これはそう言うのじゃないから」
「だから手にお札を握らせるなって!」
顔なじみのコンビニ店員が遠巻きに俺達の痴話喧嘩(?)を眺めている。
……あ、いま出ていったの総務課の奴だ。
———何気無い、いつも通りの一日。
そしてこの日が、10年間通い続けたファミリーマート下犬崎東店を訪れた最後の日でもある。
本日の分からせ:分からせられ……30:70
アラサーさん、初めて自分からメスガキに絡みに行ったことに寝る前に気付きます。痛恨のミスに悶絶するアラサーさんの姿に、皆さんエールを送ってください。
次回、アラサーさん、メスガキちゃんをはげまそうとして微妙に滑ります。
そして皆様にお願いです。
この連載の行く末は皆様のご支援とわからせの熱い想いに掛かっています。
メスガキさんをわからせたい方は、バナー下から★~★★★★★にて、情熱の熱いわからせの息吹をお伝えください。
わからせられたい人も、メスガキさんに★マークをお捧げ頂ければ幸いです。
きっと、メスガキちゃんが『あんまり無駄遣いしちゃダメだよ♡』と言ってお小遣いをくれようとするのですが、間違ってあなたの誕生日にあげようとしていた手作りの『何でも言うことを聞く券♡』を渡されちゃって大変なことになります。長い。
ちなみに私も肩叩き券で全てが許される平和な世界に転生したいです。