10.5日目 事後の一服
すっかり夜は更け、雨上がりの空には丸い月が浮かんでいる。
今日は満月だ。
白けた都会の夜空には星一つ見えない。
「今日も疲れた……」
非常階段の手すりに肘をかけ、湿った空気に煙を吐き出す。
……疲れたのも無理はない。
社長と遭遇した上に、なんだか俺のことを『娘の関係者』として認識してることが判明したのだ。
「あの小娘のお気に入り……か」
10才の子供がアラサーをどういう理由で気に入るというのか。
からかいがいがあるというのなら、高橋でもいいはずで———
……いや、駄目だ。二人並んで歩くだけで事案の香りしかしない。
見るからに真面目そうな俺と一緒だから、社会的に猶予されているわけで———
ガタリと背後の扉が開く。
……?
こんな時間に誰だろう。ここでタバコを吸っているのは俺くらいだと思ってた。
「はい、こんな遅くにボッチのサボリーマン見つけました~♡」
俺は思わず煙にむせる。
「げほ、げほっ! おまっ、お前なんでいるんだよ。飯食いに行ったんじゃないのか」
咳き込む俺の背中をトントン叩くと、メスガキは上機嫌にニンマリ笑う。
「もう食べて来たし。チャーシュー麺、美味しかったよ!」
「ああ……確かにあそこのチャーシューは絶品だ」
口に入れただけでホロホロほどける食感もさることながら、肉の旨味を生かした味付けが中太麺と絡むと新たなハーモニーを———
「やっぱお肉は美味しいね。今度また行こうよ」
……うん、やっぱ肉は美味いよな。肉だし。
俺ももうちょい素直に生きよう。
「給料出たらな。つーか、またうちに来るつもりか?」
「だってまた来ていいって言ったじゃん。ゲーム途中だし」
確かに言った……か?
言ったような気がするが、それってそういうことだっけ……違うような……
「まあ待て。お前も棚のジャンルとしては嫁入り前の娘なんだ。一人で男の家に行くのは良くない。そもそも、男女七歳にして席を同じゅうせずという言葉があるくらいで———」
「くちゅん!」
……なんだこの可愛らしい音は。
メスガキはハンカチで鼻を拭く。
「うー、冷えてきた」
そういやもう10月も下旬。
夜はすっかり冷えるようになってきた。
「風邪ひくから、そろそろ戻れよ。親父さんも一緒なんだろ?」
「うー、またあたしをオミソにするー。帰らんしー」
ズルズルと鼻をすするメスガキ。
……仕方がない。俺はスーツの上着を脱ぐと、メスガキに差し出す。
「ほら、これ着ろ」
「え」
上着を受け取ったメスガキは上目遣いに俺を見上げる。
「おじさん、自分の服にあたしの匂いを染みこませてどうするつもり?」
「どうもせんし。匂い移すんなら、それ返して中に入れ」
「着るって、着るから!」
上着を着たメスガキは、手のすっぽり隠れた袖を楽しそうに持ち上げる。
「なんか生暖かいんですけど~♡ おじさんカイロとかキモキモ~♡」
「……よし。それ返せ。そしてとっとと帰れ」
「返さんし。おじさんの加齢臭が消えるまで、可愛いあたしが着ててあげる♡」
「やっぱ返せ。それに加齢臭じゃなくて煙草の匂いだし」
俺の伸ばした手を、笑いながら掻い潜るメスガキ。
こいつめ、ちょこまかと逃げ回りやがって。
「こら、逃げるなって」
「おじさんの服、パパの枕と同じ匂いする~♡」
……よし、そろそろ大人の威厳を見せてやる。
子供時代にケイドロで身に着けたフェイント技を使い、脇をすり抜けようとしたメスガキを後ろからがっちりキャッチ。
メスガキが楽しそうに悲鳴を上げる。
「よーし、捕まえた。観念しろ」
「キャー♡ 変態おじさんにつかまったー♡」
「声デカいって。いいから脱げよ」
「やーだー♡ あたしを脱がしてどうするつもりー♡」
……ああもう、うざったい。
ケラケラ笑うメスガキにうんざりしながら目を上げると———
「……理沙、そろそろ帰ろうか」
そこには微妙な表情をした社長の姿。
「しゃ、社長……!」
「……どうも田中君。娘がお世話になってたようだね」
「い、いえ。こちらこそ」
……よりによってなんてところを見られたんだ。
これも全部、満月のせいである。
「あ、パパ。もう帰るの?」
メスガキはスルリと俺の腕から抜け出すと、父親の所にトコトコ歩み寄る。
「それじゃね、おじさん。また明日」
「理沙、その服は?」
「あ、そうだった」
メスガキは上着を脱ぐと、俺に返す———前に、ぎゅっとそれを抱き締める。
「はい、マーキング♡」
メスガキがポンと放った上着は俺の腕にフワリと落ちる。
固まる俺に、社長は軽く手を挙げる。
「それでは田中君。いずれまた」
「いずれ……また」
「ばいばーい♡」
嵐は去った。
……しばらくその場に立ち尽くしていた俺は、ようやく手元に目を落とす。
いやお前……上着しわくちゃじゃん……
本日の分からせ:分からせられ……40:60
アラサーさん、あらゆる意味で上着どころではありません。あらゆる意味で諦めましょう。
そして、ブクマやバナー下からの★~★★★★★で、メスガキちゃんをあらゆる感じに分からせてくれる“メスガキわからせ屋”の皆様を募集しております。
我こそはと思う方は、念入りにメスガキちゃんをわからせてやってください。
わからせられたい人も、メスガキちゃんに★マークをお捧げ頂ければ幸いです。きっと、メスガキちゃんが、こっそり枕を抱きしめて匂いを付けておいてくれます。
ちなみに私は、メスガキちゃんが枕を素足で踏んづけてマーキングしてくれるのも捨てがたいと思うのですが、この秋の夜長、皆様はどうお過ごしでしょうか。