お祭大作戦!~萌果&歌子~
軽度のホラー、害虫の描写が含まれます。苦手な方はご注意下さい。
「ということで!今回のサマフェスの宣伝大使である『らむしろっぷ』の織部歌子さん、代々木萌果さんのお二方が来て下さいました~!」
テンションの高いアナウンサーの声に気圧されたのか、歌子は一瞬びくっと身体を揺らした。その様子を見ながら、楽しそうに拍手をしてフレームインする萌果。
「おはようございます、代々木萌果です!よろしくお願いします~!」
挨拶の声を聞いて我に返った歌子も、慌てて続くように声を出した。
「おはようございます、ウタの名前は織部歌子って言いまぁす。よろしくお願いしま~すっ」
「朝早いなかこの番組に出てくださり本当にありがとうございます!さっそく企画の方に移りたいと思うのですが、お二方は大丈夫ですか?」
大丈夫じゃないわよ、と小声でブー垂れる歌子。元々身体があまり強くない彼女は、朝六時集合の収録のために始発ダッシュをさせられ、朝御飯を戻さぬよう先程まで喉をぐっと閉めていた。それを察していた萌果はできるだけ彼女に無理をさせまいと、普段より大きめの声でたくさんトークに回っていた。しかし、その声が逆に歌子の頭に響き、吐き気と頭痛に見舞われながら収録に望んでいる。まさに地獄であり、大丈夫ですかと聞かれれば大丈夫ではない。けれど彼女もひとつひとつの仕事を大切にするべきだと痛いほど理解しており、いかなる状況であれ、するべきパフォーマンスはひとつだと心に決めていた。
「大丈夫です!ウタ、もうわくわくが止まらない~!」
妹キャラを、全うすること。それがアイドル、らむしろっぷの属性である。
「さすが若い子は気合いたっぷりですね、萌果さんもどうですか?大丈夫ですか?」
「はい!明日のサマフェスに来てくださるお兄さん、お姉さんの為にも、サマフェスの魅力がたくさん伝わるよう頑張ります!」
普段はもっと大人しい彼女がこんなに元気に喋っているなんて。ひとりが体調不良だからその分まで頑張ろうとしているなんて、誰も思わないだろうな……と苦笑しながら、歌子は一歩後ろに下がった。気持ちはありがたいけれどその距離でその声は耳が痛い。
「朝早くお二方に集まってもらったのには理由があります。今回のサマフェスはあそこに見えるオーシャンステージで行われますが、このオーシャンステージが存在する東飾海浜公園には他にも売店スペースや遊園地など楽しめる場所がたくさん存在します!今回はサマフェスの開演まで、遊んで時間を潰せる遊園地のご紹介のために、開園前の遊園地に潜入させてもらいました!」
「関係者の皆様、ありがとうございます~!」
がらんとした朝の人気のない遊園地に、少女二人とプロアナウンサーの元気な声が響く。ここは寿司屋か、と問いたくなるほど、朝から異常なテンションの高さで続く番組に歌子は目眩を覚えた。最後まで持つかしら……と不安で滲む冷や汗を拭う。
「お二人にはこのアトラクションを体験して頂きます!」
バッと勢いよく真後ろが抜かれるカット。カメラが向いた方向に視線を飛ばすと、色彩豊かなたのしい遊園地のなかでひときわ目立つ、どす黒い廃病院が立ち構えていた。その大きさは迫力があり、いかにも「怖いですよ」と喋りだしそうな出で立ちに、二人で冷や汗の洪水に見舞われる。
「なんで朝から病院のお世話に……?まさか、ウタが体調悪いのバレた!?いくらなんでもこんなところで診療されるのは嫌よ!」
いいえ違いますと頭上にハテナを出しながら答える大人。もちろん歌子にも、ここが何であるかくらいはわかっていたのだが……渾身のボケがうまく伝わらず、渋い顔で言葉を飲み込む。
「歌子さんと萌果さんは、怖いものは苦手ですか?」
ザ・テンプレート質問。可愛いアイドルならきっと「怖いですけど頑張ります」と答えるだろう。しかし彼女は「怖くないけど頑張れません」と今すぐに答えたかった。激しいリアクション必須の遊園地のロケなんて、絶対に朝イチでするロケに向いていない。バッドロケーションだ。
……ふいに強い力で手を握られる。その白く細い指から、歌子はそれが萌果の手だとわかった。やがて手が伸びる方向から弱々しい声が発せられる。
「怖いですけど、頑張ります……!」
「萌果さん可愛いですね、やっぱりそうでなくちゃですよ!」
パーフェクトな受け答えと、意味のわからない解説をするアナウンサーに呆気に取られたまま、握られた手が廃病院の方に進みだしていた。ああ、駄目よ歌子、せっかく活動が認められてきた矢先、ワイドショーで恥をかく訳にはいかないわ。なんといっても、絶対にラブグローリーとかには人気で負ける訳にはいかないのだから。そう己を律しながら、小声で「大丈夫吐かない、大丈夫吐かない」と暗示をかけ、ついにお化け屋敷の扉は開かれた。
「おじゃまします、お医者さんはいらっしゃいますか……?」
自動ではない自動扉を静かにこじ開けながら、おそるおそる声を飛ばす。お医者さんは見当たらなかったが、かわりに煤だらけのナースがお出迎えしてくれた。……というよりこれは、お化け屋敷に来た者への洗礼というやつだろう。萌果はひきつった悲鳴を小さく上げ、後方の歌子の方へ顔をそらした。
「結構本格的みたいですね……ウタちゃんは、こういう怖いのは得意なんですか?」
「えー……いや、心臓に悪いのは苦手だわ……じゃあ上手なリアクションができるかと聞かれたら、すごく難しいし……」
「心臓に悪いのは苦手なんですね!代々木も同じです!」
そう言う彼女は嬉しそうにきゃっきゃと笑った。なんでまあこんなにも、ガールズトークが上手な若い娘というのは小さな話題ではしゃげるのだろう……と、歌子は年齢に合わずそんな言葉を頭に浮かばせた。
らむしろっぷの四人でいる時は、萌果と愛衣を筆頭に、常に楽屋やレッスンがにぎやかだった。中学生三人が集まる中でひとり高校三年生である歌子は、たった数年ぽっちの年の差であれど、エネルギーとジェネレーションギャップを多大に感じずにはいられないほどだ。……そもそも歌子が虚弱体質というのも理由にあるのだが。
「萌果は怖いの苦手なのに、ウタより前を歩いて平気なの?」
「えっ!?でもウタちゃん、今の状態でテレビに写るのしんどくないですか?吐きそうなの、直りました?」
「ああ、心配してくれてたの……ありがとう、できればこのまま肩に引っ付かせてもらえると助かるわ」
気づかいまでできるとは、なんて大人なんだろうか。思いもよらず心の痛さが腰にまで響いてきたような感覚を覚え、身体を引きずるようにして萌果にしがみついた。
完璧なリアクションをこなし、小型のカメラにしっかりと悲鳴をあげる萌果の顔(と後頭部)を映しながら、やっと出口の光が見えてきた時……歌子はあるものに気づいてしまう。
「ねえ待って、気のせいかしら、黒い集合体が見えるのだけれど……?」
クライマックス直前で、驚かす手法が幽霊ではなくこれなのかと首をひねる。自身の記憶に間違いがなければ、今、歌子の視界に映るそれは……。
「廃病院という設定を作り込むために虫さんまで用意してるんですね……!お化け屋敷、奥が深いなあ~!」
縮こまっていた背筋を急に伸ばし、黒いそれに駆け寄る萌果。生き物に目がない彼女は、それがたとえ人に嫌われがちな虫であろうと喜んで接するのであった。
彼女の服の裾を握っていた歌子はつられてその絵面が近くなり、思わず叫び声を上げる。
「なんでここに来てこんな古典的な驚かしかたなのよ、最後までオバケで勝負しなさいよ!萌果もさっきまでの怖がるテンションはどこに消えたのよ!なんでこれで興奮できるワケ……っ」
思わず声を荒げる歌子の方を振り向く萌果は、視線の先に捉えたもので悲鳴を上げ、歌子の声を遮った。恐る恐る歌子も振り向くと、そこにはスプラッタ映画さながらのゾンビの群れが這い寄ってきているのが見えた。
防衛本能で萌果の手を取り、出口まで走る。……が、ドアノブに蔓延る黒い集合体が、おもちゃだとわかっていても素直に外に出してくれない。ゾンビのうめき声を背後に感じながら足踏みを踏んでいると、彼女が握っていたはずの手がパッと離れた。萌果がドアノブに手を伸ばしたのだった。
「森へおかえりなさってくださーい!」
ババっと黒いそれを適当に払うと、やや不吉な音をたてながら出口を押し開けた。まぶしい外の光に目を細めながら、静かに安堵の息を二人で漏らす。
最後の最後で……いや、実は最初からずっと、頼りになる子だった……と、出口まで駆け抜けた喪失感からぼうっと考えを浮かばせた。ふと、何気なく気づいたことを口に出すと、萌果はきょとんとした顔で歌子の方を見た。
「虫も好きなのに、ドアノブの虫を払わせるなんて、ひどいことさせちゃったかしら?」
「大丈夫ですよ、あれはオモチャでしたしね」
そりゃそうか、と我に返る。急に虫を見て叫び声を上げてしまった恥ずかしさが込み上げ、萌果から顔をそらすと、視線の先で待機していたスタッフ達が手を振っているのが見えた。
「……それに、ゴキブリさんには悪いですけど、あの子たちよりもウタちゃんの方が何千倍も大事ですから」
そうでなきゃ困るわ、とだけ返し、アナウンサーのいるところへと歩みを寄せていく歌子。災難な朝だった、とひとりごとを吐くと、それをかき消すようにアナウンサーの声が飛んできた。