お祭大作戦!~愛衣&美輝~
夕方と昼間のちょうど間、水色と黄色と藤色が混ざる空。晴天だった正午に浮かんでいた入道雲は散らばり、溶けたかき氷のように薄く広がっている。日焼け止め、塗り直せばよかったなあ、と愛衣は火照る頬に体温の低い手の甲を軽くあてた。あまりぺたぺた触るとメイクが落ちてしまうので、行き場のない火照りをごまかすように、浴衣の裾のなかで腕を仰ぐ。17時といえど、まだ日は明るい。すぐ目の前に伸びている鳥居の縁を白くしながら、その奥で太陽が眩しく光っている。夏の夕方の神社で撮影をするなんて、粋で素敵だと思っていたが、夕焼けと呼ぶには少しはやい景色だった。
「いや、もう夕方のはずなんですが、なかなか暑いですね……早めに撮影を終わらせましょう。軽くインタビューなんかも交えながら撮っていくので、花ヶ崎愛衣さん、宙星美輝さんのお二方、宜しくお願いします!」
「よろしくお願いしま~す!」
二人で声を合わせて挨拶をすると、記者の男性は顔をほころばせた。
「今話題のアイドルと言えば、らむしろっぷの皆さんですが、皆さんはどんなアイドルなのか、今一度お聞かせ願えますか?」
そうですねぇ、と愛衣は美輝に目配せする。
「私たちはみなさんの妹のような存在なのですっ。愛衣たちがみなさんを癒して、みなさんは愛衣を愛す。つまり私達は、そういう関係なのです」
「お兄ちゃんとお姉ちゃんのために美輝は頑張ってるんだよ!つまり美輝はお兄ちゃんたちの妹みたいなアイドルってこと!」
二人そろって似たような説明をしたため、周りにいたスタッフは一度静まり返り、やがて微笑ましいニコニコとした空気に包まれた。
花ヶ崎愛衣。彼女の栗毛色のゆるふわなボブヘアーは、左の耳の辺りで1本の細い三つ編みが垂れており、お辞儀をする度にゆらゆらと揺れる。とろんとした橙色の瞳の奥には、ハート型の光が灯っているのが見えた。まだ中学生とは言え、その日本人離れした神秘的な美しさと声に纏う柔らかな雰囲気が、癒しと共に色気のようなものを放っている。
彼女とおそろいな紺地に花火柄の浴衣を着て、石のベンチに腰かけているのは、宙星美輝。空色のさらりとした長い髪を両サイドで団子に結わえており、それでもなお余る長さのツインテールが団子の下から腰にかけて伸びている。幼さの残るふっくらとした頬の上には、ぱっちりした黄色の瞳がついている。愛衣と同じく中学生だが、学年はひとつ下の1年生だ。その純粋でまっすぐな魅力が光る彼女は、今注目の現役子役として、業界で知らない者はいないほどである。
文字通り、今を駆ける妹アイドル。らむしろっぷという甘い名前に似合う、可愛らしい女の子たちが集まったアイドルグループだ。
「それでね、美輝たちの他にももう二人いてね、もかつんとウタさんっていうんだけど……あっ、本当の名前は違うよ?代々木萌果と織部歌子っていうの、この四人でらむしろっぷっていうの!知ってた?」
地面から少し浮いた足をばたつかせてやや興奮状態の美輝と、それを落ち着かせるように彼女の膝に手を乗せる愛衣。……愛衣の方は地面に足が設置しているようだ。
「ええ、存じ上げておりますよ。今年は東飾アイドルサマーフェスティバルのPR大使も勤める皆様です。どうですか、お仕事は大変じゃないですか?」
「大変なのです、でもその分、みなさんが愛衣を愛してくれるから、頑張れるのです!」
「美輝も負けないくらい元気だよ!全然大丈夫!」
ほわあと小さな花が散っているかのような、癒しの空間。
撮影は終始このテンションで進められ、空が日暮れらしい赤みを帯びてきたところで最後の質問に取り掛かった。
「お二方は、七夕は何かお願いしましたか?」
夏らしい問い。中学生の彼女たちはまだまだ花が咲きそうな話題であった。過去の記憶を脳内で巡らせるように、愛衣は視線を鳥居の向こうへと外す。やがて一呼吸おいたのちに、浴衣の袖を唇にかざして微笑んだ。
「私は、もっと皆さんに愛をお届けできますようにって書いたのです。これからももっと、愛し合えますように……って」
その目を細めた瞬間のわずかな笑みを逃すまいと、カメラのシャッターが静かに切られる。パシ、と小さめな乾いた音が響くほど、その場にいる全員が静かに愛衣の言葉の余韻に浸っていた。
「花ヶ崎さんらしいお願いですね……。宙星さんは、どうですか?」
先程まで元気に動きながら質問に答えていた美輝は、いまだに答えを出していないようだった。少し時間をあけたのち、ふむふむ、と二度うなづいてから歯を見せずに笑った。
「大切な人ともっと一緒にいられますようにって、お願いしたよ」
「美輝ちゃん……」
美輝は愛衣の手をぎゅうと握った。それに返すように、愛衣も美輝をそっと抱きしめる。
「大切な人と……そうか、お二人は本当に仲良しなんですね」
照れくさそうに眉を下げてはにかむ二人。撮影のすべてはここで飛ばされるシャッター音の三連続で終わった。
忙しなく片付けだすスタッフをよそに、二人はいまだ座ったまま、会話を交わすこともなく手を繋いだままでいた。少しずつ賑やかになる祭り囃子が遠くから聞こえてきたのを機に、美輝は息をふはぁと吐きながらのそのそと立ち上がった。
「……美輝、帯しめすぎちゃったみたいで気持ち悪くなっちゃった。最後の方の美輝、変な顔してなかった?」
「バッチリ大丈夫なのです。帯ならそこの茂みで緩めてあげるのです」
少人数のスタッフ全員に軽く挨拶をしてから茂みの方へと避難する。美輝は浴衣のたもとを手に巻きつけ、着付けを直してくれるのをじっと待っていた。
「さっきの質問、朝香先輩とうまくいくといいですね」
後ろから帯をはがしながら話しかける。美輝はそれを聞いて頬を膨らませながら、横目で後ろの彼女を煽った。
「愛衣ちゃんだって、本当は美輝と同じようなお願いしてたくせに」
見てたもんね、とその日のことを口に溢す。本当は愛衣も大切な人と結ばれることを願っていたことを、美輝は知っていた。
……当の本人は本当のことを指摘されても知らんふりのまま、帯をしめなおす手も止まらないままである。面白くないなぁ、とぶすくれていると、追いうちをかけるように後ろから言い訳が飛んできた。
「嘘ではないのです。私の心には大きな笹があるのです。一枚だけの短冊で飾るのは、もったいないのです」
思いもよらずむちゃくちゃな言い返しをされて、むっと口をつぐむ。なんじゃそりゃ、と空を仰ぐように顔を上に向けた。
「国語の教科書に出てきそうなポエムだね、そーいうのヘリクツって言うんだよ愛衣ちゃん」
「アイドルはへの付くものはしないのです、車のナンバーと同じなのです」
えっへん、と綺麗に整えられた帯から手を離し、その手を自身の腰にあてて美輝の顔を覗き込む。とんちんかんなことを連続で言われ、美輝はおかしい様子で吹き出した。
「何それ、あははっ……」
「元気、出たのです?」
「えっ……?」
はた、とお互いの目が合う。一方は驚きの色を写し、もう一方は満足げな喜びの色。
「さっきからずっとさみしそうな顔をしていたのです。大丈夫、朝香先輩と美輝ちゃんはきっと結ばれるのです。それに私たちがへの字の口をしていたら、皆が心配するのです」
そう言い、とろん、と安心したような笑みを浮かべて両頬を優しく引っ張る。柔らかな表情筋が、彼女の手によって無理やり変形させられた。くすぐったい気持ちに耐えながら、美輝は目を細めて本心からの笑顔で返す。
「そうだね、アイドルはへの付くものはしないんだもんね」
「おあとがよろしいのです」
「ねえ、今日はこのあとフリーだよね?美輝、りんご飴食べたーい!せっかく浴衣着たんだし、下のお祭りも行こー!」
「その前に、二人で内カメラで写真を撮ろうなのです……って、美輝ちゃん!待ってほしいのですー!」
すっかり本調子に戻った様子で、下駄をカランカランと鳴らしながら駆けていく。それを追う下駄の音も合わさって、小さな神社内に木霊した。