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極東の壺  作者: 池田 華子
高根沢拓海の油断
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7

「貴方が欲しいのはこれでしょう?」

 三人は絶対冗談だと思ったのだが、どうやら武者小路たちの真剣な様子からいってそういう訳ではなさそうだった。

 そんな彼等の様子を見ていた拓海はなんだか泣きたくなった。何故にヒトデやら埴輪やらの為に銃まで突き付けられなければならないのか。

 そんな拓海の気持ちを知ってか知らずか、今まで黙って突っ立っていた店長がそっと呟いた。


「どーでもいいんですけど、いい加減うちの従業員返してもらえませんか」

「なに?どうでもいい、だと?」

 大事なものをどうでもいいと言われ、怒りを覚えたベリアルは店長に視線をやり、一瞬武者小路から気がそれた。

 その隙をついて、武者小路は手に持っていた例の埴輪を下の道路に思いきりよく投げ捨てた。


「貴様!何のつもりだ!」

「伏せて!」

 その二つの叫びと、銃声がほとんど同時に聞こえた。騒ぎの中心にいた拓海は、もしかして撃たれたのは自分ではないか、と思いながらゆっくり目を開けた。どうやら生きているようだ。怪我もしていない。

 拓海だけでなく、店長にも碧にも変わった様子は見られない。ただ三人とも呆然として動けなかった。


 様子が変わっていたのは、武者小路とベリアルの方だった。武者小路はいつの間に取り出したのか、コルトパイソンを構えている。執事気取りの大人の男が、綺麗な子供に銃口を向けるというシュールな光景が広がっていた。子供は片膝をついて小さくうずくまっており、右肩を中心に赤黒いシミが少しずつ広がっている。


「どうやら、状況は変わったようです。偶然とは恐ろしいものですね」

 武者小路は低い声でそう言うと、ゆっくりとベリアルの方へ近づいていった。

「次は急所を狙います。その怪我で反動の大きい44口径を撃つのは難しいでしょう」

「くッ……」

 ベリアルはゆっくり立ち上がったが、肩で息をしていた。武者小路に反撃するのはまず無理であるように見える。


「消えなさい」

「………」

「聞こえませんでしたか、消えなさい。貴方の負けです」

「…わかったよ。今回のところは引いてやる」

 ベリアルは諦めたように一つ息を吐き、ゆっくりと歩きだした。小さな身体で、失血が多い割にはしっかりとした足取りだった。二、三歩で立ち止まると肩ごしに振り返って言った。

「次は、こうはいかない。覚えておくんだな」

「私も次は見逃しません」

「それはどうも」

 そう言うとベリアルはまた歩きだした。今度は振り返らずに、左手を挙げて言った。

「また会おう、武者小路」


 しばらくの間、そのまま誰も動かなかった。今、目の前でおきた出来事は全部夢か何かだったんじゃないか、という気さえする。

 しかしこれは紛れもない事実で、残された血痕も消えていない。


「なんか夢みたいだよね。何が何やら全くわからないし」

 店長が三人の気持ちを代表したように呟いた。拓海も碧も頷いて店長の考えに同意する。ただ、武者小路だけがひとりで納得していた。

「あ、私ね、気になることがあるんです。聞いてもいいかしら。ねえ、武者小路さん?」

 今度は三人の疑問を代表したように碧が質問した。

「ヒトデ…じゃなくてデカラビアとか、ゴモリーとかって、一体何なんですか?」

「あ、僕もそれ気になってたんですけど」

「俺も俺も」

 先ほどまでの異様な緊張感の中で聞けなかった気になることを、今なら聞けるとばかりに三人とも詰め寄った。


「聞きたいのですか?」

 武者小路は面倒臭そうにそう言いはしたが、三人の様子を見て話さずにいるのは無理だと踏んだようで、すぐに話しはじめた。

「デカラビアもゴモリーも、いわゆる悪魔の一種です。ソロモンの悪魔と言って、まあいわば悪魔のグループのようなものですが、それが全部で七十二人いて、両方ともそれに含まれています。ベリアルはソロモンの悪魔を集めようとしているんですよ」

「はあ」

「何のために、ですか?」

「さあ、何か望みがあるようでしたが」

「何ですか望みって」

「はっきりとは解りません」


 三人とも話の内容はよく解らなかったが、この二人がヤバイ人だということは解った。ちょっと関わり合いになりたくないアレな人達だ。

 三人の心情に気づかず武者小路は続けた。

「私は、私の守りたいものを守っているだけなのですが、彼は執拗にそれを壊そうとしてくるんです。お互いに自分の信念に基づいて行動しているんですが、なぜかいつも彼とは衝突してしまいまして」

「はあ、そうですか。大変ですね」

 店長もそう言いはしたがしたが、その口調からして社交辞令なのはもう疑いようがなかった。


「そういえば、もう一つ聞いてもいいですか?」

 拓海はこの機会にちょっと気になったことも聞いてみることにした。

「何です?」

「埴輪、投げ捨てちゃってよかったんですか?」

「あれは偽物。本物は他所にちゃんとありますよ」

「デカラビア、でしたっけ、アレちゃっかり持って行かれたみたいですけど、いいんですか?」

「…構いません。いずれ取り返します」

「そーですか」

「では私はこれで。他に用はありますか?」

「いえ、別に……」

 それを聞いて武者小路は軽く頷くと、ビルの階段の方へ歩み寄って行った。その背中に店長がそっと声をかけた。

「あ、もう、うちの店に来たり荷物を送りつけたりしないで下さいね。これ以上妙なことに巻き込まれるのは、ごめんですから」

 アルバイト二人はその意見に、大きく頷いた。




 その後三人は概ね平穏に日常を過ごし、作り話のような事件とは関係なく世紀末を乗り越え、就職したり、結婚したりしなかったりしながら二十一世紀を生きている。特に空から七十二人の悪魔が降ってきたりすることはなかった。

 世紀末は本当に油断ならなかったが、世紀末を無事乗り切ったから油断して良い、ということにはならない。そして、人間達が油断していようがいまいが、悪魔達の活動には何の関係もないと知るのは、また別の話である。



世紀末に油断した話はここで終わります。

次回から新章始まるよ!

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