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極東の壺  作者: 池田 華子
高根沢拓海の油断
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4

 あれから丁度一週間が過ぎたある日。もう店内には客はおらず、閉店作業に入ろうとしていた時、天使のような、と表現してもいい子供が一人で店に入ってきた。

 三人は入ってきた子供に釘付けになった。子供は小学校低学年くらいで、白い顔にサラサラの金髪と大きな蒼色の瞳を持っており、人形のように可愛らしい。だが表情がなく、威圧的な強い目の光が恐ろしい印象で、異様な雰囲気をかもし出していた。白皙の美貌も、より現実感を失わせている。


「やあ。…それとも、はじめまして、かな」

 子供らしくない口調でそう言うと、カウンター席に座ろうとした。背が足りず、よじ登るようになんとか座った。子供は一人で、保護者はいない。店長は子供の普通ではない感じに、いぶかしむように質問しようとしたが、子供はその声を片手で制すると突然こう切り出した。


「武者小路という男が、ここに来ていないか?」


 誰も、何も言わなかった。まるでこの場所そのものが沈黙の海の中にでも沈んでしまったようだ。

 その沈黙を最初に破ったのは、店長だった。

「いいえ、こちらにはいらしてないようですが」

「ふうん」


 子供は満足そうに微笑むと、言葉を続ける。

「しかし、君たちは武者小路を知っている。そうだな?」

「……」

「奴は、どこに居るんだ」

「さあ。 こちらには、そう名乗られた方は来ていらっしゃいませんので」

「そうか」

 そう言って、子供は拓海と碧を見て口を開いた。

「君たちも、武者小路の行方を知らない? …あの紳士気取りの男だよ。どこら辺にいるのかだけでもいいんだけど?」


 紳士気取りの男。執事の装いで、半年前にここで土偶と戦ったあの男に間違いない。これで武者小路の正体がやっとはっきりした。まあ、ここにいる全員が薄々そうじゃないかと思っていたのだが。


「だから、さっきから知らないって言ってるじゃない。なんなのよ、もう」

 碧が苛ついた様子で言った。

「それに、知ってたとしても知らない子供に簡単に言える訳ないと思わない?」

 子供は、全く子供らしくない表情で、脅すような、馬鹿にするような口調で言った。

「なるほど。俺はベリアル。これで知らない人じゃないだろう。…質問に答えてもらえないかなあ? 俺は見た目より結構長く生きてるし、君たちよりずっと強いんだよ」

「ですから、その方はこちらには…」


 PLLLL……

 店長がやや声を荒げてそう言った瞬間、電話が鳴った。

「はい。『WindyTown』です」

 電話の近くにいた拓海がほとんど反射的に電話に出た。受話器の向こうで聞き覚えのある声がする。

「武者小路です。今、Hビルにいます。申し訳ありませんが、送った荷物を持って、今すぐ来て頂きたい」

「Hビル、ですか?」


 そう言ってから拓海は失言に気づき、しまったと思った。慌てて振り返ると、ベリアルと名乗った子供が入り口のドアノブに手をかけながら綺麗な笑顔を見せて、言った。

「Hビルだね。ここに来たのは正解だったな。どうもありがとう」

「ちょっ…待て!」

 拓海が受話器をなかば叩きつけるように置いて外に出た時には、どんなワザを使ったのか子供の姿はもうそこにはなかった。

「畜生…」

 拓海はベリアルを止めないといけないような使命感を感じ、ほとんど何も考えず上着をつかむと外へ飛び出した。

「拓海君!?」

 店長が拓海の後ろ姿に声をかけるが、もう届かない。拓海は夢中で、夜の街を駆け抜けていった。

 もちろん、Hビルに向かって。



 拓海は肩で息をしながら、Hビルの前に佇んでいた。佇んだまま動かないのは、何をしたらいいのやらサッパリ解らなかったからだ。

「ええっと…どうしようかな…」

 とりあえず阿波おどりを踊って阿呆になる、マイムマイムを華麗に舞ってみる、などいろいろと案は出してみたものの、この場にそぐうようなアイデアは拓海の頭には何ひとつ浮かんでこなかった。世の中不思議なことばかりだ。全く。


「おーい。拓海くーん」

 拓海が踊りしか打開策を考えられず、ちょっぴり投げやりな気分に浸っていた時、店長が自転車に乗って現れた。荷台にはさりげなく碧が座っている。

「もう、拓海君いきなり飛び出しちゃうんだもんな、まいるよ。あとこれ、持ってこいって言われなかった?」

 店長は自転車を道端にとめると、自転車のカゴから例の箱を取り出した。


「あ、これ」

「うん。それにしてもこの中何が入ってるのかしらね。ちょっと気持ち悪いわ」

「開けたら虫とかみっちり詰まってたら怖いよなー」

「たっ拓海君怖いこと言うなよ。ねえ、碧ちゃん」

「私別に虫平気ですけど。それより中身、気になりません?」

「…………」

 店長は何故か拓海と碧が見つめる中しばし沈黙した。中身が気になる拓海と碧は、固まっている店長を見つめその動向をうかがっている。そしてもう一度、念を押すように口を開く。


「気になりませんか?中身」

「俺も、すごく気になってるんですよ」

 店長はそれまで黙ってその箱をじっと見つめていたのだが、俺たちの言葉を聞くと、一つ頷いて言った。

「僕も、気になってはいるんだけど、でもね…虫が入ってたら嫌…じゃなくて、勝手に開けたら悪いし」

「武者小路って人、開けちゃダメなんて一言も言ってないですよ」

「それに、一週間も預かったんだから、見る権利くらい」

「…でも虫が!」

「…虫の動くような音しないでしょう」

「虫くらい私が退治してあげますから。ね?」

「本当だね? …じゃあ見てみることにしようか」


 二人の説得が効いたのか、それとも好奇心が虫への恐怖を上回ったのか、事実はどうあれ店長は中を見てみることに同意したようだった。そしてHビルの入り口を指差すと言った。

「こんな道端にいつまでも立ちっぱなしなのもなんだし、とりあえず中に入ってみよう。風も出てきたし、見てみるのはその後でもいいだろう?」


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