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極東の壺  作者: 池田 華子
高根沢拓海の油断
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 その日は雨が降っていた。あの作り話のような出来事から半年以上経ち、喫茶店も何事もなかったかのように営業していた。あの日の事件を経験した三人は、世紀末には油断してはいけないと心に刻んだはずだったが、そろそろ忘れてきていた。だが、三人が油断していたかどうかは関係なく、新たな作り話のような事件が起きようとしていたのであった。


「ありがとうございました」

 拓海はその日最後の客を送り出すと、軽く伸びをして店長に振り返った。

「今日はもう、これで終わりですかね?」

「そうだね、雨も降ってるし…」

「それじゃ、こっちからもう片付けちゃいましょうか」

 店長の言葉を受けて、アルバイトの碧がそう言って店内の後片付けを始めた、その時だった。突然ドアが開いて、一人の男が入ってきた。


「いつもお世話になっております。喫茶店『WindyTown』って、こちらでよろしかったですよね。小包です」

 その男は宅急便の兄ちゃんのようだった。

「あ、判子ですか。今持ってきますから」

「ここと、あとこっちにもお願いできますか」

 すかさず判子を持ってきた店長が捺印すると、兄ちゃんは黒猫のついた車に乗って雨の中スタコラサッサと帰って行った。まるで、その小包から一刻も早く離れて行きたいと言わんばかりに。


 その小包は何の変哲もない段ボール箱だった。側面にはワカメがなんとかと印刷されている。使い回しであることは誰の目にも疑いようがない。

 拓海と店長と碧はだいぶ長い間黙ってそれを見つめていたが、やがて碧がゆっくりと口を開いた。

「こうしてるのも何だし、開けてみません?」

「え、うん。そうだね」

 店長はそう言って、ワカメなんとかの箱を開けにかかった。店長が蓋のガムテープをひっぺがしている間、拓海はなんとはなしに蓋に貼られた送り状を見つめていた。


【お届け先、氏名:樺沢龍一郎様、 ご依頼主、氏名:鈴木一郎(仮名)様】

「樺沢龍一郎って、誰? …くどい名前…」

「……僕の名前だけど……」

「はっ。店長ってそんな名前でしたっけ? かっこいいなあ」

「…ふ。最近不景気だし、店も忙しくないし、時給の方もちょっと考えなきゃかな。ね、高見沢君」


 拓海は店長を怒らせたことに気づいたが遅かった。迂闊なことを口に出しちゃいかん、そんな風に一人反省会をしているうちに、箱は開いた。


 その中身は大量の新聞紙と、ワカメの箱よりふたまわり程小さい、B5位の大きさの木の箱、それと何の変哲もない白い封筒だった。

「何これ、手紙みたいだけど、こっちの箱は?」

「とりあえず、これ読んでみようか」

 店長はそう言うと、その封筒を手に取りそっと封を切った。中身もやっぱり、どこにでもあるような白い普通の便箋だった。


「じゃ、読むよ」

 店長はその手紙を声に出して読み始めた。


「 樺沢龍一郎様、高根沢拓海様、星碧様

 前略

 この度は、突然の小包大変申し訳ありません。やむにやまれぬ事情があり、このような失礼をする次第をお許しください。

 この荷物の中身が何であるかは、たとえ中身を見たとしても、恐らく諸君には解らないでしょう。本来ならここで全て説明するべきなのですが、残念ながら今その時間がありません。近いうちにそちらに伺って事情を説明したいと思っております。

 この小包は私が行くまで大切に保管し、できるだけ人目につかないようにして下さい。そして、私以外の人間には決して渡さないで欲しいのです。

 この件については本当に申し訳なく思っておりますが、私には信用に値する所がここしかありません。よろしくお願いします。

 それでは、近いうちに。

 草々

  武者小路亘 」


「要するに、この箱を私達に預かって欲しいってこと?」

 碧がまだ納得しきれないとでも言いたげな様子でそう呟いた。確かに、この手紙の文面からはそういうことしか読み取れそうにない。暗号とか、超難しい比喩表現とかが使ってあるなら話は別だが。

「まあ、暗号とか使うんならもっと当たり障りない事書きそうだし、そういうことになるでしょう」

 店長はそう決めつけると、拓海と碧の顔を交互に見ながら質問した。

「それより、武者小路さんて、誰の知り合い?」

 自分も、店長も知らないのだから、もう一人の知り合いだろうか、と、お互いに思って拓海と碧は顔を見合せた。

「拓海君の知り合いじゃないの?」

「いや、俺は店長が知らないなら碧ちゃんの友達かなんかだとばかり」

「…じゃあ、二人ともこの武者小路さんて人は知らないんだ。僕も思い当たる所もないしな…」

 店長はそう言うと件の荷物に目を落としたまま黙り込んでしまった。ほんのしばらくの間全員が黙っていたが、やがて碧が言った。


「誰かのいたずらかしらね」

「いちいち金使って、こんなもん送りつけて何が楽しいんだよ。元払いだぜ、これ」

「そうよねー…」

 それに、いたずらにしてはやけに文章が真剣に見えた。その場の切羽詰まった雰囲気が、おぼろげにだが伝わってくるようだったのだ。

「仕方ないな。じゃあこれは、僕が預かるから。…捨てたりする訳にもいかないし。それでいいね?」

 もちろん反対する者はいなかった。その後、店長が誰に言うでもなくそっと呟いた。


「悪いことが起きないといいんだけど…」


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