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極東の壺  作者: 池田 華子
高根沢拓海の油断
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 今日は晴れ渡り、青空がまぶしい。それが原因かどうかわからないが、まずまず店内には客が入っていた。忙しさの合間に暇ができてしまった拓海は、件の執事姿の男を思い出し、カウンターの内側で店長に話しかけた。


「あの人、荷物取りに来ないですね。もう一週間になるのに」

「そう言えばそんなのもあったねえ。別にとりたてて邪魔になるわけじゃないから、構わないけど」

「変な人でしたよねー」

「昔はあんな人が沢山いたもんだけど」

「……」

「冗談だって」

 拓海が店長のホントにしょうもない冗談に動揺して固まっていると、カラン、とドアを鳴らして新たな客が入ってきた。


「いらっしゃ…」

 店長は、それ以上言葉を続けることはできなかった。パフェを運んでいた碧がそれを派手に床にぶちまけた。そして店内で飲み物を飲んでいた客はそれを吹き出した。



 入ってきた客は、 等身大の、 遮光器土偶、 だった。



 土偶は、目だと思われる部分をギラリと光らせながら、カウンターに向かって歩み寄ってきた。その禍々しいような、おどろおどろしいような不気味な雰囲気に、店内は騒然とした。

 客の一人が、何か訳のわからない悲鳴を上げて転がるように外に出て行ってしまった。それを皮切りに、客は我先と驚き恐れ逃げ惑うように居なくなってしまった。

 あれは、無銭飲食したかっただけじゃないのかなあ、と、現実逃避するように拓海は思った。


「例のブツを出してもらおうか」

 店長と、アルバイト二人しか残っていない店内に剣呑な声が響く。この場の責任者の意識からか、落ち着いた様子で店長は答えた。

「失礼ですが、何のことでしょう」

「チッチッチッ。隠しだては良くねえぜ、兄ちゃん。…おや、そっちの兄ちゃんも、何か知ってるみてえだなあ?」

 店長とやりとりが始まった土偶を見ていた拓海は、突然自分に話題をふられて動揺した。土偶が言っていることは件の荷物のことだと解ったが、店長がそれを伝えない様子なので、拓海も倣うことにした。

「なっ、なっ何のことでしょう?急にそんなこと言われたって俺には何のことだか…」

「へっ、どいつもこいつも…何もわかっちゃいねえみてえだな」


 土偶はそうつぶやくと、どこからともなくスミスアンドウエッソンのM686マグナムを、本当に誰も理解できないがどこかから取り出すと、その銃口を拓海に向けた。

「なあ兄ちゃん、ブツはここにあるんだろ?」

 等身大の土偶に至近距離で睨まれながら銃口を向けられている拓海は、恐怖と混乱で動けなくなった。脳が理解を拒否し、活動停止したかのようだった。


 真っ白になって動けない拓海を見て、店長がため息混じりに口を開いた。

「仕方ないですね。碧ちゃん、裏口のところにアレが置いてあるから、持ってきてくれ」

「え…あ、はい」

 碧はそれまで土偶を極力見ないようにしながら、さっき自分がぶちまけたパフェの後片付けをしていたのだが、店長に言われるとすぐさま立ち上がり裏口へ向かった。


 拓海は土偶の顔を見ながら、どこを見ているんだろう、視線があわない、と場違いなことを考えていた。

 土偶は碧が戻ってくるやいなや荷物をひったくるとすぐさま中を確認し、ニヤリと笑った。ように見えた。


「へへ、わかってんじゃねえかよ」

 土偶はそう言うと、その荷物を持って立ち去ろうとした。

 しかしその時、カラン、というドアのベルの音とともに「そこまでです」という低い声が聞こえた。


 そこには、一週間ほど前に例のブツを預けていった、あの男が立っていた。もちろん彼は、今日も期待通り執事のような装いだ。

「貴様…」

「それは、私のものです。返して頂きましょう」

 土偶と、執事との間に異様な緊張感が漂った。喫茶店従業員は誰も動くことができない。

 すると、次の瞬間。


「やめて!私のためにそんなことしないで!」


 そう叫んで今にも西部劇を始めそうな二人を止めたのは、例の荷物のふたから半分ほど顔を覗かせた、埴輪だった。


 緊張感は霧散し状況は変わったが、新たな驚愕に喫茶店従業員はやはり誰も動くことができなかった…。



 その後、執事が箱から出てきた埴輪を口説いて見つめあったり、土偶も埴輪を口説いたが相手にされなかったため銃をぶっぱなして店の照明を破壊したり、さらに傷ついた土偶が一人走り去ったりしたのだが、その間喫茶店従業員は誰も動くことも声をかけることもできず、三文芝居のような現実をただ見つめることしかできなかった。


 土偶が去った後、箱から出てきた埴輪が、どこから出したのかは本当に解らないが、どこかから勾玉を三つ取り出して、喫茶店従業員に一つずつ渡した。

 埴輪は、それを持っていると何か願いを叶えるかもしれない、今回ご迷惑をおかけしてしまったお詫びです、と言い、執事姿の男と仲睦まじそうに去って行った。喫茶店従業員はやはり何も言えず、有難いのかそうでないのか良く解らない勾玉を持ったまま二人を店内から見送った。



「世紀末って本当に油断できないわね…」


 見送りながら碧がぽつりと言ったが、拓海と店長は頷くことしかできなかった。



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