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はじめまして。よろしくお願いします。
世紀末。今となっては昔のことだが、ここ極東の島国でもそれは過ぎていった。二十世紀の終わりには、世界の滅亡などの予言や思想が多くあり、心の底から信じる者もいたし、そうでなくてもメディアで取り上げられ目にすることは多かった。メディアで騒がれる話にも作り話が多かったが、この港町で、虚構ではなく実際におきた出来事は、後に語ると作り話に聞こえるような事件だった…。
世紀末と呼ばれるこの年、高根沢拓海は大学生だった。学業の合間に、大学からそう遠くないこの喫茶店「WindyTown」でアルバイトをしていた。
その日は風が冷たく、かなり寒い日であったせいか客の入りが余り良くなかった。拓海はすることが見つからず、ただただぼーっとしていた。店長はカウンターでグラスを拭いている。もう一人、同じく大学生のアルバイト星碧は、ぼーっとした表情でテーブルを拭いていたが、もう何度も同じところを往き来している。
しかし、その集団ぼんやりはそれほど長い時間は続かなかった。
カラン、とドアのベルを鳴らし、最近では見ないタイプの客が入ってきたからだ。その男は背が高く、黒髪だがいかにもヨーロッパが出身地という容貌で、執事のような装いをしていた。右手には何やら大きな荷物を持っている。
「セバスチャンな感じね…」
「碧ちゃんああいう外国人好きだったろ?行って挨拶がてら握手でもしてもらって、ついでに注文とってきてよ」
拓海は冗談のように茶化して言ったが、碧は真剣なまなざしで返した。
「ああいうのはね、コスプレ会場以外でやっちゃいけないのよ」
なかなかに個性の強い客の雰囲気が近寄りがたく、注文をとりに行きたくなかいので、あわよくば碧に行ってもらおうと会話を振ったが、碧は厳しい顔をしたままで、拓海は当てが外れてしまった。
執事もどきの男は窓際の席にぬかりなく足を組んで座り、窓の外を見つめていた。悩むような憂いの表情…には見えなかったが。
「いらっしゃいませ、ご注文は?」
拓海は、商売道具である営業スマイルを駆使して問いかけた。男は風変わりな格好であったし、何とも言えない雰囲気をかもし出していたため、思いもかけない注文をしてくれるのではないかと期待した。
「ホットコーヒー」
男は拓海を一瞥すると微笑み、月並みな注文をした。
「店長、奴はホットを注文しましたぜ」
「うーん、もっとインパクトのあるものを頼んでくれると思ったんだけどねえ」
店長に注文を伝えると、彼も拓海と同じ期待があったようだった。人間、暇な時ほどつまらない期待をするものだなあ、と拓海は思った。
「お待たせしました」
拓海が店長の淹れたコーヒーと伝票をテーブルに置いた。この男にあまり関わりたくない気持ちから、置くやいなや立ち去ろうとしたのだが、それは叶わなかった。男は半分後ろを向いている拓海の二の腕をがっちり掴んでいる。
おそるおそる男を見ると、鋭い眼光にぶつかった。
「貴方は、ここにお勤めなのですね?」
確認するまでもない。 だが、拓海はひきつった顔で「え、ええ、そうですけど…」と、真面目に返した。
男は「うむ」と満足げに頷くと、椅子の上に置いていた荷物を手にとりながら言う。
「これを、預かってもらえないでしょうか?」
この喫茶店には荷物預かり業務はないが、拓海の返事を待たずに早口で続ける。
「一週間程で取りに伺います。私以外の人間には何があっても渡さないでほしいのです」
男は自分の主張だけ並べ立てると、ホットコーヒーを一息に飲み干し、固まったままの拓海の返事も待たずに荷物を押しつけた。何がなんだか解らないまま、拓海は荷物を受け取ってしまった。
拓海が荷物を受け取ったのを見るや、レジにいた碧に素早く代金を払い、足早に去って行った。
カラン、と音をたてて閉まるドアに向かって「ありがとうございました…」と言った碧の声が虚しく響いて聞こえた。