ミツキと親友 1
「やっと来たね」
ミツキがログインすると、すぐに声をかけられた。
声の主はアウラだ。
初日とは違い、ショートパンツにTシャツ、現実と同じような服を着ていた。手甲を付け、腰に短剣を携え、太ももに投合用のナイフを装備していなければ。
「ごめんね」
開口一番にミツキは謝った。今日はアウラと一緒にパーティーを組む約束をしていたが、現実の事情でミツキは遅刻してしまったようだ。
「いや、あたしは気にしてないよ」
ミツキの頭を撫でながらいった。
「それにしても、可愛い格好になったな」
「えへへ、いいでしょ」
ミツキはくるりと回り、アウラに自慢気に見せた。
「でも、恐い狼には気を付けるんだよ」
がおー、と襲いかかるポーズをする、アウラ。
「やっぱり、そう見えるの?そういうつもりで選んでないのに。でも、この世界の狼さんは味方だからね」
「それはどういう意味だい?」
「内緒」
アウラは首を傾げるが、嬉しそうに笑うだけで、ミツキは教える気はないようだ。
「それで、どこに行くかは決めてるのかい?」
「うーん、南の森の入り口なら一人でもなんとかなるから、もう少し強いモンスターが出るとこかな」
「そうなると、西か北の山、それと、南の森の奥って感じか」
西はゴブリンが多く、その個体の強さはミツキが戦闘した南の森のモンスターとあまり変わらない。しかし、ゴブリンは三~六体の群れで現れるため、単体で出現する南より難易度は高くなる。
更に強いのは、アウラが挙げた他の二ヶ所だ。
軽い気持ちで行って、教会送りにされたプレイヤーは少なくない。
「その中なら西かな」
ミツキは集団での戦いを経験したいと思い、そう答えた。
「ダンジョンは寄るかい?」
「ん?ダンジョンあるの?」
「あぁ、今のとこ西にダンジョン、東にはフィールドボスがいるらしくて、ほとんどのプレイヤーはどっちかにいるね」
「へぇ、今の私じゃどっちも無理だよ」
* * * * *
エニシドの西門からフィールドに出ると、アウラが忠告する。
「そろそろ、武器を装備しておいたほうがいいんじゃないかい?」
しかし、ミツキは武器を持っていない。それが、どれだけ珍しいことか、ミツキ自身もわかっていないせいで、簡単に答えてしまう。
「大丈夫だよ」
ミツキは魔法媒体の指輪を既に装備してあるから準備出来ているよ、そういった意味で言ったが、アウラに通じていない。
魔法を使用するための魔法媒体は杖以外発見されていないのだから、無理もない。
「えーと、杖は?」
「持ってないよ」
「…魔法媒体は使わないのかい?」
「この指輪が魔法媒体だよ」
アウラの質問の意図がわからず、ミツキは不思議そうにする。
そこで、やっとアウラは理解した。ミツキがいった、『大丈夫』という本当の意味を、そしてミツキ自身、それが特別と考えていないということも。
「…その指輪鑑定してもいいかい?」
「うん、いいよ」
………
『初心者用の指輪』〈レア:N〉〈品質:F〉〈耐久:∞〉
[初心者が使用する魔法媒体の指輪。譲渡、破壊不可]
鑑定結果は魔法媒体の指輪、それ以外は他の初心者用装備と変わらない。
初心者用の○○となっている装備は全て耐久∞で譲渡、破壊が不可能だ。
「あー、これどうやって手に入れた?なんとなくは予想がつくけど…」
「キャラクリエイトの最後に貰えたよ」
「やっぱり。てことは、武器スキルがないのかい?」
「そうだよ。さすがアウラだね」
キャラクタークリエイト完了時に、プレイヤーは一つのアイテムを貰う。それは、習得した武器スキルに合った武器だ。複数の武器スキルを習得した場合は、その内の一つを選ぶ。
アウラはそこから推測しただけだ。武器スキルを習得していないのかと冗談半分のつもりでいったのだが、当たっていたようだ。
ゴブリンを狩りに行く前に、アウラはWSOの常識をミツキに教えることになった。途中でミツキが、MPポーションを作り、話が更に長くなったが。
しかし、アウラの常識も一般プレイヤーからすれば非常識なものが多く、ミツキの非常識さが直ることはなかった。寧ろ拗れたといってもいい。
お話が終わり、漸く森へと入った、二人。
アウラはすぐさまゴブリンを発見する。ミツキの『気配察知』より断然優れていた。
彼女の探知はスキルに頼らず、狼獣人の特徴である鋭い嗅覚と聴覚を使用している。その探知範囲は上位スキルにも及ぶ程、優秀だった。
発見したゴブリンは三体。まだ、ミツキ達の存在に気付いていないようだ。
アウラが小声で指示をする。
「さっき話した段取りで」
ミツキの魔術で奇襲をかけ、そこにアウラが突撃する単純な作戦だ。
「わかった。ラクロ」
ミツキの声を合図に、アウラはゴブリンへと駆け出す。
だが、アウラの足の動きはすぐに止まった。ゴブリンからの攻撃を受けて、では無い。
ミツキの魔術で、全てのゴブリンが倒されていたからだ。
アウラの前には影から生えた太い黒針に、胸を貫かれ絶命したゴブリンがいるだけ。
アウラは錆び付いた機械のように、ギリギリと音が聞こえるような動きで首をミツキが居る方向へと回した。
「…魔法を使っただけ、とはいわないよ、ね?」
「あー、何かごめんね」
ミツキは謝った、また何か非常識な事を仕出かしてしまったみたいと薄々感じて。
「…ここまで来たから、話は後にするよ」
大きな溜め息を吐くアウラだが、その鼻と耳は次の標的を捕らえていた。
「ミツキは一体だけ仕留めて、残りはあたしに任せな」
「三体も一人で大丈夫?」
「ミツキだって、一人で三体倒したのを忘れたのかい」
「それもそうだね、コーウ」
勢い良く走り出したアウラの横を、光の球が通り過ぎる。
その球は一番奥のゴブリン目掛け、飛んでいった。そして、眉間を貫通し、ゴブリンは倒れた。
それを見たアウラは顔をひきつらせるが、足を緩めることはなかった。
残りのゴブリン達の間に動揺が走る。
その隙を見逃さずに、アウラは一番近いゴブリンに攻撃を仕掛けた。鳩尾を拳で殴る。
ゴブリンは持っていた棍棒で、アウラを払おうとするが、それよりも速くアウラの左手にある短剣がゴブリンの喉元を襲う。アウラは的確に致命傷を与え、二体目のゴブリンが地に伏せる。
残った二体のゴブリンはアウラを狙って、同時に棍棒を振り下ろすが、アウラは片方の振り下ろされるゴブリンの腕を掴み、もう一方のゴブリンへと投げる。二体のゴブリンはぶつかり、体勢が崩れたところをアウラの短剣がゴブリン達の首を切り裂く。
アウラはダメージを受けることなく、三体のゴブリンを倒した。
「おお!アウラ、凄い動きだったよ」
「このくらい、誰にだって出来るさ」
照れながら、簡単そうに言うが、アウラのPSの高さはβ時代からプレイヤーの間では有名だった。
彼女と同じ動きが出来るプレイヤーは片手で数えられる程だ。
「でも、何で最初は殴ったの?あんまりダメージが入ってなさそうだったけど」
「『素手』スキルの条件を解放させるために必要な行為なのさ。スキルを習得してないとダメージはほとんど無いけどね」
「あれ?私ってもしかして魔術以外の攻撃手段が無い?」
「武器スキルがないから…そうだね。でも、まぁ、なんというか威力は高いみたいだから大丈夫じゃないか。
それに、ミツキはそこまで運動神経がよくないし、近接は向いてないよ」
「私そんなに運動音痴じゃないよ!人より少し苦手なだけだもん。私だって、その内アウラのようになるからね!」
自分でもアウラと同じ動きを出来るとは思っていないため、頬を膨らませ、拗ねるようにいった。
子供の容姿になったミツキがいうと頑張って背伸びをしているようで、微笑ましかった。
「そうだね。大きくなったらきっと出来るよ」
アウラは母親になった気分でいった。
「うぅ、それはなんとなく悲しくなるよ」
「ごめん、ごめん。ミツキが可愛いかったからつい」
二人はそのような会話をしながら、出会うゴブリンを倒していった。
途中、他のプレイヤーと出会った。ちょうどゴブリンと戦い始める場面のようだ。
剣、槍、杖を装備した三人と同数のゴブリンだ。
ミツキはその場から立ち去ろうとするが、アウラの提案によって足を止めることになる。
「ちょうどいい機会だから、他のプレイヤーの戦闘を見学していかないかい」
「別にいいけど、どうして?」
「少しは自分が、イレギュラーなことをしているか気付いて欲しくてね」