始まりの街―エニシド― 5
むかしむかし、女王さまはひとりのお姫さまを産みました。そのお姫さまは雪姫と名付けられました。しかし、女王さまは雪姫が産まれると、すぐおなくなりになりました。
王さまはあとがわりの女王さまをもらいになりました。その女王さまは美しい方でしたが、うぬぼれが強く、わがままで、じぶんより美しい人を許せない性格でした。
この女王さまはふしぎな鏡を持っていました。鏡を使うときはいつも、こう語りかけるのです。
「鏡や、鏡、この国で、だれがいちばん美しいか、教えておくれ」
すると、鏡は答えます。
「女王さまです」
その言葉に、女王さまは安心します。この鏡はうそをいわないと知っているからです。
雪姫が成長した、ある日、女王さまは鏡に語りかけました。
「鏡や、鏡、この国で、だれがいちばん美しいか、教えておくれ」
すると、鏡は答えます。
「雪姫です」
女王さまはねたましく、みにくい感情を抱きました。そこで、女王さまは一つの計略を考えました。
それからすぐ、女王さまは毒をぬったリンゴをこさえました。その一きれでもたべようものなら、たちどころに死んでしまうという、おそろしいリンゴです。
女王さまは雪姫にリンゴをたべさせました。
雪姫が一かじり口にいれると、そのまま息たえました。女王さまはそのようすをうれしそうに、大きな声で笑いました。
「鏡や、鏡、この国で、だれがいちばん美しいか、教えておくれ」
すると、鏡は答えます。
「女王さまです」
これで、女王さまの心はおちついた気もちになりました。
雪姫がなくなった、その日の夜、落ち込む王さまの前にカトリーナと名のる錬金術士があらわれ、こう告げました。
「この薬を雪姫に飲ませれば、目覚めるわ」
王さまはなんとかしてその薬が欲しくなりました。しかし、錬金術士が続けた言葉にためらってしまいました。
「その代わり…」
物語はここで終わっていた。
童話の決まり文句から始まったこの物語りは白雪姫をモチーフにしているのだろう。しかし、なんとも微妙な終わり方になっていて、ミツキは釈然としない気持ちになる。
「ミツキちゃんは錬金術士が何て言ったと思う?」
いたずらな笑みを浮かべたエルサが訊ねる。
ミツキは現実の白雪姫のストーリーを思い浮かべた。
(確か、王子さまが白雪姫を助けて、その結婚式に女王さまを招待し、熱い鉄の靴を履かせ死ぬまで踊らせた、だったかな?
でも、この物語は王さま、つまり雪姫の父親で女王さまの夫に要求したんだよね。躊躇う何かを……)
「女王さまの命を望んだのかな?」
望んだ返事が訊けたエルサは嬉々とする。
「そう思うわよね。でもね、実際は国中のお酒を要求したらしいわよ」
「え!お酒だけ?それで、どうして王さまは躊躇うの?」
「この物語は1000年くらい昔に実際のお話なの。鏡は脚色だと思うけど、第二婦人の差し金で第一婦人の長女に毒を盛って殺そうとしたことは事実よ。
その国は酒造が盛んだったから、国が全てのお酒を買い取るには国庫のほとんどの財源が無くなって他にお金を使うことが出来なくるのよ。
つまり、錬金術士は娘の命か国、父親か王なのかを決断させようとしたの」
「それで、どっちを選んだの?」
「王さまは娘の命を選び、錬金術士の対価を踏み倒そうとしたの。
それで、娘の命は助かったけど、対価が支払われないことに怒った錬金術士はその国を滅ぼしたといわれているわ。
それ以来、この錬金術士の名前だったカトリーナやカタリナが恐怖の代名詞として有名になったわ。
同じような錬金術士は他の話にも出てくるの。決まって、何かを要求するけど、その内容は書かれないの。
過去にそういう人物が存在していたのは事実らしいけど、実際はお酒か宝物庫にあるけど、価値がわからない物を要求していたらしいのよ」
ミツキの頭にカトリーナという名は変わり者として記憶された。脚色されている可能性があるとはいえ、彼女に薬の才能があったのは事実だろう。
にも関わらず、お酒を望む謙虚な人?いや国中のお酒なのだから強欲なのか?はたまた、お酒が貰えなかっただけで国を滅ぼす凶悪な人?よくわからない人物である。
ミツキはこの世界にも歴史があることに驚き、エルサに他の物語を聞かせてもらった。きっと、これから訊く物語もこの世界の実話を元にしているのだろうと思いながら。
五作品目の話が終わると、ミツキのログにスキルが解放されたと表示される。
習得可能スキルを確認すると、SP3を消費して『言語学』が習得できるようになっていた。それを習得しようとすると、システムメッセージが表示された。
『SP不足のためスキルを習得できません』
SPの入手方法は、習得しているスキルレベルを上げるだけだ。スキルレベルが10で1、20で2のSPを得る。50レベルまでSPが貰え、それ以降はどれだけレベルを上げても入手出来ない。
そして、現在ミツキのSPは0だ。
ガックリと肩を落とすミツキに「大丈夫?」とエルサが心配そうに声をかける。
「SPが足りなくて…」
「SP、というのはわからないけど、それがないと困るの?」
「あっ、なくてもいいけど、あれば嬉しかったかな」
NPCは特定の言葉、特にゲームシステムに関するものが多くを理解しない。代表的なものに、HPやMPで、生命力やマナと言わなければ伝わらない。
何故か、彼らNPCは、このWSOの世界で生き、暮らしているからだ。
現実の世界で、車に轢かれた時「大ダメージ受けて、HPがヤバい」なんて言う人はいないだろう。
プレイヤーも現実で、そういった言葉を使わないのと同じことだ。
エルサは思い出したように、手をポンと合わせる。
「そうだわ、ミツキちゃんにこのお話を聞かせたかったの」
本棚から持ってきた本を読み聞かせる。たぶん赤ずきんだろう。ミツキの知っている赤ずきんとは大部分が変更されていたが。
祖母の家に行くため、森に入った赤ずきんは一匹の狼に出会う。
ここまでは、同じだ。
狼は赤ずきんになつき、森の動物に襲われないよう、祖母の家までついてきた。
祖母は病気で床に伏せっていたが、狼が病気に効く薬草の群生地に案内をしてくれ、その薬草を飲ませると祖母の病気が治った。
人里まで一緒に来そうな狼と森で別れて、赤ずきんは家に帰る。その途中、赤ずきんは狩人の男に襲われた。
別れたはずの狼は赤ずきんについてきていた。男に飛びかかり殺す。
赤ずきんは助かり、狼に感謝をした。
そして、狼は赤ずきんを守る番犬となった。
「どうだったかしら?この少女にミツキちゃんが似ていると思って選んだのだけど」
ミツキは、「物語の少女みたいに危ない状況ばかりに出くわさないよ」とエルサの言葉を否定するが、「そうかしら、初めて会ったときは、倒れていたわよ」と返され言葉に詰まる。
「…似ているかはともかく、なんで、狼はこの少女になついたの?」
この本にその理由となる描写は、全くなされていない。ただ、赤いフードを着た少女に狼はなついた、と書かれているだけだ。
「わからないわ。でも、狼は群れで生きる動物よ。一匹だけだったから、何かあったのかもしれないわね」
ミツキはクスりと笑みが零れた。このゲームを誘った親友を思い浮かべ、そして、近い内に一緒に遊ぼうと思う。
「元気が出たかしら?」
「うん、今日はエルサさんにお礼するだけのつもりだったけど、色々迷惑かけて、ごめんなさい」
「そんなことないわ。ミツキちゃんと一緒にいると楽しいわ」
エルサに別れの挨拶をして、ログアウトする。
そして、ミツキは親友に連絡を入れた。