始まりの街―エニシド― 3
始まり街エニシドの北から東かけては草原が広がり、北は初心者用のモンスターが多く出現し、東は北より一段階強いモンスターが出現する。
南と西は森林地帯となっており、南は単独で弱いモンスターが出現するため、森初心者用の狩り場となっている。西はゴブリンが群れで出現するため、パーティーを組んで行くプレイヤーが多い。
魔術スキルがあるにも関わらず、MPを減らす手段としてMPポーションを作るだけでは勿体ないと思ったミツキはアウラから訊いたモンスター情報を頼りに、南の森へと向かった。
一度、北の草原に出て「森は?」と呟き、通り掛かった親切なプレイヤーに現在地と南の方角を教えて貰うという経緯は辿ったが。
南の森に入ると、太陽の光が木々で多少遮られるが、それは完全ではなく、初心者を対象にしてるためか視界もそれほど悪くない。特別なスキルは必要なさそうだ。
ミツキはエニシドから真っ直ぐ南に向かった場所、ではなく、そこから東に行った草原と森の境界まで来ていた。
街中でも迷ってしまうミツキが森の奥に入ったらどうなるか、考えなくても答えはわかる。それを自覚しているため、エニシドが見え、プレイヤーが少なそうな場所を探した。
結果辿り着いた場所がここだ。
森の奥に行かないよう気を付けながら、ミツキは『気配察知』で周囲を警戒しながら、周囲に生えている植物を鑑定するが、雑草ばかりで、薬草など売れそうな物は見当たらない。
それもそのはず、森の入り口付近の薬草は多くのプレイヤーに刈り尽くされ、無くなっていた。ゲームだから時間が経てば復活すると思い、行った行為なのだろう。確かに間違ってはいない、そこに繁殖可能な量が残っていればという条件があるが。
それをプレイヤー達が知るのはもう少し後になってからだ。
10分程、下ばかり見ていたミツキは首が疲れた気がして、筋を伸ばした。すると、真っ赤な果実が眼に映る。
薬草と思い込み、地面だけを探していたが、木に果実やその他アイテムがあるとは失念していた。
しかし、周囲を見渡しても他のどの木も実をつけていない。この木も、その果実だけを実らせていた。
果実を鑑定する………
『詳細不明』
『鑑定眼』のスキルレベルが低いため、果実の情報が表示されなかった。レアアイテム、その言葉が頭を過り採ろうと手を伸ばすが、身長の低いミツキの手は果実に届かない。
果実を採ろうと奮闘している時『気配察知』のスキルに反応があった。ミツキは物音を立てないよう静かに、反応があった方向を警戒する。
がさがさと音を立て草の影から狐が現れた。尻尾が二本ある全長一メートルの狐だ。
ミツキは初めての戦闘に集中する。
狐はミツキの存在を警戒するだけで、攻撃をしてくる気配はない。
(私はHPが低いから、攻撃される前に倒さないとね。
まずは、闇魔術で先制攻撃して、すぐに光魔術の準備かな。その後は闇魔術が再詠唱出来ればいいけど、出来なかったら逃げる?
AGIが低いから距離を稼ぐくらいしか出来ないかな……不確定要素があるけど、こんな感じで頑張ろう!)
戦闘の脳内シミュレーションはOK。ミツキは狐から出来るだけ距離を取った。
「ラクロ」
闇魔術の発動ワードをミツキは唱えた。
指輪の宝石から小さな黒い塊が現れると、それはミツキの影に吸収される。すると、狐の影から黒い針のようなものが五本突き出た。大人の腕くらいの太さがある黒い針は狐の足、胴、頭を貫通する。
その光景に驚き、考えていた次の魔術の準備を忘れていた。
術の効果が消えると、狐の身体はドサッと力無く地面に落ちた。一向に起き上がる素振りを見せない。
全身に幾つもの風穴を開けた状態で起き上がってきたら、それはそれで恐怖ではあるが。
「……倒したの?」
動かなくなった狐にミツキは恐る恐る近づき、触れる。
狐の死体は粒子となって消え、ドロップアイテムは自動的にインベントリに送られた。
初めての戦闘が呆気なく終わり、呆然とする。数分が経ち漸くミツキは果実のことを思い出した。
どうやって採ろうかと悩むミツキに再度『気配察知』が後方で反応し、振り返る。
既にミツキに攻撃しようと、勢いよく突進してくる大きな猪を視界に捉える。
「えっ、あっ、ちょっと待って…コーウ!」
慌てて光魔術を唱えた、ミツキ。
指輪から光の球が矢の如く猪に飛んでいく。
猪はそれを避けようと方向を変えようとするが、勢いもあり、緩やかにカーブするようにしか進路を変更出来ない。
光の球は猪に当たる直前に散弾のように幾つにも弾け、多くの光の弾を正面から受けた猪は勢いをそのままにミツキの横を転がる。
「あっ!」
猪は果実を付けた木にぶつかり、漸く止まった。その衝撃によって、あの果実が落ちてきた。
運良く、謎のアイテムを回収出来たが、ミツキは安全な見渡しの良い場所に移動することになった。たった二度の魔術でMPの三割を消費していたからだ。
「確か、初期魔法なら、三十回くらいは使えるってアウラ言ってたけど…私のって燃費が悪いよね…」
独りごちるが、初期ステータスかつ初期魔法でミツキと同じモンスターを倒すには平均三回、魔法を当てなければいけないが、まだ今のミツキは自分の魔術が特別だと知らなかった。
草原に出る直前まで戻ってきたミツキは唐突に魔術を放った。
モンスターが現れた訳でも、八つ当たりした訳でもない。魔術の射程、威力を確認するため、そして消費MPを減らすため試し打ちをしたのだ。
ミツキは思い付く限りを試すことにした。しかし、すぐにMPが無くなり、今日はなくなく街に帰ることになった。
ミツキはログインするとまずMPポーションを一本製作、その後エニシドから南東の草原と森の境界で魔術の研究、MPが無くなると街に戻り適当にふらつく、そんな日が続いた。
その姿を一部のプレイヤーに目撃され、南東の森の入り口付近に奇妙な魔法を使う幼女がいると一時掲示板で噂になったが、ミツキの耳に入ることは無かった。
「これくらいかな」
いつもの場所で魔術を研究していたミツキが呟く。ミツキの魔術はこの数日間で実用的になっていた。
闇魔術の『ラクロ』も光魔術の『コーウ』も『魔力操作』スキルと併用することで、複数の攻撃を単発にする事が可能だった。その単発のMP消費量は本来の5分の1にまで減少し、今のミツキなら三十回使用出来る。
それだけでなく、南の森のモンスターなら単発で倒せるとわかった。
これは、他のプレイヤーの初期魔法と使用回数は同じでかつ、威力は3倍以上と明らかに性能が良すぎる魔術スキルだが、ミツキは他のプレイヤーとの接点がないため自覚はしていなかった。
更に、『ラクロ』は出現場所の指定、長さや形の変化、『コーウ』は散弾のように弾けるタイミングの調整、弱い追尾能力。それとどちらの魔術も事前に唱えていれば指定したタイミングで発動することも可能だった。これらは特にMP消費に影響を与えなかった。
満足したミツキは、軽い足どりでエニシドに帰ってきた。ここ数日で街並みを覚えたおかげで最初のように迷うことは少なくなっていた、たぶん。
南門、そこから伸びる広い通りは、生産プレイヤーがよく露店を並べている。今も、数は多くないが露店を開いているプレイヤーが見られる。
今日は露店巡りでもしようかな、そう思いミツキは露店の商品を鑑定しながら回っていると気になる商品があった。
『木彫りのペンダント』 製作者:デューク 〈レア:N〉〈品質:F〉〈耐久:100〉
[一般的な木をリング状に加工し革紐を付けた物。????]
他にも同じ見た目の商品は幾つか並べてある。だが、それ以外を鑑定しても、最後の?マークは表示されなかった。
露店の店主に訊ねようと視線を向ける。
そこには、身長が二メートルを越え、筋骨隆々とした体躯、顔に大きな傷跡があるスキンヘッドの男性がいた。
極力関わりを避けたいと思わせるその姿にミツキは顔を引きつらせ、固まった。
店主はミツキの視線に気付き、ニヤリと口角を上げ「何か気に入った物があったか?」と言う。その顔はまるで餌を見つけた肉食獣のようだが、本人はただ営業用の笑顔を作っただけだ。
それが恐い。
(すごく恐い……けど…見た目だけ…だよね…)
ミツキは後退りしそうになる足に力を入れ、同じ見た目のペンダントが並ぶ中、一つの商品を指差す。
「このペンダントだけ他の商品と違いませんか?」
「いや、変わらん」
ミツキの問いを即座に否定するが、彼の眼は僅かに鋭くなる。
「よくわかりませんが、これだけは違う感じがします」
「そこまで言うなら試してみるか?」
「試す?」
「装備してみるか?ってことだ。店側が許可を与えれば一時的に商品を装備可能になるぞ」
「では、お願いします」
ミツキの前にウィンドウが現れ、『商品が装備可能です。許可者:デューク』の文字と残り時間が表示される。
ミツキは気になったペンダントを首にかける。しかし、変わった様子はない。ペンダントを他の物と交換してみるが、ミツキの頭の上に?マークが浮かぶだけだ。
「何かわかったか?」
首を横に振るミツキ。残り時間がなくなるまで何度かペンダントの着脱を繰り返すが答えはわからず、ミツキはガックリと肩を落とした。
「その様子だとわからなかったみたいだな」
「はい…」
「今回は嬢ちゃんの真剣さに免じて教えてやるよ」
「ホントですか!」
パッと花が咲くような笑顔になる、ミツキ。
コロコロと変化する表情に店主も最初の愛想笑いではない本当の笑みになる。それでも相変わらず恐いのだが。
「嬢ちゃんが気になってたやつは、他のと作り方が違ってな。そのおかげかMNDが微上昇の効果が付いてる」
「それならどうして他の似た商品と一緒に並べたのですか?」
「そりゃあ、嬢ちゃんみたいに、それに気付くやつが見たいだけだ」
「性格悪いですね」
つい口から出てしまった言葉を気にした様子もなく、ガハハと豪快に笑う。
「それで、嬢ちゃんの戦闘スタイルはなんだ?」
「魔法職ですよ」
「ならこの辺りのやつだな」
店主はインベントリからアクセサリーを何個か出した。
「こいつはMP回復速度上昇、こっちがINT上昇………」
新しく並べられたアクセサリーを一つずつ説明する。どれも元から並べてある商品よりも効果が高い。
「あぁ、それとMP回復ポーションも少しなら在庫はあるぞ。値段は5000になるが」
「えっ、高くないですか?」
ミツキは自分でMPポーションを作れる、だから店売りのMP回復ポーションの値段を気にしたことがなかった。NPCのお店でも、プレイヤーが出す露店でもMP回復ポーションを見たことがなかったが、HP回復ポーションと同じ200Nくらいだと考えていた。
「そうか?ぼったくりの店だと桁が違うらしいぞ」
「へ?」
「知らないのか?MP回復ポーションの材料の『マナを含む水』、マナ水って呼んでんだが、今はNPCからしか手に入らないんだ。しかも、プレイヤー全体で一日に百個限定のおまけ付きだ」
プレイヤー数はβ版からの五千人と、新規の一万人、合計一万五千人。一日に作られるMP回復ポーションはたったの百。
明らかに供給が足りていない現状で値段が高騰するのは当然だった。この状況が続けば更に高くなるだろう。
(マナ水……そういえばマナと魔素は言葉が違うだけで同じものなんだよね。それなら私が作った『魔素を含む水』でもいいんだよね)
ミツキは自分のインベントリから『魔素を含む水』のポーション瓶を出す。
「これ使えませんか?」
店主はミツキからポーション瓶を受け取り鑑定をすると、眉根を寄せ怪訝な顔になる。
「魔素?マナ水に似てるな」
「それでMP回復ポーションが作れないか試してみてください」
「それはいいが、これはいくらだ?」
「今回は実験なのでタダで良いですよ」
「そうか」
店主はインベントリからMP回復ポーションに必要なアイテムを出し、生産に取りかかる。
青い葉をすり鉢で細かくすり潰し、水と混ぜ、それをポーション瓶に移し加熱する。一度煮たたせたら火から外し冷ます。暫く待つと、青い液体と濁った液体に綺麗に分かれた。青い液体だけを取り出し、魔素水と混ぜ、最後に白い液体を一滴垂らす。
これでMP回復ポーションの完成のようだ。
「問題無く作れるようだな。これを何処で手に入れた?それなりの礼はするぜ」
「えーと、自分で作りました」
「ほぉ、なら生産方法を売ってくれ」
「良いですよ」
現状、独占すればかなり荒稼ぎできるが、それはミツキの趣味ではなかった。
それに、偶然とはいえサービス開始一日目で知ったこと。他のプレイヤーもすぐに発見できると思えたからだ。
エルサ、NPCに教えてもらったとミツキは店主に伝える。それと、最初の内は失敗するかもしれない、と付け加えた。
「ふむ、嬢ちゃんの…いや、何でもない」
ミツキに所持スキルを聞こうとしたが、店主は途中でやめた。他人のスキルを詮索する行為はあまり好まれたものではないから。
「何ですか?訊きたいことがあるならはっきり言って下さい」
「いや、特定のスキルが必要な可能性があるから、嬢ちゃんがどんな生産スキルを持ってるか気になってな」
「生産スキルですか?一つも持ってないですよ」
店主は暫く考え込む。
「製作にはNPCの教えが絶対条件か?
そうなると、NPCに教われば誰でも作れるようになるかもしれないな。情報料は確認してからでいいか?」
「タダでいいですよ?」
「なら、こっちで勝手に用意させてもらう。それとこれだ」
ミツキに店主、もといデュークからフレンド申請が送られた。断る理由のないミツキは申請を許可する。
「よろしくお願いします、デュークさん」
デュークは生産スキル主体で、回復薬の生産やアクセサリー製作など細かいことが得意だと自己紹介してくれた。
ミツキの感じた第一印象と全然違い、恐い顔にさえ馴れればいい人だった。
「あぁ、それと暇なときに魔素水でも持って来れば買い取るからな」
「では、早速今持ってる分の四本お願いします」
「一本1500Nで合計6000Nでいいか?」
「はい、自分では使えないので」
「まいど、俺はさっきの話を知り合いにもして、マナ水が作れるか試してくるわ」
デュークは露店を手早くたたみフレンドに連絡を送る。
ミツキにとってもちょうどいい時間になっている。デュークに挨拶をして、ミツキはログアウトした。