始まりの街―エニシド― 1
始まりの街、エニシドは円上に造られた街だ。周囲は壁で囲まれ、東西南北の四ヵ所に門がある。
東西と北南の門を結ぶ大通りが交わる場所に広場があり、広場の北西に冒険者ギルド、南西に商業ギルド、南東に生産ギルド、北東に教会と街の主要施設が集まっている。
教会はHPが無くなったプレイヤーが送られる場所、所謂リスポーン地点だ。
街の喧騒に充ちている広場に、同じ服装をした人が大勢いる。
ステータスを確認する者、ギルドに向かう者、街の外に行く者、誰かを探しているのか落ち着きのない様子でキョロキョロする者など様々だ。
彼らはキャラクタークリエイトを終えたプレイヤー達だ。数は多くないが、頭に角がある者、身長が三メートル以上ある者、背中に羽がある者など、人間の容姿とは異なった姿もあった。
そこにまた一人キャラクタークリエイトを終えた少女が転移して来た。
白に近い金色の髪は少女の日本人離れした顔立ちに似合っており、猫のように大きく、少しつり上がった眼は濃紺色をしていた。
ミツキだ。
だが、広場に立つ彼女は現実より背が低く、幼い外見になっていた。アバター作成時に自分で変えた訳ではない。
身長は巨人や小人など、種族による影響がある場合のみ変更可能で、基本的に弄れない。そのため、ほとんどのプレイヤーは現実と同じ身長だ。
少女はキョロキョロと周囲を見て、大きい人が多いなとか、家もなんだか大きく造られてる?とか、呑気に考え、自分が小さくなっていることに気付く様子はない。
キャラクタークリエイト時の魔人族のアバターに、そんな変化がなかったのもミツキから『身長が縮む』という発想を遠くさせたのかもしれない。
そんなミツキにVR機を通して現実からメールが届く。差出人はWSOのβ参加者であり、このゲームをミツキに勧めた親友だ。
キャラクタークリエイトが完了したら会う約束をしていたが、詳しい場所は決めていなかった。いや、決められなかった。
βプレイヤーにも楽しんで貰うため、始まりの街はβ版の時と違う街になっていると公式が発表していたからだ。事実、βの時の街はこのエニシドの3分の1の大きさで、広場なんてなかった。
そのためキャラクタークリエイトを終わらせた親友は一度ログアウトして連絡したのだろう。
メールは『広場南にあるベンチで待っている』といった内容だった。
そして、ミツキは親友が待つ南に……いや、何故か北に向かっている。
そう、ミツキは絶望的な方向音痴だった。南に行けと言われれば北に、東なら西に、わざと間違えているのかと疑いたくなる程に反対に行く。見知った場所ならそうはあまりならいないが、初めての土地ではその傾向が強くなる。
いたってミツキ本人は真面目なのだが。
親友はそれを見越して、北で待っていた。流石親友、ミツキの行動パターンを熟知していた。
「アウラ!」
ミツキがそう呼ぶ女性は艶やかな黒髪の持ち主だ。中性的な顔立ちの彼女の頭と腰に狼の耳と尻尾がある、狼獣人のようだ。
アウラと呼ばれた女性はミツキを見て眼を丸くする。
「ミツキ…なのかい?」
「そうだよ。それにしてもアウラも大きいね」
この子は何を言っているんだと呆れながらも、アウラの顔は少しにやけていた。
「あたしが大きいじゃなくて、ミツキが小さくなった、だろ。小学生に戻った気分はどうだい?」
そう言ってアウラはミツキの頭を撫でる。
「えーー!私が小さくなってるの?どうして?」
急に声を上げたミツキに周囲の視線が集まるが、彼女達は気にする事なく話を続ける。
「それで種族は何にしたんだい?」
「魔人族だよ。まだ確認してないから属はわかんない」
「何時ものように何も調べず始めたのかい?」
「う、うん…知らない方が楽しめると思って…」
はぁ、と軽く溜め息を吐く、アウラ。
「魔人族はβで別名『混血種』って呼ばれてたよ。まずは、ステータスを確認してみな」
「はぁい、先生」
ミツキはメニューからステータスを確認する。
………
―――――――――――――――――――――――――――――
ミツキ
種族:魔人
属:????
HP:F- MP:D-
STR:G VIT:E INT:D- MND:D DEX:E- AGI:G
スキル:闇魔術Lv1 光魔術Lv1 魔力操作Lv1 気配察知Lv1 鑑定眼Lv1
専用スキル:????
―――――――――――――――――――――――――――――
ステータスを開いたミツキは首を傾けたるだけで、何も言わない。
「どうしたんだい?」
「属と専用スキルが?マークになっててわかんない」
「そうなのかい?あたしの予想としては、小人と何かの魔族の混血、だと思うけど…属がわからないなんて聞いたこと無いから、魔人族のレア種族を引いた可能性もあるかもしれないね」
「レアかどうかはわからないけど、アウラはどうして小人と魔族だと思ったの?」
「今のところ身長が小さくなる種族は小人しかわかってないのさ。それに、混血種は人族と魔族から一種類ずつ選ばれるみたいだけど、ただ……」
そこで言葉を区切り、ミツキをじっと見つめてからアウラは再び口を開く。
「人間、にしか見えないよな。魔族は見た目でわかりやすいはずなんだけど…」
「そうなんだ」
ミツキもそのことは気になっていたが、アウラにもわからないようだ。
ミツキと違い、アウラは頻繁に攻略wikiや掲示板を覗き、役に立つかどうかは関係無く色々な情報を集める癖がある。
そんなアウラがわからないなら、どのプレイヤーに訊いても知らないだろうとミツキは思った。
今、答えの出ない話を続けるより別の有意義な話題に切り替える。
「ところで、その尻尾は自分で動かしているの?」
ミツキにとっては有意義な話題だ。
アウラの尻尾が左右にゆっくりと動いていることが、出会ってから気になっていたし、触ってみたいと思っていたからだ。
「自然に動く事もあるけど、自分で動かすことも可能だよ」
アウラは得意気な顔をして尻尾を自由自在に動かす。尻尾だけでなく、頭の上にある耳も右を向いたり、左を向いたりと動いている。
「すごい、すごい」
満面の笑顔をするミツキにアウラもつられて微笑む。
「触ってもいい?」
子どものような、実際、見た目は子どもだが、キラキラとした眼を向けられ、アウラは断ることが出来なかった。
「おぉ?固そうに見えるけど、さらさらで気持ちいいよ」
尻尾の毛並みを優しく撫でると、アウラはプルプルと震えて我慢する。人間には無い部位だが、触覚は再現されているみたいだ。
「これって、どこを触られてる感じなの?」
素朴な疑問がミツキの口から出る。
「腰をくすぐられてる感じがするから、このくらいで止してくれないか」
「そうなんだ。ありがとね」
名残惜しそうにミツキは尻尾から手を離した。
「それで、ミツキはこの後何するか決めてるのかい?あたしはフィールドで軽く身体を動かしに行くけど、一緒にどうだい?」
「んー、街の散策かな。フィールドは人が多そうだからね」
キャラクタークリエイトを終えたプレイヤーがフィールドに向かう光景を思い出しながら言った。
「なら、ミツキに一つアドバイスだ」
「ん?何かな?」
「このゲームはMPの自動回復が非常に遅いが、MP回復ポーションの使い過ぎには気を付けな。最悪の場合それが原因で死ぬ事があるからね」
「えっ、なんでそうなるの?」
「さぁね、理由はわかってないけど、一日に四十個くらい使うと危ないみたいだよ」
「教えてくれてありがと」
フレンド登録を済ませ、アウラと別れたミツキは(現在地を広場南と勘違いしているため)南から時計回りに散策をしようと、南の大通りを目指す。流石に広場から見えている大通りへは迷わなかったが、北の大通りを南の大通りと勘違いしているが誰も教えてくれる人はいない。
周囲の建物は木組みの家で同じ色は一件も無かったが、広場北西にある一回り大きな建物、教会だけは白い石造りだ。
大通りは様々な店が並んでいた。
ある服飾店は一階がガラス張りになっていて、商品を着たマネキンが外から見えるよう飾られていた。
ある道具屋は道まで商品を並べ、種類の豊富さを強調していた。
中には民家に看板を掲げただけの店もあった。
ミツキは特に買うことはしなかったが、気になった店に入り、商品を見た。
目的も無くふらふらと歩いていると、メールが届く。今度のメールは運営からだ。内容を簡単に言えば、『WSOを遊んでくれてありがとう。初期物資送ったよ』といったものだ。初期物資はHP、MP回復ポーションを各十本と十万N、お金だ。
メールを読み、アイテムを受け取ったミツキは次はどっちに行こうかと周りを見るが……
「ここは…どこ?」
迷子になっていた。知らない街を目的も無く歩けば、迷子になるのは当然だ。
「確かマップ機能があったはず……」
メニューからマップを表示させるが、何も書かれていなかった。最近のゲームは、自動マッピング機能が当たり前である。しかし、WSOのマップは自分で作るか、売っている地図を手に入れなければ何も表示されない。
「一度ログアウトして…いやいや、ゲームで迷子になるのも醍醐味の一つだよね」
再度ログインすれば、ログイン場所に設定してあるこの街の広場に戻ることができる。しかし、ミツキはあえてしなかった。
迷子になることは馴れている。現実だったら焦っていたが、ゲームで安全な街の中だ。
ミツキは今の状況を楽しむ事にした。
直感を頼りに歩き続ける。幸いゲームなので足が疲れることはなかったが、それは突然やってきた。
踏み出した足に力が入らなくなり、地面に倒れる、ミツキ。起き上がろうと腕を動かそうとするが、ピクリともしない。瞼も落ち、全身にドクドクと痛みが走る。
少しずつHPが減り始めた。