運営side―後編―
「どっちが勝つと思う?」
長谷川は立川に尋ねた。
ゴブリンジェネラルを攻略されていない、かつゴブリンの討伐数が百万を超える事で、防衛クエストが実行される。
その予想を彼に訊いた。
「プレイヤーっすよ。負ける要素はないっすよ」
自信たっぷりに言う立川の言葉を、隣のデスクにいる重田郁恵がバッサリと切り捨てる。
「ゴブリンです」
重田はモンスターのAIを担当しているせいか、そちら側に重きを置く考えをする。
「ゴブリンは集団での戦闘を仮想してルーチンが組まれています。有象無象の纏まりがないプレイヤーでは無理です」
重田はこう言うが、全プレイヤーの成長具合を知っている長谷川はプレイヤーが勝利すると予想している。
そもそも、この防衛クエストを失敗した場合、新規のプレイヤーを受け入れた時、彼らは安全エリアが存在しない、廃墟からのスタートになる。そうなれば例のAIが動くきっかけになる。
例のプレイヤー以外に例のAIが干渉をする動きは見られないが、立川の報告が正しいと立証されてない今、極力例のAIには大人しくして欲しいと思っていた。
「なら今日の晩飯でも賭けるっすか?」
意気揚々と言う立川に、重田は「デートに誘うならもっと気が利いた台詞にしてください」とゴブリンが勝つ前提、ではなく立川と一緒にご飯を食べたくない、そう彼女の表情が物語っていた。
しかし、立川はそれに気付いていないのか、ポジティブなのか、食い下がっていた。
そこに、眼鏡を弄る動きした遠藤が来た。長谷川は咄嗟に自分のデスクへ戻ろうとしたが、肩を掴まれ逃亡を阻止される。
「問題が起きました」
数分後には防衛クエストが始まる、この状況。長谷川はその問題をなんとなく察していた。
ここ数時間、西の森はプレイヤーが侵入しないよう、ゴブリンアサシンが出現する。ゴブリンアサシンは通常のゴブリンより強いが、トップ層のプレイヤーなら倒せる。それに気付いたプレイヤーがゴブリンアサシンを倒したと考えていた。
しかし、遠藤の報告は長谷川の予想とは違った。
「一人のプレイヤーがゴブリンキングと接触しました」
「はっ?!そのプレイヤーはどうやってダンジョンに入った?」
「二日前にダンジョンの安全エリアからログアウトし、つい先程、ログインしたようです。その後、ゴブリンキングの待機エリアに入ったみたいです」
長谷川は頭が痛くなる、なんてタイミングの良いプレイヤーだ。一日でもずれていれば、そのプレイヤーがゴブリンキングに会うこともなかった。
「一人なんだよな?それならゴブリンキングが負ける心配はないだろ」
「いえ、それが接触したのは例のプレイヤーでして…」
「あの可愛い娘っすか?こっちに映像出すっす」
立川は例のプレイヤーに反応し、自分のPCに例のプレイヤーとゴブリンキングが対峙している映像を出すと、笑い出した。
それに、驚いた全員の視線が立川のPCに向けられる。そこには、薄く霧がかかる中、例のプレイヤーはゴブリンキングに眼もくれず、壁や地面を触っていた。
「何をしているのですか?」
長谷川も重田と同じで、例のプレイヤーの行動の意味がわからない。それに、答えたのは遠藤だ。
「おそらく逃げ道を探しているのではないかと」
「いや、扉以外に出入口無いぞ」
「プレイヤーは知りませんので。それよりも、このプレイヤーはゴブリンキングを倒す手段を持っている事に気付いてますか?」
その言葉に、長谷川と重田は、遠藤に振り向くが、立川は変わらず映像を見て笑っている。
「どうやってですか?」
ゴブリンキングをよく知る重田は少し不機嫌そうに言った。
「『ペルガ』と『魔力操作』で、マナ中毒を引き起こす方法があります」
長谷川は遠藤の言葉を頭の中で検討する。
マナ中毒にさせるには『魔力操作』で『ペルガ』の消費MPを多くする必要がある。ゴブリンキングがマナ中毒になる前にプレイヤーのMPが尽きるのは目に見える。例えMP回復ポーションを使い続けてもマナ中毒になるのはプレイヤー側が先だ。
不可能と結論に至る。
「それは、無理だろ。必要MPが多すぎる」
「そうです。ゴブリンキングがマナ中毒になるには八分四十二秒必要です。その時間『ペルガ』を維持するには、このプレイヤーのMPが九倍必要です」
重田は長谷川の意見に賛成し、更に詳細のデータを付け加えた。しかし、遠藤はそれでも倒せる方法があると断言する。
「このプレイヤーは特殊なMPポーションを持っています。自分の魔素だけで生産しているため、マナ中毒は起きません。必要な数を所持しているのは確認済みです。このプレイヤーが時間を稼ぐだけでゴブリンキングは倒されます」
遠藤の説明に二人は、はっと息を呑むが、長谷川はすぐに指示を出す。
「重田、ゴブリンキングがマナ中毒になるまで残りどれくらいだ?遠藤、森にゴブリンジェネラルは現れたか?」
すぐに反応したのは遠藤だ。
「いえ、まだです。ですが間も無く姿を現します」
ゴブリンキングが不具合で現れない場合、ゴブリンジェネラルが防衛クエストのボスになるよう設定してある。そちらは問題無いようだ。
「えっ!えーと、五分二十秒です」
時計を確認する、防衛クエストが始まるまで二分二十秒。
ゴブリンキングは防衛クエストが始まるまではノンアクティブ状態、つまり攻撃をしない。ゴブリンキングはこのプレイヤーを三分以内に倒さなければいけない。
長谷川は安心出来ない数字に不安を覚える。
「立川、例のプレイヤーの様子はどうだ?」
「まだ、膠着状態っす。にしても『ペルガ』ってゴブリンキングにも効くんすね」
「この状況が例のプレイヤーに有利に働いていますから」
「どういうことっすか?遠藤さん」
「フィールドのような広大な場所では『ペルガ』の霧は拡散し流れてしまいます。ですが、今のような限られた空間なら、『ペルガ』の濃度を濃くする事は簡単にできます」
3:01、3:00、2:59…
長谷川が『ペルガ』を見直すか、一定のモンスターにマナ中毒耐性を付与するか考えあぐねていると、防衛クエストが始まった。
遠藤の言葉通り、例のプレイヤーは防戦主体で時間を稼いでいるように見える。
1:58、1:57、1:56…
例のプレイヤーがMPポーションを大量に使う。いや、正確には自分のMPを回復させず、ポーション瓶をばら蒔いた。
ポーション瓶は地面に落ちると割れ、中身の液体が飛散する。
「何をしたんだ…」
長谷川が呟くと、重田がすぐにその答えを言う。
「魔素濃度が上昇しました。予定より早くゴブリンキングはマナ中毒になります!」
48、47、46…
「なっ?!そんな事が出来たのか」
「設定上は可能かもしれませんが…」
遠藤もこの手段は思い付かなかったようで、歯切れの悪い言い方をした。
31、30、29。
長谷川は既に諦めていたその時、ゴブリンキングはあれを出した。ゴブリン王の剣を。
「重田、これはどういう事だ?」
ゴブリン王の剣は今回の防衛クエストで使用できないよう封印してあった。しかし、ゴブリンキングは確かに使用している。重田も目を丸くし驚いていた。
「わ、わりません。今も設定は使用不可になってます」
「ゴブリンキングの今の詳細情報を表示してくれ」
詳細情報を確認した長谷川は自分の考えが正しかったと、口角を少し上げる。
11、10、9…
「原因がわかりましたか?」
「ああ、防衛クエストのボス権限がゴブリンキングからゴブリンジェネラルに移行している。そのおかげで、ゴブリンキングは防衛クエストの設定に縛られない」
2、1、0。
長谷川の言葉と共にゴブリンキングはマナ中毒となる。後は、動けないゴブリンキングのHPが零になれば、例のプレイヤーの勝利だ。
「終わったすね」
『街を襲わないと誓うのであれば助けますよ』
『…な…ぜだ…』
『貴方を倒しても外の戦いは終わらないでしょ?でも、貴方ならゴブリンを止める事ができるよね』
『わか…た……』
ゲームから聞こえてくる声に青ざめた顔をする重田。
「どうした?」
「あ、あの…ゴブリンキングが、今防衛クエストに行っても、防衛クエストのボス権限はゴブリンキングに戻りますね…」
「残念ながら、ゴブリンキングは街を襲わないと約束しました。つまり、防衛クエストはこれで終わりです」
「そ、そうですか。ゴブリンキングは戦わないで済むのね」
安心したように言う重田、だが長谷川の発した言葉が彼女を凍り付かせた。
「あー、これって討伐クエストに変化するんじゃなかったか?」
今回のクエストの本質はゴブリン達が殺された同胞の仇を討つこと、エニシドを破壊しゴブリン達が安全な生活を取り戻すことだ。そして、ミツキにより後者は不可能となった今、WSOの世界は前者を遂行するためクエストを討伐に変化させる。
「重田さんどうしたんすか」
様子がおかしい重田は立川の声が聞こえていないのか、反応をしない。
「郁恵さん?郁恵ちゃん?しげっ……うっ!」
いろいろな呼び方をする立川の腹を重田は殴った。遠藤は立川を無視し重田に質問する。
「ゴブリンキングが戦うと問題があるのですか?」
「は、はい。主任が言った通りなら、今のゴブリンキングをプレイヤーは討伐出来ません」
「詳しく教えてくれ」
重田はコクリと頷き、話し出した。
「今回の防衛クエストの制限がないゴブリンキングは、自分のスキルが最も効果的なフルレイドパーティーを作りプレイヤー達と戦うと思います。たぶん、ゴブリンキングはゴブリン王の剣で自分を強化し、そのステータスを『王の権威』で配下のゴブリンを強くすると……その時の個々の強さはゴブリンジェネラル以上に、なります」
「ゴブリンキングは今何処にいる?」
「なんかプレイヤーを連れて歩いて外に向かってるっすよ」
「好都合だ。外のゴブリンと合流まで三十分はあるな」
長谷川は例のプレイヤーに感謝した。本当なら、ゴブリンキングは待機エリアの扉を使って、ダンジョンの出口に転移するはずだ。
しかしそれは、ゴブリンキング専用のため、プレイヤーを連れては転移出来ない。
「今からでも、ゴブリンキングに制限をかけれませんか?」
「それが出来るならやってます!」
遠藤の質問に強い口調で重田が返す。らしくない物言いをする程、重田は焦っていた。彼女は知っていた、ゴブリンキングの集団は今のプレイヤーがどれだけ集まっても倒せない敵、それどころか虐殺になると。
「案のある者はいないか」
部屋にいる全員に長谷川は言うが、誰一人としてこの事態の打開策は思い浮かばなかった。
「念のため、ゴブリンキング及びその集団の強さは仕様だと公式で発表するぞ」
クレーム処理が大変になるな、長谷川はそんな事を考え、この件は諦めていた。
そして、重田の予想通りの結果になった。




