運営side―前編―
上司の報告から戻った長谷川は大きな溜め息を吐き、力無く自分の椅子に座る。そこに、遠藤が報告を持ってくる。
今回は眼鏡を弄る動きが無い、そのため普通の報告が聞けると長谷川は安心する。
「俺がいない間どうだった?」
「特に目立った問題はありません。
何人かは、レア種族を引いたようですが、例のプレイヤーのような事態にはなっていません。プレイヤー間のいさかいも対応は追い付いています。NPCを殺害したプレイヤーも居ますが、数は少なく影響は小さいと思われます。
加えて、デスペナルティが変更されましたが、予想の範囲内です」
「概ね順調ってとこか」
「例のプレイヤーが『魔素収納』を習得しました」
プレイヤーが知ったら驚愕するような事実を、遠藤は淡々と語る。『魔素収納』は『魔力操作』スキルが前提条件だ。
現状、他のプレイヤーが習得不可能なスキルを例のプレイヤーは二つ所持していることになる。
「ま、まあ、いいだろう。『魔力操作』を持っているんだ、そのスキルを手に入れるのは時間の問題だった。こんなに速いとは思わなかったがな」
「それと、例のプレイヤーのログを解析して判明した事実があります」
眼鏡を指で押す遠藤。またか、長谷川は憂鬱な気分となった。しかし、上司として彼女の報告を聞かない訳にはいかない。
「なにがあった?」
「『シュッツリッター』を手に入れてます」
それが何か思い出せない長谷川、自分のPCで探す。すぐにそれは見つかった。
「ああ、これか…マジで?」
「はい、本当です」
『シュッツリッター』魔法媒体の指輪だ。WSOは魔法媒体を装備していなければ魔法を使うことができない。
そして、魔法媒体装備は隠匿情報として、魔法透過率が存在する。魔法透過率が高ければ、魔法発動までのタイムラグが小さくなる。
初心者用の杖の魔法透過率は30、およそ1.2秒のタイムラグがある。
しかし、『シュッツリッター』の魔法透過率は100、つまりタイムラグは存在しない。それだけでも、ユニークアイテムとなるが、『シュッツリッター』は更に特殊な能力を秘めている。
むしろ、それがメインの能力で、魔法媒体としての魔法透過率はおまけに過ぎない。
「今は指輪情報が擬装され、本来の能力は封印されているようですが、どうしますか?」
「どうしますかって、これもあいつの仕業だろ。触らぬ神に祟りなしだな」
「つまり、私達は何もしないと?」
「この指輪の能力をこっちで弄ってあいつが再び例のプレイヤーに何かするかもしれないからな。干渉の原因がわからない以上例のプレイヤーはそのままだ」
長谷川が最も懸念しているのは例のAIが予想外の干渉をすることだ。そのプログラムはWSOの世界を調律するという根幹を基に製作された。そのため、プレイヤー個人に干渉するはずがなかった。
翌日、長谷川の元に例のAIが干渉した原因が判明したと立川が報告に来た。
「これが原因だと思うっす」
そう言って立川が渡すタブレットには例のプレイヤーのアバターが表示されている。アバターが原因なら他にも干渉を受けたプレイヤーがいても不思議ではない、だが例のAIが干渉をしたのは一人だけだ。長谷川は怪訝な顔を立川に向けた。
「どういう意味だ?」
「このプレイヤーのアバターなんすけどね、実はデフォルメ処理が行われていないんすよ」
プレイヤーのアバターは初期状態でも、現実の顔を参考にデフォルメ化、つまり、整った顔立ちに変更している。しかし、例のプレイヤーのアバターは現実そのままの姿という事だ。
「デフォルメ処理のプログラムと例のAIは独立しているのにどう関係がある?」
「このプレイヤーの最終進化先の設定の一説に、こうあるんすよ。『金糸のような輝く髪を持ち、瞳はさながら黒水晶を宿した、この世の全ての美を集め形作った存在』って」
このアバターは美人だが、好みや感性の違いがある以上、最も美しいかと尋ねられても個人によって違うだろう。
そもそも、例のAIにそういった判断をするプログラムはなかったはずだ。
「確かに、このアバターは金髪で黒眼だが、最後のは世界で一番美しいってことだよな?その基準はなんだ?」
「それが、アバターのデフォルメ処理なんすよ。アバタープログラムが変更をしない=このゲームで最も美しい存在、って感じっすか」
「仮に、そうだったとして、このプレイヤー以外に例のAIが動く可能性はあるか?」
「多分ないっすよ。遠藤さんがいろいろ調べてるんで、そっちの方が詳しいと思うっすよ」
「わかった。立川はどう考える?例のAIが世界の調律をしたのか?それとも…」
気紛れなのかと続けるつもりだったが、長谷川は途中で馬鹿らしいと思い言葉を切った。
「遊びなんじゃないっすか。こうしたら楽しそうとか考えて干渉しただけっすよ」
「お前ならそうだろうな。だがあいつに感情はないぞ」
「そうっすよね、でもそのAIと会話してると人間に思えてくるっすよ」
そう作られているだけだ。どれだけ高性能のAIでもプログラムされた以外のことはできない。しかし、長谷川も時折例のAIを人のように扱うのも事実だ。
「忙しい中、調べてくれて助かった」
その言葉を聞いた立川は「あんまり仕事増やさないで下さいっす」と言いながら自分のデスクに戻る。
長谷川は立川が忘れていったタブレットに目を落として、大きな溜め息を吐いた。
その後、キャラクタークリエイトで例のAIが干渉しないよう、権限を一部変更されたが、それはプレイヤーが知る由もないことだ。




