ミツキとゴブリン
西のダンジョン内はゴブリンが主な敵だ。効率的にスキルレベルを上げゲーム攻略を優先するプレイヤーにとっては楽に倒せるモンスターだ。しかし、未だにクリアした報告は届いていなかった。
ミツキは西の森を訪れた。なんとなくダンジョンに行ってみたかったからだ。
岩肌がむき出しのトンネルのようなダンジョン内は薄暗いが、明かりが必要なほどではない。しかも、道は一本しかなく、方向音痴なミツキでも迷うことはなく進めた。
森と同様、三~六体で現れるゴブリンをミツキは闇と光の魔術を交互に使い、倒しながら、ダンジョンの奥に向かう。
珍しいアイテムを発見する事もなく、ミツキは大きな扉の前まで辿り着く。この扉の向こうには、ダンジョンボス、ゴブリンジェネラルが存在しているが、その扉を開けることなく、ミツキは更に奥へと歩き出す。すると、何も無い、ただ広い行き止まりの空間に出た。
ここは安全エリアだ。敵が入ってくることはなく、ログアウトも可能だ。ログインすればこの場所に戻ってくる。
ミツキは一度、ここでログアウトした。
一日空き、ミツキは戻ってくる。二日前に通った道を逆に進み、外を目指すが、その歩みは途中で止まることになった。
「道が増えた?」
ミツキの前には真っ直ぐ続く道と右に曲がる道がある。二日前とダンジョンの構造が変わったということではない。本来ならあるはずの、ボス部屋の扉が無くなっていた。そんな事とは知らずミツキはボス部屋だった道を選ぶ。
ボス部屋を通り、ダンジョンの奥へ進むミツキ。すると、扉を見つけた。白く綺麗な扉、二日前に見たボス部屋の扉よりも、豪奢な造りの扉はダンジョンの壁に似つかわしくなく、非常に目立っていた
ミツキは珍しいアイテムが手に入るかもしれないと淡い期待を胸に抱き、その扉の部屋へ入る。部屋の壁や床が綺麗に磨かれ、凹凸が無く、壁に松明が灯され視界が明るくなっていた。
そして、奥にあれがいた。
異様なオーラを放つ、全身鎧を身に付けているが、兜を外しているため、ゴブリンとわかる存在がいた。それは、石を削っただけだが、玉座とわかる椅子に堂々と座っていた。
ミツキはそのゴブリンの姿を視界に映すと、すかさず扉へと戻った。しかし、扉はピクリとも動かなかった。ジトリとした嫌な汗がミツキの背中を流れる。
「ほぅ、人の子がよくここまで来れたものだ」
低く、はっきりとした声をゴブリンは発した。狼狽するミツキだが、頭は不思議と冷静で、助かる方法を模索する。
「ペルガ」
小さく、相手には聞こえない小声で唱える。ミツキの指輪から薄い霧が流れ出て、部屋を満たす。その光景にゴブリンは、眉根を寄せるだけだった。
「珍妙な、それで我を殺せるのか」
「私は街へと戻りたいだけです」
ミツキはペルガで毎秒減っていくMPをポーションで回復させながら、他に出口を探す。はたから見れば、ミツキは壁や地面をペタペタと触り、敵の前でするような行動をしていない。しかし、ゴブリンは対峙しているミツキの幻が見えているおかげで、ミツキの怪しい行動がゴブリンの瞳に映ることはなかった。
「話し合いで解決するつもりか?」
「そうしたいです」
出口を探しながらミツキは答えた。
「我の配下を傷付けず、ここまで来た褒美として、人の子の戯れ言に付き合ってやろう」
高圧的な態度のゴブリンは鋭い眼光をミツキの幻に向け続けて言う。
「我々に何の利益をもたらす」
ミツキは思考を巡らせる、このゴブリンは我々と言った、つまりゴブリン全体のメリットを提示しなければいけない。それは…
「今後、ゴブリンを倒しません!」
ゴブリンを倒さない、つまり西のダンジョンや森に近づかないとミツキは宣言した。それは、ゲームとして攻略を放棄したことになる。
「それが、人の子の総意か?」
「いえ、私だけで…す」
ミツキが否定の言葉を口にすると、ゴブリンは怒りを露にし、亀裂が入る程の力を込めて、玉座の肘掛けを掴んだ。
「我らはこの地で暮らしていただけだ。だが、最近はあの街からやって来る人どもが我の配下を次々に殺すではないか。これ以上、配下が殺される姿を黙って見ていることはできぬ」
ミツキは頭にいろいろな言葉を思い浮かべるが、どれもゴブリンの怒りを鎮めることが出来そうにない。しかし、依然としてゴブリンは玉座から離れない。
二人の間に沈黙が流れた。それを、破ったのはワールドアナウンスだ。
『防衛クエストが発生しました。始まりの街エニシドを、西の森から出現するゴブリンから守れ』
何故ダンジョンがもぬけの殻なのか、目の前のゴブリンがどのような存在なのかをミツキは理解した。ダンジョンに存在するゴブリンもクエストのため、森に出て行ったから、そして、このゴブリンは指揮官、おそらくクエストのボスだと。
「さて、外の準備も整ったようだな。我もウォーミングアップをしてから向かうとしよう。ちょうど良いものが、目の前にあるからな」
ニヤリと口角を上げたゴブリンは玉座から立ち上がり、剣を抜く。
ミツキは逃げることを諦め、ゴブリンの動きを注視する。ゴブリンは己が強者であることを誇示したいのか、ボスの風格を漂わせ、ゆっくりと歩いてミツキとの距離を縮める。
「チェーゼロ」
スキルレベルが二十になって覚えた、三つ目の闇魔術。地面から四本の鎖が現れ、ゴブリンの手足に巻き付く。鎖に縛られ、ゴブリンの歩みは止まるが、「こざかしい」と言って、腕を振る。たったそれだけで巻き付いていた鎖がちぎれる。
嘘でしょ、ミツキは心の中で呟く。普通のゴブリンなら一本の鎖で事足りる。しかも、今まで鎖がちぎられることはなかった。
四本同時に鎖を出したせいでMPの消費が速い。さらに、『ペルガ』を常時使用していることも、MPの減りに拍車をかける。
ゴブリンが鎖をちぎる、僅かな時間を使い、ミツキの幻は壁際に移動する。壁の松明により、ミツキの影が二人の間に差す。
「奇妙な技ばかりを使いおる」
どうやら、ユニークスキルはモンスター達にも珍しいようだ。それなら、とミツキは賭けにでた。MPポーションを大量に使い、『ペルガ』を濃くする。霧の見た目に変化はない、しかし、確かにそれは濃くなっていた。
「外の者をあまり待たせておくのも悪いな」
言い終わるや否や、ゴブリンは床を勢い良く蹴り、一直線にミツキとの距離を詰め、剣を振り下ろす。
「っ!ラクロ」
予想以上のゴブリンの速さに、ミツキは発動ワードが一瞬遅れた。ミツキの影から針が四本現れ、ゴブリンの剣を受け止める。そして、もう一本、ゴブリンの心臓に目掛け、生える黒い針。しかし、その針は鎧にかすり傷をつけただけだった。
ゴブリンは力任せに黒い針を断ち切り、離れようとするミツキの幻に突きを放つ。幻は飛散し、反対の壁際にいたミツキをゴブリンは認識する。
「ククク、全く、こけにしてくれるわ。はなから我を騙しておったとはな」
ゴブリンの眼光がいっそう鋭くなる。ミツキは畏縮しそうな自分に渇を入れる。まだ時間は稼げる、絶対に成功する、と言い聞かせる。
再度、ミツキに突撃するゴブリン、間合いに入ると袈裟斬りをする。ミツキは三つ目の光魔術を唱える。
「レクシール」
ミツキと剣の間に楕円形の鏡が出現する、剣が鏡に触れると、剣の力が逆向きに変わるように弾かれ、ゴブリンは体勢を崩す。そこに、ミツキは『コーウ』を放つ、当たる直前に散弾のように弾ける光の球。ゴブリンは無理な体勢で避けようとするが、半数が限度だった。幾つもの光の球に当たり、二歩、三歩と後ろに下がる。しかし、ゴブリンにダメージが入った様子は一向に見られない。それどころか、青筋を立て、完全に怒らせてしまったようだ。
ゴブリンは剣を地面に突き刺し、右手を水平に挙げる。そして、威厳に満ちた声で告げる。
「我はゴブリンキング。敵を討ち滅ぼす力を我が手に、王の証である剣よ、我が元に現れよ」




