デュークと魔女
デュークは相も変わらず南の通りで露店を開いていた。今はプレイヤーの多くが西か東に行っているため、エニシドの南通りを利用するプレイヤーは少ない。特に、東のボスを『アイギスの騎士』が倒したことで、東にプレイヤーが集中している。
デュークはログインすると、生産ギルドで部屋を借り、MP回復ポーションやアクセサリー類を作る。『調合』、『細工』、『刺繍』といった生産主体のスキルを所持しているため、生産ギルドの部屋に居る時間は長い。
それが終わると、彼は南の森に向かい、使用した材料を自分で採取する。戦闘スキルは武器以外に所持していないが、南の森なら問題はない。そして、南の通りのいつもの場所で露店を開く。
これが、デュークのゲームスタイルだ。
デュークは露店で悩んでいた。ミツキに魔素水の生産方法を聞いてから、何人かの知り合いに頼み、彼女が作れるようになった経緯を試して貰った。
そして、そのプレイヤーの一部はマナ水を作れるようになった。更に、マナ水を生産できるプレイヤーは魔法スキルを所持していなければならないと判明した。これで、MP回復ポーションを量産できると思われたが、マナ水を作れるようになったのは魔法スキルを持っていても六割だけだった。しかも、マナ水の生産成功率は三割、失敗するとMPだけ減って、まともに生産できる者はいなかった。
「失敗するとは言ってたが、ここまで酷いとはな」
デュークは独りごちる。そんな彼に、女性のNPCが声をかけた。
「店主、このポーションの材料は何処で手にしたのかしら?」
今までNPCがプレイヤーの露店に興味を示さなかった、それだけにデュークの顔が一際恐くなる。ただ、デュークは眉根を寄せただけなのだが。しかし、女性は彼の顔を何とも思っていないのか、平然としている。
「材料か?それなら俺が採ってきたやつだ」
「違うわ。この『魔素を含む水』よ」
デュークはその言葉に眼が点となる。MP回復ポーションは五本並べてあり、その中で一本しか魔素水を材料にしていない。それをNPCが指摘したことに驚いたのだ。
「よくわかったな。他とは何が違うんだ。後学のために理由を教えてくれないか」
「その代わり、魔素水を私にくれるかしら?」
ミツキから買い取った四本しかデュークの手持ちにはない。しかし、デュークは情報料と割り切り女性に二本差し出した。彼女はそれを一瞥して言う。
「マナと魔素なら見ればわかるわ」
これ以上女性は言葉を続けなかった。しかし、それだけの言葉では、デュークが満足も理解もしない。
「わかるように言え」
ドスの効いた声でデュークは言うが、女性はもっと寄越せというように手の平をデュークに向ける。舌打ちをして、デュークは女性の手に最後の二本を乗せた。
「これでいいんだろ」
「ええ、でもさっき言った通り見ればわかると言う以外に表現できないわ」
「なら渡したもの返せ」
そう言って、デュークは女性の手の中にあるポーション瓶を奪おうとするが、ひらりとかわされる。
「その代わり、マナ水が失敗する理由を教えてあげるわ。知りたいのでしょ?」
デュークの手が止まり、腹に響く声を出す。
「言え」
そんなデュークに女性はケタケタと笑いながら言う。
「そんなに、脅かさなくても教えるわよ」
スッと今までの雰囲気がなくなり、女性は感情のない声を出す。
「そのマナ水は欠陥品よ。それを作った者はまともにマナを扱えていないわ」
デュークは納得出来なかった。このマナ水を作ったプレイヤーはそれなりに優秀のプレイヤーだ。
「マナを扱えてないってのはどういうことだ?」
「そのままの意味よ。子どもが剣を振りまして遊んでいる光景を見て、貴方はその子どもが剣を正しく扱えているって言うのかしら」
「つまり、このマナ水を作った奴はその子どもと同じって言いたいのか?」
「ええ、そうよ」
マナ水を生産するために、NPCからの教え、魔法スキルの所持が必要とわかっていたが、安定生産するには必須スキルが必要だった。
「何のスキルだ?」
「なんだろうね」
急に雰囲気を変えて言う女性は、もう用は済んだと言わんばかりに歩き出し、露店から去っていく。
彼女の言動にデュークは面食らうが、女性を引き留めても、これ以上の情報は渡してくれないだろうと思い諦めた。魔素水四本の情報なら不満に思えるが、6000Nと考えれば適正価格といえる。
マナ水を作ったプレイヤーにデュークは連絡を入れ、店番をするが、客は全く来ない。
「嬢ちゃんの情報料はこれにするか」
デュークは呟き、作りかけのポーチをインベントリから出した。登録したアイテムを簡単に出せる細工がしてあるポーチは今のところ、これ一つしかない。現状で入手不可能な材料で作られているからだ。
β版参加者は本サービスに移行するにあたって、所持金と装備品以外のアイテムを一個引き継げた。デュークはそのシステムの穴を付いてポーチを引き継いだ。
ポーチを完成させてしまうと装備扱いになるが、制作途中の状態はその扱いを受けない。さらに、生産品は仕上げの段階で効果が付与されるのが一般的だが、このポーチは最初に効果を付与するという特殊な工程だったためできたことだ。
魔素水の生産方法の発見だけに、このポーチを渡すのは過度な報酬である。しかし、デュークは今後を見据えれば安い、ミツキには先行投資する価値があると考えていた。ポーチが完成する頃、連絡をしたプレイヤーがデュークの露店にやって来た。
一メートルもない背丈、身長と同じ長さの杖を持ち、魔女のような三角帽子を被った少女、クロイだ。
「わしの魔法が子どもの遊びと同じとはどういう意味じゃ!」
露店に来るなり、クロイは怒りの形相で、デュークに詰め寄るが、小さな少女がやっても微笑ましく見えるだけだった。
「なんだクロイ、わざわざ来たのか」
「来たのか、じゃないのじゃ。先のメールの件を詳しく教えるのじゃ!」
落ち着いているデュークとは反対にクロイは頭に血が上り興奮している。
「書いた通りだが?スキルに関してはお前の方が詳しいだろ」
「そんなスキルは思い付かないのじゃ。だいたいなんじゃ、わしのマナ水を見ただけで、そんなでたらめを抜かすとは、いったいどこの何様じゃ」
「どちら様か知らないが、クロイよりも魔女様って雰囲気だったな」
「なっ!なんじゃ、と…」
女性を思い出しながらデュークがそう言うと、クロイはショックのあまり今までの怒りを忘れる。
クロイは魔女のRPをしている。彼女自身、完成度が高いと思っている。
服装はさながら万人がイメージする魔女だ。容姿は十代の少女にしか見えないが、それは、薬の開発に失敗して、若返ったという設定らしい。
実際は小人族を選んで小さいだけなのだが。
「デュ、デュークや、わしはそんなに魔女らしくないかのぉ…」
目尻を湿らせ、クロイは憂いを帯びた顔をデュークに向ける。
「そうだなぁ、魔女っ子って感じだな」
「魔女っ子?魔女っ子、ふむ、小さいわしにぴったりじゃな」
彼女は自分が小さいことに拘る、だから、そうイメージできる言葉を聞くと途端に機嫌が良くなる、そう単純な少女なのだ。
機嫌が良くなったクロイはデュークに提案をする。
「そうじゃ、デュークも一緒に来るのじゃ」
「どこにだ?」
「北のフィールドじゃ。そこで魔法の研究をするのじゃ」
「なら、一人で行ってこいよ。俺は魔法スキル持ってないんだ、行っても役に立たんぞ」
「ぬしが情報を持ってきたのじゃ、少しは協力するのじゃ」
「確かにそうだが…」
「それに、わしの魔法が子どもの遊びでないことを証明するのじゃ」
デュークは溜め息を吐き、渋々といった感じで露店を片付ける。
北の草原に出るモンスターはプレイヤーが攻撃をしなければ襲ってくることがない、初心者エリアだ。今はプレイヤーもほとんどいない。魔法の研究には最適なのだが、魔女のRPをしている者なら森を選ぶだろう。クロイは無意識にRPより効率を優先させてしまうため、周囲からはRPの意識が低いと認識されている。
北のフィールドまで来たデュークはクロイに質問する。
「魔法の研究ってのは何するんだ?」
「ふむ、先ずはわしの魔法を見るのじゃ」
そう言って、クロイは北のモンスター、眠り羊に対して魔法を詠唱する。
「炎よ、燃え上がり火球となりて敵を倒せ、ファイヤーボール」
クロイの言葉に反応するように、杖の先端から火が現れ、渦を巻いて集まる、するとバレーボール程の大きさの火の球となった。そして、『ファイヤーボール』の発動ワードを切っ掛けに、眠り羊目掛けて一直線に飛んでいく。
火球が命中すると、体毛が燃え、裸になった眠り羊が倒れていた。
「どうじゃ?」
どや顔でクロイは言うが、デュークにはただ『ファイヤーボール』を唱えただけにしか見えなかった。
「炎よ、なんちゃらとか言っていたが、それは必要なのか?」
「うむ、よくぞ聞いてくれたのじゃ。全く必要ないのじゃ!」
何故クロイはそんなことを自慢気な顔で言うのか、デュークは呆れ、クロイについてきたことに後悔をした。
「ああ、あのNPCが言ったことは事実だったんだなあ」
「なにがじゃ?気付いたことがあるなら言うのじゃ」
「もう少し真剣にやったらどうだ、マナの扱いとかはどうなんだ?」
「マナと言われてものぉ、発動ワードを言えば魔法は使えるのじゃ。そもそも、マナを感じたことがないから、よくわからないのじゃ」
マナを感じる、その言葉にデュークは閃く。いつもの恐怖の笑顔の中に黒い笑みを混ぜて彼は言う。
「マナを感じる方法ならあるぞ。試してみないか?」
「なんじゃと?その方法があるならやってみるのじゃ」
デュークが何をするのかわからないが、クロイは深く考えず答えてしまった。
「よし、これを飲め」
そう言ってデュークが差し出した物はMP回復ポーションだった。
「わしはそこまでMPを消費していないのじゃ」
「これも実験だ。結果を出せば何も言わん」
「う、うむ。わかったじゃ」
デュークはMP回復ポーション四十二本をクロイに飲ませ、マナ中毒を引き起こさせた。
デュークはクロイを教会に向かいに行くと、そこには泣いているクロイがいた。クロイはデュークの存在に気が付くと、背一杯の力を込めて彼を叩いた。
「酷いのじゃ、よくもいたいけな少女にこのような非道な行いを……ぬしの心は見た目同様、残虐だったのじゃな」
非力な彼女の攻撃にデュークは何事もなかったようにポンと、クロイの頭に手を乗せ「悪かったな」と言う。
「何故このような酷い仕打ちをしたのじゃ?」
「これで、マナの感覚がわかると思ったからだ。どうだ、何かスキルとか発生してないのか?」
「突然のことでよくわからなかったのじゃ」
「なら、もう一回試すか」
クロイは顔をひきつらせ後退りをする。
「嫌じゃ、嫌じゃ、やるなら自分でやるのじゃあー」
デュークのインベントリにはマナ中毒を引き起こせる量のポーションはなかったため、クロイは助かった。しかし、後に大量の魔素水を入手したデュークはクロイを再びマナ中毒にした。その結果、クロイは『マナ抑制』スキルを習得し、マナ水を失敗することなく、生産できるようになった。




