ミツキと白騎士 3
「敵です。前方から二匹、後方から一匹近づいてきます」
川を渡ってから数十メートル進むと、ランスは敵を発見する。この森からの脱出方法がわからない今、この地に入るプレイヤーはほとんどいない。そのため、モンスターを見つける事に苦労することがない。
「敵の種類はわかりますか?」
「おそらくワイルドキャットでしょう。動きが速いので気をつけてください。私は前方から来る二匹を対処しますので、ミツキ様は後方をお願いします」
「わかりました」
ミツキはランスと位置を変わり、後ろだった場所を確認する。木の影から一匹のモンスターが飛び出してきた。両耳は顔と同じくらいに大きく、前足よりも後ろ足の筋肉が発達している八十センチの猫だ。相手の姿を捉えたミツキはすかさず魔術を唱える。
「ラクロ!」
ワイルドキャットの影から黒い針が伸びる。それがわかっていたのか、ワイルドキャットは高く跳躍してミツキの魔術をかわす。そして、木の枝を足場にして、ミツキに向かって勢いよく飛んだ。今まで『ラクロ』を避けたモンスターがいなかったため、ミツキは反応が遅れてしまった。
「…コーウ!」
飛びかかってくるワイルドキャットに、光の散弾が命中し、ミツキの目の前に落ちる。一瞬、ヒヤリと冷たい汗が出たが、自分に与えられた役割をこなしたミツキはランスに加勢する。ランスは巧みに二匹のワイルドキャットの攻撃を避け、隙を見つけては攻撃をしている。ミツキは弱っていそうな一匹に『コーウ』を単発で放つ。腹部へ命中をするが、ワイルドキャットを倒すことが出来ない。攻撃を受けたワイルドキャットはターゲットをミツキに変更し、駆け出そうとするが、背中にランスの剣が突き刺さり、絶命する。
そして、最後の一匹となったワイルドキャットはミツキとランスの覚束ない連携で倒された。
「お怪我はありませんか?」
戦闘を終えると、ランスが尋ねてきた。
「大丈夫ですよ。ランスさんが二匹受け持ってくれたおかげですね」
ミツキは普通のことのように言うが、ワイルドキャットと魔法職のプレイヤーが一人で戦闘すれば、無傷でいることは困難だ。素早さが高く、かつ、立体的に動くワイルドキャットに魔法を命中させるのは難しい。気付けばワイルドキャットの攻撃が届く距離まで詰められダメージを受けてしまうのだ。
それを知っているランスは目を見張る。アイギスの騎士にも二人の魔法職がいるが、彼等であってもミツキと同じように倒せるとは思えなかった。
「これほどとは思いませんでした。もしかしたら、ミツキ様と一緒ならこの森を攻略できるかもしれません」
「そんなことないですよ。あっ、MP回復させるので少し待って下さいね」
ミツキはワイルドキャットの戦闘で三分の一近くのMPを消費していた。咄嗟に唱えた『コーウ』は、魔力操作で消費を抑える余裕がなかった。ミツキはデュークから貰ったポーチから、登録したMPポーションを取り出し使用する。ミツキはログイン時に習慣のようにMPポーションを作っていたため、かなりの量のMPポーションがミツキのインベントリ貯まっていた。
回復が終わり二人は再び川に沿って歩く。次々に現れるモンスターは、ワイルドキャットだけでなく、フクロウや蜘蛛がいた。ミツキ達は苦もなくそれらを倒し、ミツキが光と闇魔術スキルに新しい術を覚えるまで至った。
今日はこれで街に戻ることにしたミツキは目印にしていた川を探すが、モンスターと戦っているうちに見失ったいた。
「うーん、どうしよう」
「あまり考える余裕は無さそうです。敵に囲まれました」
「えっ!」
ミツキが声をあげると同時、二人を取り囲むように、十体のフォレストウルフが現れる。ウルフと名が付いているが、それらは木の枝や葦などを無造作に集め寄せ、四足歩行の動物を形とっているだけだ。
「まずいですね。ミツキ様、何か良い手段はありませんか?」
警戒しながらジリジリと近づいてくるフォレストウルフの集団、二人はどうするべきか結論が出ないでいた。AGIの低さからミツキは逃げることは不可能だ。だからといってこの数のモンスターを二人で倒せるかといえば困難だ。
「このモンスターの特徴は知ってますか?」
「いえ、初見なのでわかりません」
いつものランスなら「初めて拝見するモンスターです」と言うが、今の彼は騎士のRPをする余裕さえ無く答える。相談する時間は終わり、フォレストウルフが二人の戦闘領域に入る。
「なら、先制攻撃、ラクロ!」
ミツキは半数のフォレストウルフに闇魔術を唱えた。それは、今までのMP節約した方法ではない。むしろ、MPを多く消費する代償に魔法を強化したものだ。
五匹のフォレストウルフの影から、それぞれ三本の針が生み出される。二匹は串刺しになり、残りは咄嗟に避けるが、完全に避けきれなく足や胴を掠めていた。
しかし、倒したと思われる二匹は傷付いていない枝や葦を使い一匹のフォレストウルフへと戻る。ミツキが半分近くMPを消費して、一匹のフォレストウルフを倒し、三匹にかすり傷を負わせただけだった。
「ミツキ様、避けてください」
ランスが叫ぶように言う。ミツキはランスへ振り向こうとするが、その足にはフォレストウルフが放った葦が絡みつき、引きずられる。
スパン、ランスの剣によって葦が切られ、ミツキは地面を引きずられなくなったが、九体のフォレストウルフに囲まれている状況は変わらない。
その時、木々の間から甘い匂いが漂ってくる。その香りは、ミツキ達を包むように渦巻くと、フォレストウルフは興味を失ったように二人から遠ざかっていく。
「助かったの?」
「そのようですね」
安堵も束の間、木々の影からこちらに近づいてくる物音が聞こえ、ミツキ達は再び警戒の姿勢をする。
「ほぉ、確かに珍しい存在がいるねぇ。マフォリーと憑き物とはね」
そう声に発し、姿を見せたのは黒いローブを肩を出すようにだらしなく羽織った女性だ。
「私達を助けて頂き感謝します」
即座に反応したのはランスだ。彼はこの女性がミツキ達に何かをしたのを確信しているようだ。
「帰るならあちらに向かいなさい」
女性は先程とは違い、冷たい声で自分が歩いてきた逆の方角を指で示す。
「御助言ありがとうございます。ですが、私達ではまた迷うことになると思います。お見受けしたところ貴女は迷っていないようですが何故でしょうか?」
「ロストバインを知らずにここまで来たのね」
彼女は呆れた顔で二人を見た。ミツキ達は互いにロストバインを知っているかと顔を合わせるが、二人とも首を横に振る。
「初めて聞く名前です。そのロストバインとは何ですか?」
彼女は近くの木に巻き付いている花を付けた蔦を手に取る。
「これよ。花から出る成分が人を迷わせるわ」
見渡すと、周囲の木の全てにロストバインが巻き付いている。ロストバインが出す成分は雄花を雌花のある場所に、雌花を雄花のある場所に無意識に誘導する性質を持つ。そのため、同じ場所を行ったり来たりし、この森から出ることが出来なくなる。
「聞きたいことがあるなら、私についてきなさい」
彼女は二人の返事を聞くこと無く、踵を返し、歩いてきた方向へと戻っていく。ミツキは女性が最初に言った言葉が気になっていたが、同行者も同じとは限らない。
「どうしますか?」
ミツキはランスの意見を求める。急に現れた見知らぬ女性にランスは訝しむが、ランスも彼女に聞きたいことがあった。何にせよ、ロストバインの影響下にあるミツキとランスでは、森をさ迷うだけだ、自ずと結論は出る。
「追いかけましょう」
彼女は迷うこと無く、目的の場所に辿り着く。そこは、小屋と思われる物がある。出入りに使う扉以外、ロストバインがところせましと繁茂していた。しかし、女性は気にする様子もなく、扉を開け小屋に入っていく。ミツキ達は不安を覚えながらも、彼女の後に続いた。




