プロローグ
WORLD SELECT ONLINE、通称WSO。
WSOは大手ゲーム会社、KMAR社が開発した最新型の没入型のVRMMORPGだ。
従来の没入VRゲームでは再現不可能といわれた、現実と変わらない五感を再現した。それだけでなく、NPCに高度な人工知能を搭載した。会話、行動、全てが現実の人間と変わらない、そのようなAIを。
しかし、前評判は否定的な意見が多かった。既存のVR機ではゲームがプレイできない、高度なAIの採算を取るために課金重視のゲームになる、そのような噂が流れた。
事実、WSOは専用のVR機を購入しなければいけなかった。
そして、噂はより酷くなり、誰一人プレイしていないにも関わらず、最低の評価を受けた。
しかし、βテストが始まるとその評価は一転とする。
限定五千人しか遊べかったが、プレイをした人のほとんどが最高の評価をした。費用は専用VR機の購入と、月額の決まった金額だけで、課金要素は一切存在しないことが広まった。
そして、最も大切なのはプレイヤーの行動だということも。
それ故、WSOプレイヤーはRPをするプレイヤーも少なくなかった。
それで、ユニークスキル、一人のプレイヤーしか習得しない特別なスキルを手に入れていたからだ。
本サービスの開始日時が発表されると同時に、WSO運営は『プレイヤーが選択し、この世界を変革した事象には一切関与しない』と公式発表した。
それにより、さらに話題を集めることになった。
β参加者からもたらされた、『条件さえ合えばクエスト内容を変えることが可能』、『自分が世界を変えれる』などの情報が広まり、更に人気に拍車をかけた。
しかし、本サービスまでに専用VR機は一万台しか製造できないとKMAR社は公表した。
現実と変わらない五感を再現するには、事前に使用者の脳波を測定、動作テストを繰り返すという工程が必要だったからだ。
所謂オーダーメイド、一つのVR機を製造するのに時間がかかった。
それでも、WSOをプレイしたいと応募は殺到した。中には手に入れようと悪質な噂を流す者や犯罪紛いな事件が起きた。それだけ、WSOが注目されていた。
* * * * * * * * * *
WSO運営主任、長谷川孝太は会社のデスクで仕事をしている。サービス開始の今日、何事も問題なく一日が過ぎて欲しいと願いながら。
しかし、彼の願いは叶わなかった。
遠藤直美が中指で眼鏡を軽く押し上げ、「報告したい事があります」と長谷川の前に現れた。
遠藤はきちりとスーツを着る、見た目通り、仕事のデキる女性だ。
彼女の登場に長谷川は嫌な顔を隠さずに出していた。
安寧が終わりを告げたのだ、最悪の形で。
遠藤は細かいとこまで配慮出来る優秀な人物だが、あの眼鏡を弄る動作をした時の報告に長谷川は良かった記憶が無かった。
「何が起こった?」
「例のAIが動きました」
遠藤の言う例のAIとは、WSOのあるNPCに与えた特別なAIを指している。
他のNPCのAIと根幹から違うプログラムで造られたそれは、WSOの一部ゲームシステムに干渉する権限を与えられている。
運営はプレイヤーが変化させた結果に干渉出来ない、そのため不測の事態に備えてそれを用意していた。
しかし、長谷川はサービス開始すぐそのAIが何に干渉したのか、思い付く事態がわからず、遠藤に報告の続きを促す。
「一人のプレイヤーの種族と初期スキルに干渉をしたようです。
何故その様なことをしたのか、原因は不明ですが、結果このようなプレイヤーが登場しました」
遠藤から渡されたタブレットを長谷川が確認すると、笑えない冗談のようなスキルが並んでいた。
「『闇魔術』『光魔術』『アノルマ』それに『魔力操作』か」
ユニークスキルが三つ、いや四つあるのも可笑しいが、長谷川はそれよりも種族が気になった。
「この種族は何だ?」
「そこなんですが…その、」
遠藤が言い淀む事は珍しい、そのため、長谷川は急かさず、彼女の言葉を待った。
「開発が設定だけを作った種族のようで、詳しくはわかりません。ですが、進化先で習得するスキルだけ判明しました。このようになります」
遠藤は長谷川に渡したタブレットを操作して、進化で習得するスキルを表示させる。それを見た長谷川は現実逃避するような遠い目をする。
「あー、プレイヤーが選択した事には干渉しない、これがWSOの謳い文句だろ。なら、俺達は見守るだけだ」
「都合良く解釈して、問題から逃げないで下さい。このプレイヤーの正確な情報はあれが意図的に隠しているため、プレイヤー本人もわかっていないと思われます。
その間に対策を講じる必要があるのでは?」
長谷川は頭をガシガシと掻き、運営としてどう対処するか考える。事前に用意していた、問題の対処法を頭に思い浮かべるが、これは想定外な事案だ。
「とはいってもだなぁ、進化先についてはあれが弄ったせいだから、どうしようもないぞ。俺達が出来る事はせいぜい初期選択のスキルにユニークスキルが出ないように設定を少し変えるだけだ。後は『魔力操作』スキルか」
『魔力操作』はモンスター専用スキルとして開発されたため、プレイヤーは習得不可能なスキルのはずだった。
このプレイヤーが習得するまでは。
だからこそ、長谷川はこのスキルをユニークとして扱った。
「うわ!なかなかえげつないっすね」
NPCのAIを担当する立川健吾が例のAIの話題と気付き、長谷川が持っているタブレットを覗いて言った。
「おっ、立川か。良いところに来た。干渉した原因はわかったか?」
「すんません、まだです。どこにも異常はないんすよねぇ」
「そうか、他のNPCはどうだ?」
「順調っすよ」
話題が逸れていくと感じた遠藤は二人の会話を咳払いで終わらせる。
「では、話を戻しましょう。『魔力操作』をプレイヤーが習得可能にするのですね?」
「確定ではないがな」
「魔術スキルは弱体化させるんすか?」
「それは無理だな。魔術は魔法の上位互換だ。それをやると全ての魔法系スキルも調整しないといけないぞ。
それに、魔術スキルだけでは本来の能力が出せないから大丈夫だろ」
「そうなんすか」
「とりあえず、俺はこれを上に報告してくる。その間は任せたぞ」
遠藤にこの場を任せ、長谷川は上司にこの件を報告に行った。