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白銀ゴリラ、強敵との出会い

 ん、んん…… なんだ、もう朝か?

 重い目蓋を開けようとすれば太陽の光に目が眩む。

 目頭を押さえ、目の痛みも引いた頃に俺は起き上がり、目蓋を開け周囲を見渡した。覆い茂る雑草、不規則に並ぶ木々。どうやら、ここは森のようだ。

 待て、なんで俺はこんなとこで寝ていたんだ? 酔っ払って森の中にでも迷い込んだのか? いやだがあの都会から森にか?

 何があったのか思い出せない私はとりあえず森を探索してみることにした。心なしか視線が低いように思えるし、なんか歩きづらい。

 ふと、視界に毛むくじゃらの右腕が入った。ここの他に誰もいないということは当然、自分の右腕だ。黒い体毛に覆われたその右腕が自分の右腕だということを、触覚や視覚が証明している。

 なんだ!? 俺は慌てて自分の左腕も見た。同じ、黒い体毛に覆われた豪腕だ。煤を塗ったような黒い手。短い指。

 近くに湖を見つけた。俺は、恐る恐るその湖に映る私を覗き込んだ。


 水面みなもに映る俺の姿、紛うことなきゴリラだ。何を言っているか理解したくないが、ゴリラだ。自分のうつし身がゴリラなのだ。

 これは、先祖返り? いや人類の先祖はゴリラではない。いくら思考を巡らそうが確実に言えるのは、私はゴリラだということだ。


 自分がゴリラ、それが意味することが分かるだろうか。そう、素手でリンゴジュースが作れるということだ。あそこの木に実がなってるだろう? あれを長い腕で取って潰せば、手が湿った。当たり前だ。


 などと現実逃避している場合ではなかった。なぜこのような状況に陥ったのか、思い出せ。昨日の私は忘年会で酒を飲みまくって、そこから記憶がぶっ飛んだ。そしてゴリラになった。

 訳が分からん。


 情報を整理すれば整理するほど、混乱に陥る。止めようにも、更に混乱する悪循環。最終的に俺は、心の安寧を求め、人間を探し出した。人間の姿を見れば落ち着くはずだ、と。


 だがここは森だ。一心不乱に走ろうが整備されてる道すら見つからず、当然人の姿など見えることもない。草木を薙ぎ倒し進む私から鹿達が逃げ出した。

 突如、私の進路にゴリラが現れた。銀色の毛並みを備えた彼は、私の前へと立ちはだかった。ぶつかればどちらかの大怪我は必死、俺は地面に拳を突き立て急停止した。二メートル弱の地面が大きく抉れる。

 視線をぶつけ睨みあう俺と銀ゴリラ。銀ゴリラは、右腕を突き出し俺を指差した。


『よかろう…… ドラミングバトルだ!』

『はい?』


 ドラミングバトル。聞き慣れない単語だ。戸惑う俺などお構いなしに、銀ゴリラは両の腕を大きく広げ、逞しい平手で鍛え上げられた大胸筋を叩き、ドラミングビートを刻む。

 彼の逞しい筋肉によって奏でられる轟音が、五臓六腑へと響き渡る。私の上腕二頭筋が疼き始める。

 彼のドラミングが終わる。フィニッシュと言わんばかりに、右の手を天高く掲げ、強く握られた拳を左の大胸筋へと叩きつけた。刹那、森に静寂が訪れる。それは最後の轟音に、森の喧騒が押し負けたことを意味していた。


 その銀の瞳で私を鋭く睨んでくる。次は、お前の番だ。


 ここまでお膳立てされて応えない俺ではない。お前のドラミングに対する熱意、しかと受け取った。

 この時私の辞書からは、ドラミング以外の単語は消えていた。それほどにドラミングというものは輝かしく、情熱的で、目覚しいものだった。

 俺も、全力で奏でなければならない。右拳を、心臓目掛けて叩きつけた。圧迫される大胸筋、肋骨。全身に伝わる振動。鼓膜に響く轟音。ああ、胸を叩くという行為。こんなに素晴らしいものだったのか。

 私は左の手のひらを叩き込む。右、左。段々強く(クレッシェンド)、段々速く(アッチェレランド)。そして極めの三十二分連打だ!

 決まった…… 決まったぞ。これが俺のドラミングだ。


 やりきった俺の前で、銀ゴリラは再びドラミングを始めた。最初に右拳で大胸筋を叩き、左、右。と。

 徐々に加速していくドラミングの音色…… これは、俺の奏でたドラミングだ。こいつ、俺のドラミングを認めてくれたのか?

 やがて、あいつのリスペクトが終わる。俺は立ち上がり、両の腕を大きく広げた。当然、俺のやることはリスペクトドラミング。あいつが奏でたドラミングを模倣することだ。

 お前のドラミング…… 素晴らしかったぞ。


 互いが互いのことを認めた。それはつまり、戦う意味が無くなるということだ。こいつと俺はもう、仲間だ。


『私はシルバだ。貴様、名を何と言う』

来栖クルスケイだ』


 それ以上の言葉など、俺たちには必要なかった。

 さぁシルバよ、行こうではないか。最高の大胸筋を求めに、至高のドラミングを奏でに!

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