遊戯~異世界の遊び~
今日も今日とて、テレアとの修練に励む俺。
ここ最近はレリスも混ざることで、より攻撃的な実践訓練もとりいれられ、修練の内容も日に日に充実したものへとなっていた。
だが今日はエナとレリスがギルドへ仕事しに行く日なので、テレアと二人で修練をしている次第である。
「そこだ!」
さすがに何度も手合わせをしていれば、テレアの癖とというか攻撃パターンなどはわかってくる。
テレアの素早い動きを見失わないように注視しながら、次はここに来るだろうと想定し拳を突き出した。
「っ!?」
俺の拳がテレアを真正面に捕らえる……これはかわせない!
だがテレアは、その拳をかわすことなく右手で軽く払いのけると、そのまま一気に俺の懐に潜り込んできた。
そして―――
「はい、テレアの勝ちだよ」
「マジかよ……今日こそはイケると思ったのに……」
テレアの左拳が俺のみぞおちにコツンと当てられる。
時間内に一撃当たられた方の勝ちというルールで実戦形式の訓練をしていたんだが、またしてもテレアに一本取られてしまった。
「でもお兄ちゃん凄いね?ダンジョンから帰って来てから動きが凄く良くなってるもん」
「あのダンジョンでの三日間の戦いの日々は無駄じゃなかったんだな」
もうずっと戦いっぱなしだったからなぁ……怠けずにテレアと訓練していたおかげで乗り越えられた場面なんて数えきれないくらいあった。
そりゃ勿論テレアのスピードを上回る魔物なんていくらでもいたが、動きが速いだけで攻撃が単調な奴が多いこと。
テレアの怖いところはスピードもあるのに、その場その場で敵を倒すために適切な行動を取ってくるところだ。
それに比べたら、ただスピードが速いだけの魔物なんて怖くもなんともなかったね。
「目が鍛えられたのかな?テレアがどんだけ早く動いても常にお兄ちゃんの視線の外へ行けなかったし」
「俺も日々成長しているのだよ」
ちょっとだけ嬉しくなってつい胸を張る。
「でも最後の突きはテレアがここに来るだろうって予想しながらしてきた攻撃だから、腰が乗ってなくて軽かったよ?」
「はい、自覚してます……」
瞬時にダメだしされて、俺は首を垂れる。
まあこうしてちゃんと反省点を隠さずに教えてくれるから、俺も上達できるという物だ。
……悔しくなんかないやい!
「よし!それじゃあ気を取り直してもう一度……」
悔しさを振り払うように顔を上げてそう言ったところで、俺の額に水滴が落ちてきた。
それを合図に一気に雨が降ってきたので、俺たちは慌てて家の中に避難した。
降るかな?って思ってはいたけど、まさかここまで土砂降りになるとは……。
「この様子だと今日はもう修練できないな」
「そうだね……テレアも結構濡れちゃったよ……」
そう言ったテレアを覗き込むと、服が濡れて肌にぴったりと張り付いていて、ところどころ透けてしまっている。
……いかんいかん!何をガン見してるんだ俺は!?
「ほっほら!タオル!風邪ひいちゃうから早く拭いて!!」
「あっうん、ありがとうお兄ちゃん」
テレアにタオルを渡し、俺はなるべくテレアを視界に収めないようにそっぽを向いた。
この子まだそういう部分の羞恥心がないせいか、割と無防備なところがあるんだよなぁ。
うちのパーティーの中で一番の最年少とはいえ、テレアだって女の子なんだからな。俺も十分気を付けてあげないといけない。
「止まないね、雨……」
テレアがぽつりと呟いたので、俺は窓の外に顔を向ける。
降りやまない雨が土を濡らし水たまりを作っていき、俺とテレアしかいない部屋の中に雨独特の空気を漂わせていく。
「おっ……お兄ちゃん?」
「ん?どうしたんだテレア?」
何やら言いたそうな顔でテレアが俺を見上げている。
その表情は、最近どこかでみたことあるような気がする。
「えっと……えっとね……?テレア……」
段々とテレアの言葉尻が萎んでいき、結局「あの、その」と口ごもってしまったものの、意を決したように顔を上げて俺を真正面から見据えた。
「テレア!お兄ちゃんのこ……世界のことを……知りたいな……って」
「なんだ?俺の元居た世界に興味があるのか?」
「あっ……うん!」
俺がそう返すと、テレアがうんうんと首を何度も縦に振った。
まるで一世一代の告白をするような空気を出してきて何を言い出すかと思えば、そんなことならもっと気軽に聞いてくれればいいのに。
「そうだなぁ……それじゃあ今日はテレアに俺の世界の遊びを教えてあげよう!」
「お兄ちゃんの世界の遊び?」
「まあ、遊びと言っても部屋の中で出来るものに限られるけどな」
あまり激しく身体を動かすものは無理だな……となると。
俺はリビングのテーブルの上に紙とペンが置かれているのを発見し、これ幸いとばかりにテレアを伴って並んで椅子に腰かける。
ペンを手に取り、紙に四本の線を漢字の「井」のような形に引いていく。
「お兄ちゃん、これなあに?」
「今からやるゲームは〇×ゲームといってな?先攻後攻を決めて、お互いにこのマス目に〇と×を書き込んでいって、最終的に縦横斜めのどれでもいいから三つ並べた方が勝つというゲームだ」
正確な呼び名は三目並べというらしい。
「テレアでも出来るかな?」
「全然できるよ!それじゃあ早速始めようか?最初だし先攻はテレアでいいぞ?」
「うっうん!」
ペンを手にしたテレアが恐る恐る中央のマス目に〇を書き込んだ。
ならばと俺は一番上の右隅のマス目に×を書き込む。
そんな感じで進めていくと、勝負は引き分けとなった。
「といったゲームだ」
「そうなんだ……」
あっ、これあんまりピンと来てないな。
まあ実際に〇×ゲームってお互いが本気でやると引き分けにしかならないように出来てるからなぁ。
ちょいとばかしゲームの選択を間違えたかもしれない……ここは明確に勝敗が決するゲームのほうがテレアの食いつきもいいだろうな。
「よし!じゃあ次の遊びを教えてあげよう!まずは両手をグーにして、突き出しながらこうやってくっつけるんだ」
「こうかな?」
テレアが小さな手をくっつけて、突き出しながら俺に見せてくる。
「そうそう!それでお互いに「いっせーの」って掛け声をして、今だと0から4までの数字を言うんだ。例えば「いっせーの2!」みたい感じで」
「うんうん」
「その掛け声の後にこの場で立っている親指の数が指定した数と合えば、腕を一本降ろすことが出来きて、最終的にすべての手を下ろすことが出来た奴が勝つという遊びだ」
「えっと……?」
よくわかってないのか、テレアが疑問符を浮かべながら頭を傾げた。
「まあこれは口で説明するよりもやってみた方が早いな!それじゃあまずは俺から行くぞ?」
「うっうん!」
俺が両手でグーを作りそれをくっつけて突き出すと、テレアも同じようにしてきてお互いの指を凝視する。
「それじゃあ……いっせーの3!」
俺が親指を一本立て、テレアが親指を二本立てた。
立てた親指の合計が見事に3本になったので、俺は右手を下ろした。
「あう……」
「じゃあ次はテレアの番な?」
「うん!じゃあ……いっせーの2!」
テレアが親指を二本立てるも、俺も親指を立てて合計三本になった。
それを見たテレアが悔しそうな顔をする。
「じゃあ次は俺な?いっせーの……0!」
その場で立てられた親指が一本もなかったため、俺が左手を下ろしたのでこの勝負は俺の勝ちとなった。
「あっ……」
「というゲームだ?今回は俺の勝ちだな!もう一回するか?」
「やっやる!」
どうやらこういった反射神経がものをいうゲームのほうがテレアには受けがいいようだな。
やる気満々のテレアに合わせるように再び俺たちは向かい合い両拳を突き出した。
ボロ負けした。
「うぐ……ひぐっ……」
「おっお兄ちゃん、泣かないで?」
「泣いてないやい!だって僕は男の子だもん!」
よく考えたらこういった反射神経を駆使したゲームで、俺がテレアに勝てるわけがないんだよな。
最初こそ俺が優位に立っていたものの、次第にテレアが集中力を上げていき、4ゲームあたりから全く勝てる気配がなくなっていった。
そこから先はもうずっとテレアの連勝。これ以上やっても無駄だと悟り俺は素直に白旗を上げた次第だ。
「しかし強いなテレアは……まさかここまで勝てないとは」
「うっうん……」
俺の言葉にテレアがさっと目を逸らす。何だそのリアクション……?
とここで俺はふと思い立つ。
「まさかとは思うけどテレア……魔法で感覚強化してたんじゃ……?」
「そっそれよりもお兄ちゃん!テレア別の遊びがやってみたいな!」
本当に君は嘘がつけない性格ですなぁ……。
道理で勝てないわけだよ……どんだけ負けず嫌いなんだよこの子は。
まあいいや、俺も別にそこまで勝ちにこだわっていたわけでもなかったしな。
「別の遊びか……何かあったかな?」
反射神経を使ったゲームは圧倒的に俺が不利だということが分かったので、対等に勝負できるゲームがいいが……。
指相撲……ダメだ単純な力勝負だったら圧倒的に俺の方が有利になってしまう。
「あっお兄ちゃん、雨やんでるよ」
「……おっ?本当だな!」
どうやらテレアとゲームに興じてるうちに、雨が上がっていたようで雲の隙間から晴れ間が差していた。
「お兄ちゃん、折角だから一緒にお散歩行こうよ」
「そうだな……行くか」
雨上がりの町並みを散歩するのも、また乙な物じゃないか。
俺とテレアは連れ立って、外へと繰り出した。
雨上がりの外は、少しひんやりとした空気が漂っていて、雨上がりの独特の匂いがしている。
「テレアね、雨上がりのこの匂い好きだよ」
「独特の香りがするよな」
これって雨のせいで空気中に舞い上がったほこりの匂いなんだっけ?どうだったかな?何かもっと科学的な何かだった気がするけど、まあなんでもいいか。
「この匂いな?俺のいた世界の言葉でペトリコールって言うんだ」
「そうなんだ?お兄ちゃんは物知りだね!」
まあ、たまたま学校の図書館で暇つぶしに読んだ本に書いてあったから覚えてただけなんだけどな。
なんて無粋なことは言わず、嬉しそうに小さな水たまりをジャンプして飛び越えるテレアを微笑ましく眺める。
テレアの特徴である青髪の長いツインテールが、テレアの動きに合わせてゆらゆらと揺れる。
こうして見ると本当に年相応の女の子だよなぁ。
なのに、いざ戦いになると誰よりも勇敢に敵と向かい合うのだ。
正直な話、俺はテレアを戦わしたくはない。戦いで傷ついてしまったら、ヤクトさんとリリアさんに合わせる顔がないってのもあるし、なにより俺が嫌なのだ。
一度このことをテレアに言ったことがあったが―――
「テレアはお兄ちゃんの役に立ちたい」
真剣な表情から紡ぎ出されたその言葉を前に俺は何も言えなくなってしまった。
俺たちの中で一番の最年少なのに、その身に秘めた想いや信念はもしかしたら俺たちの中で一番強いのかもしれない。
今でこそこれなのに、大人になったらどうなってしまうんだろうか?
「お兄ちゃん!」
「ん?どうしたテレア?」
俺よりも少し離れたところを歩いていたテレアが、いつの間に振り返り何が楽しいのか笑顔で俺を見ていた。
逆光を浴びたテレアがキラキラと輝いて見える。
「テレアね、お兄ちゃんと出会えて良かったって思ってるよ」
「そんなのは俺も一緒だよ」
そう言ってテレアに近づいていき、頭に優しく手を置いて撫でてあげると、テレアがくすぐったそうに身をよじる。
もっと強くなって、この子を守れるようにならないとな。
隣に並んで俺をなにやら意味深な目で見上げるテレアを見ながら俺はそんなことを思っていた。
ちなみ俺がそのテレアの意味深な目の意味を知るのは、まだまだ先の話だ。




