悪戯~恥辱の結末~
その日の夕方、一座の会場修復作業を手伝って這う這うの体で宿に帰ってきて、ベッドに乱雑に身体を放り投げ休んでいた時のことだ。
「あー疲れた……このまま布団と同化したい……」
あいつらどうかしてるぜ!……ってやかましいわ!
疲れすぎていて脳内でくだらないのりっつこみをしてしまった。
そんな感じでうだうだしていると扉をノックする音が室内に響いた。
「お兄ちゃん、いるー?」
この声はテレアか?どうしたんだろう?
ちなみにテレアも一緒に会場修復作業をしていたはずなんだが、俺とは違い全然疲れた様子を見せていなかった。
基礎体力の違いなんだろうなぁ……俺ももっと身体を鍛えないとダメだな。
「どうしたんだテレア?」
言いながら扉を開けて、声の主であるテレアを見る。
「疲れてるところごめんなさい、明日の修練はどうしようかな……って」
「あーそういえばこの国に来てからやってなかったな」
実はマグリドでテレアを預かることになった次の日から、俺はテレアに頼んで戦い方を教えてもらっているのだ。
この国に来る前は毎日やっていたんだが、最近色々とありすぎてやってなかったな。
「そうだな、明日はやろうか?疎かにしてたら身体なまっちゃうからな」
「うん!じゃあいつにする?」
テレアはどうやら俺と修練をするのが楽しいらしく、嫌な顔一つせず喜んで付き合ってくれる。
多分身体を動かすのが好きなんだろうなぁ……見た目に反してバイタリティがあるのがテレアの魅力の一つだよな。
実のところを本音を言うとテレアには戦ってほしくはないんだけど、うちのパーティーでまともに前衛で戦えるのってテレアだけなんだよね。
俺が全裸になってしまえばその限りではないんだけど、そんなしょっちゅう全裸になんてなってられないからな。
俺ももっと強くなってテレアを戦わせなくても済むようにしないといけない……頑張らねば。
「そうだなぁ……じゃあ」
そう言いかけた途端、俺のズボンのポケットから音楽と共に何かが振動し始めた。
「えっ?えっ?何?」
これはたぶんポケットに入れてある通信機だな。
テレアを驚かしてしまったようだ。
「ああ、ごめんテレア!王様にもらった通信機だよ!今誰かから通信が来たみたいなんだ」
「そういえばもらってたね……じゃあその音楽は通信が来た合図みたいなものかな?」
「そういうこと。えっと相手は誰だ?」
折り畳み式の通信機を開くと、上部のディスプレイにはマグリド冒険者ギルドの文字が映し出されていた。
ということは……。
「もしもし」
「やあシューイチ君!僕だよ、ヤクト=シルクスだ」
「やっぱりヤクトさんでしたか」
「お父さん?」
俺の口から出てきたヤクトさんの名前に反応して、テレアの表情が明るくなる。
「マグリドの冒険者ギルドから、君から通信機で連絡があったと聞いてね!言伝の件も了解したよ、明日にはルカーナに君たちの到着が遅れることを伝えておくよ」
「ありがとうございます、助かります」
「しかし本当に通信機を手に入れたんだね……聞けばリンデフランデの神獣を倒したそうじゃないか?」
正確には倒したわけじゃないし、なんとかしたのは俺じゃなくてフリルなんだけどね。
「君は本当に面白いな!テレアを君に預ける判断はやっぱり間違ってなかったんだな」
「あはは……」
そのテレアも神獣との戦いにばっちり巻き込んでしまってるので、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「しかし君も通信機を手に入れたのなら、僕もマグリド王に頼んで通信機の手配をしてもらわないといけないな。君も僕と連絡を取るのにいちいちギルド通すのも面倒くさいだろう?」
「まあたしかに」
なんか俺を出汁にして体よく通信機を手に入れようとするヤクトさんの魂胆が見え隠れするけど、ここは黙っていよう。
「あっそういえば今テレアと一緒なんですけど、なんならテレアと代わりましょうか?」
「そうなのかい?ならぜひともお願いできないかな?」
「じゃあ代わりますね」
そう言って俺はしゃがんでテレアに通信機を差し出す。
「ヤクトさんがテレアとお話したいんだってさ」
「いいの?」
「俺の用事はもう済んでるからな、ヤクトさんに声を聞かせてあげなよ?」
俺の言葉に元気よく頷き、テレアは俺から通信機を受け取り恐る恐る耳に当てる。
「えっと……お父さん?」
その声に反応して、ヤクトさんの声がスピーカーから漏れてくる。
どうやら喜んでいるようだな。代わってあげて良かった。
「うん、テレアは元気だよ?お父さんたちは?……そうなんだね!」
心なしかテレアも嬉しそうだ。
なんだかんだでテレアはまだ親に甘えたい年頃だろうしな。
貴族問題の関係でマグリドを出ざるを得なかったとはいえ、やっぱり寂しいんだろうな。
「そんなことないよ……テレアあんまりお兄ちゃんたちの役に立てなかったし……」
そんなことあるぞ?テレアが居なかったら神獣相手に負けてただろうしな。
わずかに漏れてくるヤクトさんの声とテレアの台詞から大体の内容を想像できる。
そんな感じで5分ほど話していただろうか……。
「それじゃあお兄ちゃんに代わるね?」
テレアがそう言って俺に通信機を差し出してきた。
「もういいのか?」
「うん!お父さんが最後にお兄ちゃんに伝えたいことがあるからって」
俺に伝えたいこと……なんだろうか?
「代わりました、宗一です」
「やあすまないね!長々とテレアと話してしまって!」
「それは全然いいですよ!それで俺に話したいこととは?」
ヤクトさんがコホンと咳ばらいをした。
「多分察してると思うが、マグリドにあるカルマ教団についてだ」
「あーやっぱりそうですか」
「君の働きのおかげで、各国にカルマ教団の異常性が伝わったようでね……マグリドでも今日の昼頃に騎士団が出動して、カルマ教団の支部を抑えたよ」
あの教団のさばらしておくと何するかわかんないからな。
「僕もそれに同行してね……君がリンデフランデのギルドに報告していたとおり、こちらの支部でも洗脳音楽を流す機械が見つかった」
「そっちにもあったんですねあの機械……」
「教団の教徒たちは全員捕縛したし、マグリドに関しては教団の心配をなくても大丈夫だよ」
まああの国にはヤクトさんとリリアさんがいるし、そこまで心配はしてなかったが、あの教団を排除したという知らせだけでもほっとする。
「だがあのロイと言う男のように、教団内で地位の高そうな者だけは捕まえることが出来なかった……そこだけが少し心残りだね」
「そうなんですか……」
俺の方もロイには逃げられてるからな……結果的にはこの国を滅茶滅茶にされずに済んだが、やはりあいつを何とかしないことにはいたちごっこになるだろうな。
「こちらも十分気を付けるが、君たちも気を付けてくれ。多分君たちは今回の神獣事件の関係で教団に目をつけられてるかもしれないからね」
「ご心配ありがとうございます」
「それじゃあ近日中に通信機を手に入れられるように手配しておくから、またその時にこちらから連絡させてもらうよ」
その言葉を合図に通話が終了した。
とりあえずこれでマグリドに関しては一安心だな……とはいえあの国は教団よりも貴族のほうがよっぽど厄介だとは思うけどね。
貴族問題に関してはテレアがリンデフランデ王に頼んだから、秘密裏にこの国が手助けしてくれる手はずになってるし、恐らくはなんとかなるだろう。
「お兄ちゃんありがとう、お父さんとお話させてくれて!」
「話したいことは話せた?」
「うん!それにしても凄いねその……つうしんきっていうの」
テレアがなんだか楽しそうに目を輝かせているのを見て、俺はもう一台通信機があることを思いだした。
「そうだテレア、今からちょっと試したいことがあるから手伝ってくれないか?」
「うんいいよ!テレアはなにをすればいいのかな?」
俺はテーブルに置かれた例の豪華な箱の中からもう一台の通信機を取り出してテレアに手渡した。
「もう一台の通信機がちゃんと動くかどうか確認したいんだ。ついでにテレアにも使い方を覚えてもらいたいから操作方法を簡単に教えるよ」
「うっうん!テレアにもできるのかな?」
俺の世界にあった携帯電話よりも色々と簡略化されてるから問題ないだろう。
そんなこんなでテレアに簡単に通信機の使い方を教えた後、一度自分の部屋に戻ってもらった。
「そろそろ部屋に戻ったころかな?」
そう呟いて、テレア側の通信機の番号を連絡先リストから選択し通話ボタンをプッシュした。
「はいもしもし!テレアだよ!」
はや!ワンコールも鳴ってないぞ!?
とはいえちゃんと通話できるみたいだな……っとここで俺はちょっとした悪戯を閃いてしまった。
「くっくっく……」
俺はわざといつもよりも低い声を出しつつ悪役のように笑って見せた。
「え?お兄ちゃんどうしたの?」
「馬鹿め……俺はお前のお兄ちゃんではない!」
「もともとお兄ちゃんはテレアの本当のお兄ちゃんじゃないんだけど……」
なんでそこで素のツッコミを入れてくるんだこの子は?
「ここにいた男ならすでに我が手中に収めた!」
「え?……もしかしてお兄ちゃんじゃないの!?」
「テレア-!助けてくれー!!」
ここでわざとらしくいつもの声に戻して、テレアに助けを求める演技をした。
「お兄ちゃん!?どうしたの大丈夫!?」
「くっくっく……だから言っただろ?すでにこの男は我が手中にあると!」
気まぐれに始めたお茶目な悪戯のつもりだったんだけど、なんだかオラ楽しくなってきたぞ!
「お兄ちゃん!テレアが今助けに行くからね!!」
「え?いやちょっと待て!」
なんてこった!想像よりも動きが早すぎる!?
どうしたもんかと思っていると、部屋の入り口から視線を感じた。
「なにやってるんですか……シューイチさん」
そこには俺を可哀そうな人を見るような目で見てくるエナが立っていた。
そう言えば扉閉めてなかったっけ……。
「……何してたと思う?」
「言っていいんですか?」
やめて!言わないで!!いつから見てたの!?クッソ恥ずかしいんだけど!!??
「お兄ちゃん!大丈夫!?」
そしてそこへ慌てたテレアが血相を変えて飛び込んできた。
「あれ?エナお姉ちゃん……?」
「テレアちゃん……」
二秒ほどテレアを見た後、今度は俺を見てエナがなんだか全てを察したような表情をした。
「そうだエナお姉ちゃん!ここに変な人いなかった!?お兄ちゃんがその人につかまっちゃったらしいの!」
「その変な人ならさっきそこの窓から逃げていきましたよ?ねえ?シューイチさん?」
「はっ……はい……エナさんのおっしゃる通りです……俺を捕まえようとした不届きな輩はそこの窓から慌てて逃げていきました、ほんとうです」
「お兄ちゃんどうしてそんなに棒読みなのかな?」
エナさんの氷のように冷たい視線が怖いからです。
「でもお兄ちゃんが無事で良かった……テレアびっくりしちゃったよ」
「ごっごめんな?心配させちゃってさ?」
俺とテレアの会話を横目に、エナが近づいてきて、俺の耳元にずいっと顔を寄せてくる。
「明日私に甘い物をご馳走してくれるなら、この一件は不問にしてあげます」
「エナ様のおっしゃる通りに」
「よろしい♪」
そう言ってエナがニッコリと笑いながら俺から顔を離した。
「さあテレアちゃん、この辺にはまだその怪しい男がいるかもしれませんから部屋に帰りましょうね?」
「え?うっうん……じゃあねお兄ちゃん?」
「ふたりともおやすみー」
まるで機械のような動作で手を振る俺を尻目に二人が部屋を出ていく。
去り際に見せたエナの氷のように冷たい視線を俺は生涯忘れることはないだろう。
通信機が無事に使えることを確認できたものの、それを引き換えに何かいろんなものを失った気がする、そんな夕暮れ時だった。




