別離~油断は大敵~
特に何かと遭遇することもなく、危なげなく俺たちは森を抜けることができた。
またキラーウルフとやらが出てきたのなら、腰布を外してぶん殴ってやればそれだけで済む話ではあったが、危ないことなんてないに越したことはないからこれでいいのだ。
森を抜けて街道を30分ほど道なりに歩いたところで町の入り口らしきものが見えてきた。
あたりはすっかり俺のいた世界でいうところの夕暮れ時だ。
「先に依頼達成報酬をもらって、それからシューイチさんの服を買ってきますからここで待っていてください」
まあ俺のような全裸男と一緒に町を堂々と闊歩してたら、確実に変態パーティーと思われるだろうしな。
街道の脇に生えている大きな木を隠れ蓑にするようにしつつ、俺とシエルは人のまったく通らない街道をぼんやりと眺めながらエナの帰りを今か今かと待ち続けている。
ふと空を見上げる。
(へぇ~この世界は太陽みたいなのが3つあるのか)
今までは森の中だったせいで上を見ても木々しか見えなかったから全然気が付かなった。
これを見ただけで自分は本当に異世界に来たのだと自覚する。
「しかし宗一さんは運がいいですね!異世界に来たばかりであんないい人に出会えたんですから!」
空を見上げていた俺にシエルが話しかけてきた。
「本当はもうちょっと宗一さんに付き添っていくつもりだったんですけど、早々に私の役目をバトンタッチできる人に巡り合えて私にとってもラッキーでしたよ!」
前から思ってたけどこの神様、全然歯に衣着せないよな?
まあでも運がいいという意見には素直に納得だ。この世界での生活基盤が整うまではエナが付き添ってくれそうな感じだし。
魔物から助けて恩を売った……なんて思うわけではないが、あの時悲鳴のもとに駆け付ける選択をした自分を褒めてあげたい。
「でもですよ?今回はたまたま無事でしたけどこれからは気を付けてくださいね?もしもまた死んでしまったらそれはもう完全に宗一さんの自己責任なので、転生させてあげることはできませんからね?」
「やっぱりもう転生はさせてもらえないのね」
「今回のケースは特例中の特例です!」
その特例もそもそもシエルがミスして俺を死なせなければ……いやもう済んだことを追求するのはやめよう。あんまりしつこく追及してしまうと泣いてしまうかもしれないしな。女の子にはできるだけ優しくしてあげたいんだ。
「なんか今すごく失礼なこと考えてませんか?」
「エスパーかお前は」
シエルも大概だが、俺もだんだんシエルに対して遠慮がなくなってきた。
「お待たせしましたー!」
そんなくだらない話をしていると、紙袋を胸に抱えながらエナが俺たちのいる街道脇の木のもとに走り寄ってきた。
「間に合わせですけど、シューイチさんの服を買ってきましたからこれに着替えてください」
「ありがとう、エナ」
エナから差し出された紙袋を受け取って中身を覗くと、衣服らしきものが折りたたんで入れられていた。
木に隠れて着替えようかと思ったが、もう散々全裸の俺を見られているので関係ないとばかりにその場で早速着替え始める。
ほどなくして、どこからどう見ても村人Aと言わんばかりの格好になった。
身体を布で覆うことにこんなにも安心感を感じるなんて……俺はこの三時間あまりで人として大事なことに気が付いた気がする。
感動のあまり涙がちょちょぎれそうだ。
「ちゃんとした装備は明日ギルド登録する前に買いに行きましょう!それと、服を買うついでに宿を取っておきましたので早速行きましょうか」
なんとも手際のいいことで、素直に感心する。
「何から何までごめんな?」
「いえいえ!助けられ方こそアレでしたけど、シューイチさんは命の恩人ですから!このくらいは当然ですよ!」
ああ……本当にいい子と出会えたなぁ。
「それじゃあ……私はこの辺で失礼しますね?」
そう言ってシエルが俺たちから一歩下がって距離を取る。
「もう行ってしまわれるんですか?お金出しますから神様も一緒にお食事していかれませんか?」
「人間の食事を食べても私には意味がありませんので……というか私見習いな上にこの世界を担当しているわけでもないので、神様なんて呼ばなくていいですよ?」
「じゃあ……シエルさん……?」
「はい、シエルさんですよ」
何がおかしいのか、二人が小さく笑いあう。
「押し付けるみたいで心苦しいんですけど後はエナさんにお任せしますね?それとくれぐれも念を押しておきますけど、宗一さんが異世界から来たことや私の正体とかをみだりに人に話さないようにしてくださいね?」
「はい!お任せください!」
最初から俺たちにがっつり関わってしまったエナはともかく、その辺の一般人に話したところで信じてもらえるとは思えないがなぁ……まあそれが原因で余計な面倒ごとを引っ張りこむこともあるだろうし、言わないでおいたほうがいいよな。
「それでは今度こそ……ああそうだ宗一さん?宝玉を使って私に変な念話送ってこないでくださいよ?それとさっきも言いましたけどくれぐれも死ぬような無茶はしないでくださいよ?あと変な物を食べてお腹壊さないようにしてくださいね?それと……」
「オカンかよ!はよ行け!!」
俺に突っ込まれたシエルが、あっかんべーをしながら俺たちの前から瞬時に姿を消した。
俗にいう転移とかそういうものだろうか?
「……行ってしまいましたね」
「自業自得な面があったとはいえ、結構世話になってしまった気がするな」
本当にいろいろと世話に……あれ?なんか思い返すと最初から最後まで迷惑しかこうむってなかった気がする……。
「とにかく!世話になったよ!うんうん!」
「なんでそんな自分に言い聞かせるように……?」
「それより早く宿に行こう!今日一日、目まぐるしく色々あったせいで一刻も早く休みたい!」
「そうですよね……それじゃあ案内しますからはぐれないようについてきてくださいね」
そうして俺はエナのすぐ後ろについていく形で町へと足を踏み入れたのだった。
暖かい布団の中でゆっくりと目を覚ます。
昨日は疲れのあまり気にしなかったが、このベッド結構固いな。
もぞもぞと起き上がり背伸びを一つ。
ベッドから出てカーテンを開けるとそこには見慣れない中世ヨーロッパ風の町並み。
「起きたら夢だった-とかだったら良かったのになぁ……」
一人ごちったものの、転生してしまったものは仕方ない。ここは誰が何と言おうと異世界なのだ。
眠い目をこすりながら服に袖を通し、顔を洗うために部屋を出ようと扉を開けた。
「あっ!おはようございますシューイチさん!」
ちょうど扉の前にいたらしいエナと鉢合わせする。
「おはようエナ」
「ちょうど起こしに行こうと思っていたところだったんです」
「そっか、ならちょうど良かったな」
二人して小さく笑いあう。
洗面所に行くことを告げると一緒に行こうと言い出したので、連れ立って廊下を歩きだす。
「よく眠れましたか?」
「うん、疲れてたからぐっすりだったよ」
「それならよかったです!」
うん、前にも思ったけどエナはシエルに負けないほどの美少女なだけあって笑顔がよく似合う。
この笑顔がキラーウルフとやらのせいで失われなくて本当によかった。
「顔を洗って朝ごはんを食べたら、早速装備を買いに行きましょう!それからギルドに行って登録申請をしたのち簡単な承認試験を受けることになりますから、今日は忙しくなりますよ」
「え?試験なんてあるの?」
「試験なんていうのも言いすぎなくらい簡単なお使いですから、そんなに構えなくて大丈夫ですよ」
まあ素性もわからない輩を冒険者として登録する以上、そういう試験を設けることで適正とか人となりを見極めるんだろうなぁ。
エナ曰く「試験を失敗するほうが難しい」とのことなので、あまり難しく考える必要はなさそうだ。
それから顔を洗い朝食をとった後、俺たちは町へと繰り出す。
昨日はもう日が暮れていた上に疲れていたのであんまりじっくり観察する余裕はなかったが、日本ではめったにお目にかかれない町並みに心が躍る。
「珍しいですか?」
「まあね!俺のいた世界では考えられない町並みだしな!」
キョロキョロと町並みを見回していた俺がおかしいのか、小さく笑いながらエナが聞いてきたので、若干興奮気味に返答する。
「ここなんてまだ田舎ですよ?城塞都市はこの町とは比べ物にならないです」
「そうなのか……いつか見てみたいもんだな」
「城塞都市に向かうようなギルド依頼があれば行くこともあるかもしれませんね」
まだ見ぬ城塞都市とやらに思いを馳せていると、目的の店についたみたいだ。
「ここです。この町には何回か来たことがあって、装備もよくここで買うんですよ」
「そうなのか。道理でなんか詳しいと思ったよ」
「昨日の仕事の報酬が1000SRだったので…大体500SRでシューイチさんの装備を見繕ってもらいましょう」
「SR」というのはこの世界の通貨で読み方は「ソロ」と読む。
「500SRもあればとりあえずは体裁を保てるくらいの装備は手に入ると思います」
「装備か……俺に必要あるのかな?」
「え?どうしてですか?」
「ほら?俺には全裸になったら無敵になる力があるだろ?だからむやみに装備を固めてしまうと、いざというときに困るんじゃないかと思って」
脱ぎずらい鎧とかに身を包んでしまったら、裸になる前にやられてしまう可能性がある。
裸になれば無敵になるとはいえ、服を着ている俺は一般人と何も変わらないということは、昨日森の中でシエルと散々確認したのだ。
殴られれば普通に痛いし、刺されれば当たり前のように血が流れる。
その他にもその確認作業で判明した事実があるが……それはまた追々。
「ダメですよ!昨日森の中でシエルさんにも言われたじゃないですか!あまりその力に頼りすぎないようにって!」
「まあね……」
「それにその……あんまりむやみに裸になられるのも困るというか……」
そう言ってエナが顔を真っ赤にしながら目をそらす。
まあエナの精神面を考えるなら、あまりこの力に頼りすぎるのも問題があるよな。
俺だって好きで全裸になんてなりたくないし、俺のお粗末な物を見せびらかしたいわけじゃないんだ。
「じゃあせめて武器くらいはちゃんとしたものを買って、防具なんかはいざというときのことを考えて脱ぎやすさ重視の物を選ぼう!」
「普通は頑丈さや動きやすさを重視するものなんですけどね……」
俺だってできればそうしたいよ。
そんな話をしながらエナが自分の財布の中身を覗き、お金があることをきちんと確認した後、俺たちは武器屋の扉を開けた。