act1
劇団KON稽古場
僕が所属しているこの劇団は、そこそこ名の知れた劇団だ。
スポンサーに大財閥の蔵嶋さんがついてくれた、というのが大きいのだけど、演劇自体も高く評価されて、年々団員の数も増えていた。
KONの稽古場は、新宿の片隅にある古い小さな劇場。
既に使われていない劇場とはいえ、新宿一等地にある建物。
どうやって手に入れたかは定かではない。
ここの主宰者は元俳優。彼のファンであろう人物が寄贈したのではないか?という噂があったりなかったり。
そんな舞台の上では、稽古が始まっていた。
再来月から公演の舞台で、僕はちょい役なんだけど。
「悪いけど、あなたには死んで貰うわ」
美しい、黒いドレスまとった女性が婉然と微笑む。
その女性に追いつめられる、一人の少女。
犯人である女性と、ヒロインである女性の息をのむ演技である。
「そこまで」
鋭い声が稽古場に響いたのはその時である。
木刀で肩をたたき、金に染めた長めの髪を後ろに結んでいる。何より鋭い目をした男であった。
年齢は三十代半ば。
劇団KON主宰、今泰介。
「相変わらず、ぞくぞくするな。姉さん」
今さんが言うと、黒いドレスをまとった女性は、くすりと笑う。
「その気になれば、あんただって殺してやるわよ」
今や大女優と名高いその女性には、今さんも頭が上がらない様子だ。肩をすくめ「おお、コワ」と呟いた。
しかしすぐに、ヒロインである新人女優に向かって言った。
「しばらく中村を中心に抜き稽古だ。しっかりやれよ」
今さんはそう言ってさりげなく片目を閉じる。鋭い目つきの強面監督も、元俳優だけに笑うとさわやかだ。
中村と呼ばれた新人女優は、ぽっと顔を赤らめる。
厳しい監督がふと見せる優しい笑顔に、ころっと転ぶ女優は多い。
そんな女性たちの演技を見守っていた僕は、壁際の椅子に腰掛け長いため息をつく。
どうも頭がもやもやしていけない。
とりあえず自分の出番は、そつなくこなしたけど、いつになく演技に集中できていない自分がいる。
もやもやっとしたこの気持ち。
原因は分かっている。
アキのことが気に掛かり、演技に身が入らないのだ。
彼が自殺じゃないとしたら、誰かに殺されたということになる。
しかし、だとしても自分に何ができるというのだろう?
自分は警察ではない。
その警察ですら自殺の筋が濃厚だといっているのに。
「そこの青少年、どうした?ラビリンスを徘徊中か?」
不意に声を掛けられて、僕ははっと右手を向く。
さりげなく隣の椅子に、初老の男が腰を下ろす。
「八鳥さん」
長い髪をひっつめにして一つにくくり、くわえタバコがトレードマークだ。くしゃくしゃのTシャツにGパン。近所の川で釣りをしていそうな出で立ちであるが、丸いフレームの眼鏡の下には鋭い眼光をたたえていた。
八鳥さんは鋭い目を細くし、にやりと唇をつり上げる。
「悩み事でもあるのかね、青少年」
「いや……悩みなんていう悩みは」
「ふん。隠さなくても分かる。舞台の上じゃ、自分の役所はきっちりこなしているが、舞台をおりたとたんに、思い詰めたような顔をする。ま、そのテレビチャンネルのような切り替わりが見ていて面白れぇがな」
肩を震わせて笑う八鳥さんを僕は軽く睨み付ける。
「まぁまぁ、そう怒った顔をすんなって。お前、泰介だって今はヒロインを人並みに仕立てるのに手一杯でお前に構っている間はないけど、気に掛けてはいるみたいだぞ。俺にお前のこと頼むって言ってるくらいだから」
「そうかな。じゃあ、他の人に頼んで欲しかったですよ」
「おいおい、だから怒るなって。何があったんだか知らねぇけど、お前さん悩みがあるのなら、おじさん聞いてやるよ?」
「……」
八鳥さんのことは嫌いではない。むしろ気さくで年齢の割に接しやすい人物だけど、どうもこの軽いノリは深刻に悩んでいる時には勘に障る。
僕が黙り込んでいると八鳥さんは、天井の方を見てタバコを輪っかにしてはいた。
「んじゃ、おじさんの悩み聞いて貰おうかな。俺、次の原稿全然書けてないんだよねー」
「それを僕にどうしろっていうのです」
「何かネタとかない?」
「僕にあるわけないでしょ?というかまずいじゃないですか。来月までに完成させなきゃ。八鳥さんが脚本完成させないことには、僕らの練習も始まらないのに」
「かはーっ!手厳しいね。君に悩み相談すんのやーめた」
「何言ってるんですか。僕の倍生きているんですから、その豊富な人生経験でピンチを乗り切ってくださいよ」
「それが出来ないから俺の2分の一しか生きていないガキにも相談したくなるんじゃねーか。ま、原稿が思い浮かばない原因は、俺にも分かっているのよ。三奈子が交通事故にあっちまってな」
「三奈子?」
「二十年来の俺の恋人って奴よ」
そう言って深くタバコを吸い込む八鳥さん。軽いノリながらにも、彼には彼で深刻な悩みがあったらしい。
「あんな大けがしてるとは思わなかったからな。正直、ショックでねぇ」
ふっとため息をつく八鳥さんにイチははっと顔を上げた。
「すいません……そんな悩みがあったなんて」
「いや。別にいいのよ。ま、原因が分かっているからね。今は、その原因に立ち向かっていくしかない。できるだけ、あいつの傍にいてやろうと心に決めている」
「今は此処にいていていいんですか?」
「ああ、大丈夫。一緒に此処に来ているから」
「え!?」
「ほれ、あれが三奈子だ」
タバコで指し示した方向を見てみると、舞台の下にゆりかごのような物が置いてあり、その中に、右足に軽く包帯した猫が幸せそうに眠っている。
「…………………………あの三毛猫っすか」
「そう三奈ちゃん。可哀想にラジコンにぶつかって、全治三日の重傷」
全治三日って、見たところ、ただのかすり傷じゃないか。
「…………………………一回死ね」
「何か言った?」
「いいえ、何でも」
さらっと答えて僕は椅子から立ち上がった。
「ん?トイレか」
「いいえ、帰ります。しばらく中村さんの抜き稽古なら、僕がいなくても問題はないでしょ」
「ま、そうだけど」
あっけにとられる八鳥さんに背を向けて、僕はすたすた歩き出す。
しかし途中で立ち止まり振り返った。
「一つだけ、あなたの言うこと参考になりました。原因が分かっているのなら、その原因に立ち向かうしかない」
「……」
「僕もそうすることにします」
「……そっか」
八鳥はふっとどこか満足そうな笑みを浮かべ、納得したように頷いた。
稽古場を後にした僕は、エントランスの壁に貼ってある来週公演のポスターの方を見た。
『暗黒星』
暗黒星とは、江戸川乱歩原作の推理小説だ。
ある一人の美貌の青年が、探偵明智小五郎に助けを求める。
自分たちの家族が狙われている、助けて欲しいと。
そして青年の家族は次々と殺されて、明智はその真相を追うことになるのだけど。
ポスターには主演 工藤潤&清阪美祐理
主演の工藤潤は明智小五郎、美貌の青年伊志田一郎は清阪美祐理が演じる。
僕はため息をつく。
「───明智のようにはいかないよな」
何年ぶりだろうか。
アキの家に来たのは。
最寄りの駅は、以前よりも綺麗になっていて何だか違う街の入り口に思えた。
けれども町並みはさほど変わっていない。
昔からここは新興住宅地として、同じような家が沢山建っていた。
本当に同じ家ばっかりだったから、僕はいつもアキの家に行くとき迷っていた。
だから目印としてポストにシールを貼って貰った。
四つ葉のクローバーマークのシールだ。
そのシールは色あせているけど、今でも村瀬家のポストに貼ってあった。
インターホンを押すと、知らない女性が出てきた。
家を間違えたかと思ったけど、表札は確かに村瀬だ。
年齢は三十歳ぐらいだろうか。
すらっと背が高くて綺麗な女性だ。
長い髪を一つに縛り、眼鏡を掛けているせいかとても知的な印象がした。
彼女は僕の顔を見て、少し驚いた顔をする。
「え……嘘……」
戸惑いを隠せない彼女に、僕は名前を名乗ることにした。
「僕は村瀬君の同級生の市籐といいます」
「え……じゃあ暢秋くんの?」
「高校時代の友人です」
女性は暫く僕の顔をまじまじと見ていたけれども、やがてはっとしたように我に返り、「どうぞ」と言って僕を中に入れた。
「私は村瀬郁江といいます。暢秋くんにとっては叔母なるのですが」
「へぇ、でもアキと年が近いように……あ、アキっていうのは、暢秋君の呼称なんですが」
「ええ、姉と私は20歳年が離れていましたから。だから暢秋くんのことは、甥というよりは、弟のように思っていたのよ」
そんな話をしながら、居間の隣にある和室に入った。
そこには懐かしい笑顔が遺影として飾られていた。
真っ白な壇の上、遺骨と位牌。その前には線香が立てられていて。
遺影を見ながら手を合わせても、僕はまだアキが死んだという実感がもてずにいた。
写真の中のアキは最後に見た18歳の時よりも大人になっていて、前よりもずっとずっと男前になっていた。
「あの……おばさんは?」
最初に聞こうと思っていたことを、僕は不意に思い出して郁江さんに尋ねた。
「姉は、二年前に他界しました。職場で突然倒れて……脳梗塞だったそうです。あの時は本当に突然のことで。暢秋君も辛かったはずなのに、人前では決して涙を見せませんでした」
そうだったんだ。
そんな辛いことがあったなんて。
知らなかったとはいえ、僕はあいつに何もしてやれなかった。
あいつ、弱みを見せるのが嫌いだったから。
でも、だからって、そんなときぐらいは僕に知らせてくれても良かったのに。
ああ……でも、あんな喧嘩別れしておいて、僕は何を言っているのだろう。
もう、謝るにも暢秋はいないのに。
「こう言ってはなんですけども、良かったのかもしれません。暢秋君があんなことになる前に、先に逝ったのですから」
「……」
良かったといいながらも郁江さんの目からは涙が滲んでいた。
お姉さんが死んで、弟のように思っていた人が死んで。
辛くないわけないのに。
「僕は高校を辞めてから、アキには会ってないんです。母校の教師になったという話は聞いているんですけど」
郁江さんはハンカチでそっと、こぼれそうになる涙を拭きながら、話してくれた。
「ええ。明王学園高校の教師になって、生徒達のことを懸命に考えて、それに生徒達もまた暢秋君のことを慕っていました。私も高校の教師をしているものですから、お互いに生徒の悩みを考えたり、嫌な先輩の愚痴を言ったり」
暢秋とのやりとりを思い出したのか。
郁江さんの表情は悲しげなものから、だんだん穏やかな表情に変わった。
白い頬はかすかに紅潮して……あれ?
僕は息を飲んだ。
最初に会った時から綺麗な人だとは思ったけど、今、彼女は凄く女らしい柔らな雰囲気になってびっくりする。
「ふふふ……暢秋くん、凄く格好良かったから。彼を慕っていた女子生徒に焼きもち焼かれたことが何度もあったわ」
嬉しそうに笑う顔も魅力的だ。
そんな表情にさせるなんて……この人は一応、アキの叔母になるのだろうけど。
もしかしたら、この人はアキのことが。
僕は内心感嘆まじりの溜息をついた。
まさか叔母さんになる人まで、彼を一人の男として好いていたなんて。
アキは同性の僕から見ても、凄く格好いいヤツだった。
すらっと高い背に、涼しげな眼差し、くっきりとした眉は手入れもしていないのに整っていて、鼻も高いし、輪郭もシャープだったし。
一番最初に出会った時は、僕もどっかの芸能人かと思ったくらいだ。
それに性格も優しかったし、頭も良かったし、スポーツも万能。
当然女の子からももてたし、一部の男子にまでもてていた。
あんなヤツ反則だ、と僕は思ったもんだ。
でも本当にイイヤツだったから、僕もアキが大好きで……いっつも一緒にいたんだ。
学校の時も、学校が終わった時も。
この人がアキに惹かれるのも無理はないだろう。
あいつを越えるような男なんか、そうそういないだろうから。
「でも……本当に驚いたわ」
ふと呟くように言う郁江さんに僕は首を傾げた。
「驚いたって何が」
「あなたと暢秋くんって、雰囲気が似ているから、最初あなたを見た時に暢秋くんが生きて帰ってきたのかと思ったの」
ああ……それで最初驚いた顔をしていたのか。
僕とアキ、そんなに似ているのかな?
そういえばカオルも、よく僕のことアキって呼んでは間違えていたっけ。
背はアキの方が高かったし、それに顔も全然違うんだけどな。
「あなたがここによく遊びに来ていたお友達だったのね。あなたの話、アキ君からよく聞いていたわ」
にっこり笑う郁江さん。
そんな風に笑うと彼女こそ、アキに似ているなぁ。
アキに似て綺麗な……あわわわ、僕ってば何見惚れているんだか。
僕は少し顔を赤らめて、後ろ頭を掻きながら床の方を見た。
その時家のインターホンが鳴ったので、郁江さんは立ち上がり早足で玄関に向かう。
「まぁ、刑事さん……」
玄関から聞こえる声。
ああ、刑事が来たのか。
アキは自殺したと警察は見ているとか言っていたけど。
「今日は暢秋の友人としてここに来ました」
あれ……?
あの声。
僕は立ち上がり居間を出て玄関へ歩み寄った。
そこには、あれ?
違う!?
僕はその人物をまじまじと見る。
アイツは確かに背は高かった。パーマがかかったみたいな癖毛に、目は二重のタレ目で、右目の下には泣きぼくろがあって……あれれ?でも丸っこかった輪郭は、何だかすっきりしているし、横に広がっていた体格も、かなりすっきりとしていて、メタボな腹もなくなっているし!!黒のスーツに、第一ボタンを外した黒シャツが、またスッキリスマートな印象を際だたせていた。
「カオル!?」
僕は目と口をまん丸にして刑事の名前を呼んだ。
郁江さんと話していた刑事は、しばし俺を見てから目を見開いた。
そしてワンテンポ遅れてから僕の名を呼んだ。
「い……イチ」
母校に来るのは何年ぶりだろう。
中退して以来、一度も来たことがなかったから。
私立明王学園高等学校。
東京都と千葉県の県境にある街の高等学校だ。
駅周辺はビルや商店街などがひしめいていて、結構賑やかなんだけど、バスで10分も走ると結構のどかな風景になる。
山を切り崩して建てられた新興住宅街があるかと思えば、畑が広がっていたり。
僕の母校もちょっとした丘があって、頂には公園もある。とはいっても誰も来ないから、さびたジャングルジムと、砂場ぐらい。砂場も雑草が生えていて、木枠以外面影もなかった。休み時間に学校を抜けてはアキやカオルとジャングルジムの上に上っては、丘から見下ろせる景色を見ながら、弁当食べたりしゃべったりしていた。
学校の正門をくぐりながら、僕はカオルに言った。
「びっくりしたよー。カオル、高校時代と体型変わっているんだもん」
「ふん、大学時代に付き合っていた彼女にダイエット強要されたんじゃ」
それに相変わらず関西弁が混じっているな。こっちに引っ越してだいぶ立つから、標準語とごっちゃになっているけど。
「へぇ、イイ彼女じゃん」
「大学出て別れたわ。お互いの仕事もあってな、すれ違いって奴や」
そう言って苦笑いするカオル。
へぇ……しかも、なんか格好良くなったなぁ。
背も高校時代よりさらに高くなっているし。180と5センチはあるかも。
僕も高校中退してから、伸びた方だけど180まではいかなかったなぁ。
「そういいうお前は、いい加減コンタクトにせんの?」
「コンタクトもするよ。でもオフの時は、こっちの方が落ち着くから」
この黒縁眼鏡もかれこれ10年の付き合いになるのかな。
眼鏡を変えようとは思っていたけど、なかなか買うヒマもないし。
長年使っていた奴に愛着もあったりして。
そんな話をしながら昇降口に入った時、僕はびくりとする。
アキが……上履きを下駄箱に入れている姿をみたような気がして。
よく見たら、知らない男子生徒が靴を入れているだけ。
あいつには全然似ていないのに。
制服が同じってだけで、アキと見誤るなんて僕はどうかしている。
「どうしたん?」
声を掛けられ僕は我に返り、なんでもないと首を横に振る。
でも、僕はとても沈んだ顔になっていたのだろう。
心配そうにこちらを見ているカオルに僕は俯いた。
「アキは……本当に自殺だったの?」
「警察ではそうみてるな」
「君もそう思ってるんだ」
「俺はそうは思わん」
カオルの言葉に、僕ははっと顔を上げる。
「ほ……本当に?」
だってカオルは警察の人間なのに。
上の人が自殺だと見なしたら、それに従うしかないじゃないか。
「だからこうして母校に来て、関係者に話を聞こうと思とる」
「でも、いいの?自殺で片付けるんでしょ?警察では」
「しばらく有給出してきた。こいつは俺の単独行動や。俺かて信じられるか、あいつが自殺なんて……遺書だってパソコンで書かれたもんや。誰かに偽造された可能性はおおいにありうるわ」
カオルの言葉に、僕は何度も頷いた。
あいつが自殺するわけがない。
だってあいつは、僕に会おうと言ってくれたんだ。
しかも手書きの手紙で。
遺書がパソコンだって!?
友達の手紙を手書きで書くようなヤツが、大事な遺書をパソコンなんかで済ますものか!
「そういや、イチ。お前アキから手紙貰ったって、言うてたな」
同じコトを思ったのか、カオルが聞いてきた。
「う……うん」
「その手紙今、持ってるか?」
「ゴメン、家に置いてきた」
「じゃあ今度もって来てな」
「………………うん」
そうだよな。
捜査の上で、僕の手紙も重要な証拠物件にもなりうるわけで。
あいつの手紙、渡したくないけどなぁ。
でもカオルに頼めば、後で返してくれるよね。
ああ……でも手紙の内容、読まれるのは恥ずかしいんだけどな。
でも仕方ないか。
僕は心の中で自分自身を納得させながら、カオルに続いて母校の校舎に足を踏み入れた。
最初に向かったのは職員室だ。
中には数人の先生がいて……あは!担任の曽根ちゃんもいる。当たり前だけど、以前より老けたなぁ。
もう定年前になるその先生は、あらかじめカオルから連絡を貰っていたのだろう。
僕等の顔を見るなり嬉しそうに笑って、「待っていたよ」と言ってくれた。
「久しぶりだな、お前等元気にしていたか」
柔道部の顧問であるその先生は体格も良く、顔も大きかった。ホームベースのような顔に、頭はバーコードだ。とてもからっとした性格で、僕は好きだったけどね。
「先生お久しぶりです」
「はっはっは、丹生。お前本当に痩せたなぁ。しかも男前になったじゃないか!署内じゃモテモテだろう?」
「いや……職場おっさんばっかやし」
「婦警さんいるじゃないか」
「あんまし、話す機会ないなぁ」
すると曽根ちゃんはばんばんとカオルの肩を叩いて言った。
「じゃあ、先生の娘を紹介しようか!ほら、これが見合い写真だ」
差し出された写真を見ると、ひょー!!恐るべし、DNA!!
はげてない曽根ちゃんそのもの!!
可愛いっちゃ、可愛いけどね。
「いや、俺はまだ結婚する気ないから」
カオルは引きつった笑みを浮かべながら丁重に断った。
「んじゃ、市籐おまえどうだ!?」
いきなり振られて僕はびくっとした。
「いや……僕も役者という不安定な職業ですし、まだ結婚する気は」
「はっはっは、そうだったな。それに劇団には女の子も沢山いるし。彼女もいるか!!」
いや……彼女はいないけど。
何だか一方的に決めつけられてしまった。
いいけどね、別に。
「それよりも先生。今日ここに来たんは」
言いかけたカオルに、曽根は分かっている、分かっていると何度も頷いた。
「……村瀬のことだろう?」
快活な笑みは、一転して複雑な笑みに変わった。
机の上の写真立てを手にとり、彼はぽつりと呟くように言った。
「俺もまだ信じられないでいる」
写真立てには、教職員全員がどこか旅行にでもでかけているんだろう。
その中に曽根ちゃんがアキと肩を組んで笑っている姿があった。
先生、凄く楽しそうだな。
隣のアキも嬉しそうに笑っている。
「村瀬が同じ教員としてここに来たときには嬉しかった。アイツ高校時代の時、俺みたいな先生になりたいって言ってくれてな。だから俺と同じ社会教師になったとか言っていたんだ」
曽根ちゃんはとても懐かしそうな眼差しで写真を見ていた。
「……俺は、あの子が自殺をしたなんて、未だに信じられずにいる」
唇をかみしめ、そう漏らす曽根ちゃんに、僕は目を見開く。
やっぱり……ずっと同じ職場だった人さえ、自殺だなんて思っていないんだ。
「先生、アキが……いや村瀬が死ぬ前、どこか様子がおかしかったとかそういったことはありませんでしたか?」
「それはないよ。いつも通りだった」
「何か変わったこととかは?」
「それはないとは思うけど」
「例えば、妙な人間が村瀬の周りにいたとか、あ、村瀬の周りじゃなくても不審な人物が学校にきたとか、学校の傍にいたとか」
うわぁ……流石警察官だなぁ。
そんな質問がぽんぽん出てくるなんて。
高校時代のカオルからは想像できないなぁ。
曽根ちゃんは額を指で掻きながら、暫く首を傾げていたけど、やがてはっとしたように僕等の方を見て言った。
「ああ……不審な人物というわけじゃないんだけど、ここんところ佐島の奴がやたらにここに出入りしていてな」
「佐島?」
佐島って……あの学校じゃかなりの問題児だった佐島のこと?
確か他校の女の子に乱暴をしたとかで退学処分になった奴だ。
「職員玄関の前でなんか押し問答する声が聞こえたから、俺が駆けつけた時に、村瀬が佐島の胸倉を掴んで殴りそうだったもので」
「慌てて止めたんですね」
「そう。あんな怖い顔をした村瀬は初めて見たよ。何があったのか聞いたけど、あいつはずっと黙った儘だった」
「……」
僕とカオルは顔を見合わせた。
佐島といえば、本当にろくな奴じゃなくて、よく布結花ちゃんやその友達の夕紀ちゃんに付きまとっていた。
隙あらば舎弟の川村と共に、二人をどこかに連れだそうとしていて。
僕らはそんな奴等から、よく彼女たちを助けていた。
ああ、こう見えても僕、結構喧嘩には自信あんの。
一回、佐島には腹に膝蹴り食らわせたことあるしね。
でもそんな奴がなんでアキと押し問答に?
僕はふと曽根ちゃんに尋ねた。
「あの、先生。村瀬から結城布結花の話は聞いていませんか?」
「え……結城布結花……ああ、あの結城か。いや、その話は聞いていないな。あの子の行方も結局分からないまま、今になってしまったな」
曽根ちゃんはそう言って、溜息をついた。
この人も布結花ちゃんがいなくなったときには、僕等と一緒になって必死に探してくれたっけ。
「そうですか」
「その結城と、さっきの俺の話、何か関係あるのか?」
「いや、今のところは何とも……ただ、あいつに関係ありそうな情報は片っ端から聞くつもりです」
「そうか。ああ、そうそう。それで頼まれていた教職員の名簿と生徒の名簿だ」
曽根ちゃんは、机の引き出しから茶封筒を取り出し、それをカオルに手渡した。
「ありがとうございます。先生、それで村瀬について話したいことがあるという生徒がいるって言っていましたよね?」
カオルの言葉に、曽根ちゃんは机に肘を突きほおづえをついて、ややげんなりした表情で頷いた。
「ああ……一応ね。ただ、あんまり参考にはならんと思うぞ。本人たちの思い込みってのもあるからな」
3年2組の教室で、その生徒は待っているって聞いたので僕とカオルはそこへ向かうことにした。職員室の真上、三階にあるその教室は、かつて僕とカオルも一緒に学んでいた場所でもある。
教室にはいると生徒が二人、一人は一番前の真ん中の机に脚を組んで座っていて、一人はその後ろの席にちゃんと椅子に座っている。
机に座っている女の子は見るからに派手だ。
昔と変わらない紺のブレザーに赤いチェックのスカートは、かなり短い。もう少しでパンツが見えそうな際どさだ。大きな丸い目に、ぱちぱちにマスカラで固めた長い睫。肩まで長い髪もふんわりカールしていて、見るからにギャルだ。
もう一人は凄く対照的だ。三つ編みに眼鏡。僕と同じ黒縁眼鏡だ。
一重の切れ長の目に、真一文字に結ばれた口。鼻筋は通っていて……ありゃ、よく見たら結構美人かも!?
「嘘!?もしかして先生が言っていた刑事さん!?」
ギャルの方がカオルを見て、目と口を丸くして声を上げた。
「ああ、そうだけど」
「ヤダ、超格好良くない?嘘ー!!」
机からぴょんと立ち上がり、足早にカオルに歩み寄るギャル。
カオルが苦笑しながら、その肩に軽く手を置く。
「村瀬先生について話があるってのは君たちかな?」
うわぁ~、カオルってば優しい笑顔!少女漫画の主人公を思わせる柔らかな笑みだ。
そんな笑顔僕に向けてくれたことはなかったな。昔は大きな口開けて笑っていたし。
まぁ、僕に今更王子様スマイル、向けられてもちょっとキモいか。
「ええ~、でも類友って奴?格好いい人には格好いい友達がくっついてくんのかなぁ」
ギャル風の女の子は、質問が耳に入っていなかったらしい。
神様いお祈りするみたいに手を組んで、ぽーっとしたみたいにカオルを見上げている。
カオルの問いに答えたのは、三つ編みをした子だった。
「はい。私達です……私はクラス委員の絵沢皐といいます」
「あたしは和田美歩。ヨロシクね」
カールの髪を耳に掛けながらギャルの方も名乗った。
皐が少し上目遣いでカオルに尋ねる。
「あの刑事さん、村瀬先生はの死は自殺と警察は見ているって聞いたのですが」
「ああ、警察はそういう見解になりつつあるな」
「そう……ですか」
皐は俯いて唇をかんだ。
「嘘よ!絶対嘘!!ちょっと聴いてよ、刑事さん!!」
声を上げたのは、和田美歩だった。
彼女は大きな目を見開いて、カオルの胸倉を両手で掴んだ。
「先生が自殺したなんてあり得ないもん!」
「何故、そう思うんだい?」
カオルの口調はあくまで優しく紳士的だ。
「あたし学校全然行ってなくて、渋谷で男待っていた時に、先生に見つかって超怒られて……でも本気で心配してくれてんのが分かって」
言いながら美歩の目に涙が溢れる。
「それからあたし、嫌でも学校行くようになったんだ。そしたら、結構学校にも馬が合う友達がいてさ。皐もけっこう話してると面白いし」
対照的なスタイルの友人の方に目をやりながら美歩は言う。
皐も泣きそうな顔になりながらも、必死に堪えて、美歩を見ていた。
「勉強も頑張ったんだよ……皐にも教えて貰ったりして……学校で二番になった時、先生スゴク喜んでくれたんだ。あたしのこと自分みたいに喜んでいた先生が、自殺するなんて、絶対考えられない!!」
そう言って両手で顔を覆う美歩の肩に皐が手を置いた。
スゴイ対照的な二人だけど、仲がいいんだな。
彼女もまた目に涙を浮かべるモノの、毅然とした眼差しでこちらを見ていった。
「私も親の離婚問題で悩んでいた時に、先生がとても親身になって相談に乗ってくれたんです。一緒に親を説得してくれたこともあったんですよ。でも結局両親は離婚してしまいましたけど……でも先生が一生懸命になってくれたのが私、凄く嬉しくて」
皐は言いながら頬を紅潮させる。
ああ、この子もアキに恋をしていたんだろうな。
こんな綺麗な子の恋心までものにするなんて。
アイツは幸せものだったんだな。
「結局母親と二人で暮らすことになったんですけど、お父さんとも時々会う約束をしたって言ったら、先生はとても安心してくれました。それから、私や美歩は何かと先生にかまうようになって……」
彼女はその時、軽く苦笑して美歩の方を見た。
「私達、仲良くしてましたけど、先生を取り合うライバルでもあったんです。どっちが先に先生を振り向かせるかとか言って。私は美歩ほど積極的じゃなかったし、美人でもないし、もう最初から勝てないと思っていたんですけど」
「嘘!あんた、あたしが先生にコクって断られたの知って、即自分もコクったじゃないの!」
涙を拭かないまま、顔を上げて反論をする美歩に、皐は少し目を反らして引きつった笑みを浮かべる。
「まぁ……美歩が当たって砕けたのを見て、私も当たってみようかなぁって思ったのよ。それで砕けても、少なくともあんたには笑われないし。いいじゃん、結局私も振られたんだし」
「自分がいかにも消極的なように言わないでよ。あんな格好いい人だから、あたし達以外の人達も何人も告白したんだけど、先生、みんな断っていたんだよね」
美歩の言葉に、皐も頷いた。
「……先生、この前話してくれました。凄く好きな人がいたって。でもその人は自分のことを恋愛対象には見ていなかったから、諦めるのに時間がかかったって」
「先生、本当にその人のこと諦められたのかな」
「どうかな。私、聞いちゃったんだ……先生が無意識に言った言葉」
皐の言葉は、美歩も初耳だったらしい。
ぎょっとして彼女の方を見て、両肩をがしっとつかむ。
「そ、そんな話聞いてないわよ!なんであたしに教えてくれなかったのよ!?」
「だって、美歩ショック受けるかと思って。私もかなりショックで、なかなか口にすら出せなかったのよ?」
僕は息を飲んだ。
美歩は皐の肩を掴んだまま、一度唾を飲んで、極力平静を保った声で問いかけた。
「何……先生、なんか言っていたの」
皐はやや視線を下にやり、それこそ呟くような小声で、言ったのであった。
「決して許されない恋をした……って」




