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白い蒲公英  作者: 真
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プロローグ

この話は六葉館というサイトにも掲載しています


アキから手紙が来た。 

何年ぶりだろうか。

 ケンカ別れして、それきりだったから、携帯の番号もお互い知らなかったし、メールのやりとり も皆無だった。


 村瀬暢秋むらせのぶあき


 差出人の名前を見たとき、どきりと胸が高鳴った。

 オーディションの合格通知を貰った時でも、こんなにどきどきはしなかった。

 僕は、震えた手で、アパートのポストから手紙を手に取り、すぐさま手紙を開封する。

 部屋に戻るまでの時間も、もどかしかったのだ。

 手紙の文字は、アキらしい丁寧な楷書だ。

 決して上手な字ではないけど、彼の字が好きだった。


 


 『しばらくぶりだね。本当にしばらく過ぎて、俺も何から書いていいか迷っている。

 ああ、そうだ。まずは千秋楽お疲れ様。

 高校時代よりもさらに演技に磨きがかかったみたいだね。

 やはり君は、役者になるべく生まれたのだろう。

 舞台の上に立つ君を見ていたときから、それはよく分かっていた。

 高校の頃から、君は際だって輝いていたから。

 それなのに、俺はあやうくそんな君の才能を潰す所だった。

 ずっと後悔していた。

 君があの世界でしか生きられない、と分かっていながら、俺は君が役者になることを 止めようとしていたことを』

 

 僕は一度息をついて、二枚目の便せんをめくった。

 そこにはあいつの思いが綴られていた。

 真摯なあいつの思いが。

 あいつは僕が役者になることを反対していた。

 役者なんか食えない、成功する人間は一握りしかしないと言って。

 僕らはそれで大げんかになって……それきりになったんだ。

 文章の最後は


『今度、会えないだろうか?

 千秋楽も終わって、少しは時間もあるかなって思ったのだけど……ううん、格好つけて書いても気持ち が半分しか伝わらないな、これじゃ。

 君に会いたい。本当に会いたいんだ。

 色々話したいことがあるんだ。

 薫や夕紀のこと……それに布結花ふゆかのことも』

 



 僕はそこで、手紙を読むのを止め、部屋に戻るべく歩き出した。

 『布結花』

 その名前に胸が鷲掴みにされるような思いであった。

 思い出すのは彼女が嬉しそうに、白い蒲公英の写真を見せてくれた時のことだ。

 学校中誰もが彼女に憧れた。

 僕だってそうだった。

 彼女に片思いしていた、男子の一人だったのだ。

 そんな美少女が、ある日突然行方不明になった。

 未だに消息がつかめない彼女について、もしかしたら何か分かったことがあったのか。

 手紙を読んだその日、僕はなかなか眠ることが出来なかった。

 アキに会えるかもしれない。

 ベッドの上、寝転がりながら手紙を見つめる。

 どんな言葉をかけたらいいのか。いや、その前にどんな顔をしたらいいのか。それに布結花 ちゃんのことも気になった。

 高校時代は何でも分かり合える親友だった。

 自分とアキと、それからカオル。

 三人で馬鹿な話もしたし、真剣な話もした。

 お互いの悩みや、エッチな話や。

 それに布結花ちゃんと、その友達であった夕紀ちゃんも交えて、五人で海へ行ったり、キャン プに行ったりもした。

 そんな楽しい日々が高校の間はずっと続くのだと思っていた。

 現実は三年生になったら受験生。だんだんそうもいかなくなったのだろうけど、まさか、あんな 形で途切れることになるとは思わなかった。

 ある日、突然前触れもなく消えた布結花ちゃん。

 彼女の両親はすぐに捜索願を出したけど、未だに見つからずにいる。

 僕たちももちろん、布結花ちゃんが行きそうな場所、思い当たる場所を全て当たった。 だ が、彼女は見つからず。

 受験生になり、勉強に専念しなければならなくなったカオルや夕紀ちゃんは、布結花ちゃんの 捜索がままならなくなった。アキはそれでも塾の帰りなどに色々な情報を集めていたようだっ た。

 僕は、その年出来たばかりの劇団に入団した。

 学校を辞めるといって反対したのは、両親よりもむしろアキだった。

 新設したばかりの小劇団などに入って、食べていけるわけがない。

 ただでさえ役者で食べていける人間は限られている。

 アキの言うことはいちいち正しかった。

 自分のことを心配して言ってくれているのも、よく分かる。

 けれども、正しいと分かっていても譲ることができない時もあるのだ。

 結局大喧嘩した結果、僕は学校を自主退学し、役者への道を歩み出したのであった。

アキも、カオルも、夕紀ちゃんも。

 その後大学へ進学していった。それからどうなったのかは僕も聞いていなかった。

 時々携帯でのやりとりをしていたカオルとも、ここ数年連絡をとっていない。就職して以来、い や厳密に言うと就職試験以来、こちらからの連絡は控えており、なんとなくそのまんま音沙汰 無しといった具合になった。

 そんなことを考えている内に、とろとろと意識が遠くなっていった。




 何故か真っ暗闇の中、僕はぽつんと立っていた。

 誰もいない、何もない虚空。

 キャンバスに黒一面ぬったような空間だった。

「イチくん……」

 イチ?

 ああ……僕の高校時代のあだ名だ。

 名字が市藤いちとうだったからイチ。

「イチくん……」

 もう一度、僕の名を呼ぶ声。

 聞き覚えのある声だ。

 とっても澄んで可憐な声。

 この声は、そうだ、思い出した!

 忘れもしない初恋の人の声。

 合唱部だった彼女は、歌もそれはそれは透き通るような声だった。

 振り返ると、黒のキャンバスの中に白い光をみたような気がした。

「ふ、布結花ちゃん……」

 結城布結花ゆうきふゆか

 ああ、やっぱり。

 声の主、布結花ちゃんはにっこりと笑う。

 僕はどきりと胸を高鳴らす。

 やはりいつみても彼女の笑顔は魅力的だ。

 何とも言えない愛らさが、そこにはあった。

 彼女の手には白い蒲公英の花束。

「布結花ちゃん、それ」

「うん。イチ君がくれたもの。もうこんなにたくさん増えたのよ」

 白い蒲公英の花は、闇の中異様なほど真っ白に映えていた。

 僕は目を見張る。

 蒲公英はやがて、つぼみのように花を閉じた。

 そして再び開いたときには、それは綿毛となって空へ飛んだ。

「綺麗でしょ?イチ君」

 くすくすくすくす、彼女の鈴の音を鳴らしたような笑声が空間に響き渡る。

 白い綿毛は、闇の中光る灯火のようにもみえた。

 ふわりふわり舞う白い灯火。

 しかし、次第に増えてゆく綿毛の異様な多さに、僕は訝しげに布結花の方を見た。

「……!?」

 なんと布結花ちゃんの手足もまた綿毛となって、次第にその姿を消そうとしているのだ。

 くすくす、くすくす笑う布結花ちゃん。

「ちょ、ちょっと待って!!」

 叫び声もむなしく、布結花ちゃんの姿は全部綿毛に変わって、闇の空間を漂うことになる。



「布結花ちゃん!!」



 叫び声と共に、僕はベッドから飛び起きた。

 じっとりと身体が汗で湿っている。

(ゆ……夢か)

 安堵の吐息か、あるいは疲労の吐息か。

 何度か肩で息をして、額の汗をぬぐった僕は、ベッドの傍らの目覚まし時計を見た。

 午前10時。

 久々の遅起き。

 僕は頭を軽く横に振ってから、ベッドから起きあがる。

 のろのろとした足取りで、洗面所に向かう。

 鏡を見ると……うわ、我が顔ながら不気味。

 顔を覆うくらいに伸びきった前髪の隙間から、ぎょろっとした目が二つ。

 顔も青白いし。目の隈もひどいや。

 少し寝不足になっただけで、出てくるこの隈だけはどうにもならない。

 僕は顔を洗ってから、居間に戻りコタツ机の前に腰を下ろした。

 机の上には空になった缶ビールと、アキからの手紙。

 僕はそれを読むこともなく、じっと見つめていた。

 アキの字を見ているだけで、胸が熱くなりそうだった。

 その時。

 寝室の方から携帯が鳴っているのに気付き、僕は立ち上がった。

 誰だろうか?

 劇団からの呼び出しだろうか?

 僕はベッドの上、枕の傍らに置いてある携帯電話を取り、ディスプレイを見る。

 その名前を見て、驚いた。

 丹生薫にうかおる

 高校時代の友達だ。

 アキからの手紙が来た翌日に、カオルからの電話。

 一体……。

「もしもし?」

『イチ、久しぶりやな』

「ホント、久しぶり!うわー、カオルの声だ」

『そんな嬉しそうな声されると照れるわ』

 カオルはおどけたように言った。

 あはは、何か変わっていないな。その口調。

 ころっと太った体格で、ひょうきんな性格だった薫。

 高校時代は芸人になるとか言っていたけど、卒業後はその考えを改め、公務員になったとい う。しかも芸人とは180度違う警察官だ。

 今はどっかの署の捜査一課にいるとか聞いていたけど。

「どうしたの?急に電話なんかしてきて」

『あ…………いや、自分。あいつのこと聞いているか?』

「あいつ?」

『アキのこと』

「アキ?アキといえばさ、今日、手紙が来たんだ。僕に会いたいって書いていた」

『な……っ!?、おい、それホンマか!?』

 何故か酷く驚いた声でカオルは言った。

「うん。その手紙が来た翌日に、君からの電話だもん。なんか不思議だな」

 僕のその言葉に。

 カオルは暫く黙っていた。

 何か考え事でもしているのか。

 それとも電波が悪くて向こうの声が聞こえないとか?

 心配になった僕は、声を掛けた。

「どうしたのカオル?」

『イチ……その様子じゃ知らんみたいやな』

「知らないって、何が」

『アキは死んだ』

「え……」

 一瞬。

 僕はカオルが何を言っているのか分からなかった。

 いや、分かっていたんだけど、それが信じられなくて。

 聞き間違いであってくれという願いと共に、僕はもう一度薫に聞き返した。

「カオル、今何て……?」

『イチ、アキは死んだ。昨日海岸で死体が上がった』

 ゆっくりとハッキリと言った薫の言葉に。

 僕は信じられず、首を横に振った。

 手紙には会いたい、と書いていたのに。

「なんで……どうして……」

 声が詰まる。

 アキが死んだなんて、どうしても信じたくなかった。

 だけど、薫はとても淡々とした口調で更に信じられないことを告げた。

『警察は自殺と見ている。遺書も見つかっとる』

 嘘だ!

 僕はその時力一杯声に出したかったけど、出せなかった。

 

 会いたいんだ。


 あの手紙に書いてあったことが嘘だというのか!?

 僕は何度も首を振る。

 カオルが受話器の向こうで何かを言っていたけど、全然聞こえなかった。

 自殺だなんてあり得ない。

 そうだったら、僕にこの手紙送るわけないじゃないか。

 絶対何かの間違いだ!!

 だけど、そんなことよりも。

 一番信じたくなかった事は。

 アキが死んでしまった事だった。


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