resolve!?
知らない彼女ーーーーバイオレットに担がれ幾ら程歩いただろうか。
ともかく動ける状況下では無いのは確かだった。が、周囲の情報を確認することは出来た。
まず分かるのが皮膚から感じるヒヤリとした空気だ。
会話が無いというのもあってか、余計に寒く感じられる。
しかし、その冷感も彼女から伝う微かな熱と、廊下に五メートル感覚で設置されている木につけられた柔らかい灯火のお陰で幾らかましだ。
「なぁ、お前ゼノヴィアって奴知らないか?」
突然、聞きたくなった。特に理由は無いが、聞かないままいるのは何かが突っ掛かり気持ちが悪い。
返ってきたのは空白の間。一瞬、こちらを向いたがすぐに前に向き直す。知らない、という事なのだろうか。今はそういう事にしておこう。
敷かれた真紅のカーペットは限り無く続いていく。左右に流れる扉の数数は飾り気の無いものばかりで流石に倦怠を覚える。
そして理由は定かでは無いが、時を同じくして無言の圧力というものを感じた。
「あら、そんなに怖がらなくてもいいのに」
急に発したそれは須臾にして無言の圧力を顕在化した圧力へと変え、自身へ降り注ぐ。
「いや怖いだろ......こっちは急に殴られたんだからよ」
耐えきれない。どう持ちこたえたとしても持たない。彼女の圧力は一時的では無く、半永久的な物で精神面にもダメージを容赦なく与える。
「ごめんごめん」
「ホントだよ......って」
レイジは普段の狐のような目を丸くする。今まで長らく感じていた束縛感というものが紐がするりとほどけるように、チョコが溶けるように消えていく。
僅かに微笑んだ彼女の横顔は余りに綺麗で可憐で何処と無くアイツに似ていて。
頭にしがみついて離れること拒み続けるのはゼノヴィアなのだろうか。それとも俺なのだろうか。余りに凝縮して訪れたイベントに未だに整理が追い付かない。
そんな雲の様な、しかし触れる何かを体が求めていた時、右斜め前方に中途半端に開けられ扉から独特の光が溢れ出していた。それにバイオレットも気付いたのかその場に立ち止まった。
「絶対に喋らないで」
そう言って、右側の壁に近寄り腰を下ろす。そうして何歩か進み耳を傾けた。
「王女討伐が決まったらしい」
第一声で均衡を失する事となった。
「王女はまだ14歳だぞ......私の娘の同い年だよ。不幸すぎる」
「14歳ッ!?」
思わず反応してしまった。中々に大きい声を出してしまい、今更ながら後悔している。懺悔をする暇も無くバイオレットはレイジの口元を手で覆い被せる。
「そこに誰か居るのか!?」
「気付かれた。手間をとらせやがって......逃げるぞ」
電光が走るほどに短く速く打ち付けられた舌は速度とは裏腹に確りと脳に焼き付いた。
「何でバレちゃ不味いんだよ!? お前、組織の人間だろ!?」
「煩い!! 私だって色々とあんのよ! それも含めて後で説明するからとりあえず黙ってて!」
「分かった......つかバイオレットさん?」
「今度は何よ!?」
レイジは青ざめた顔をしながら廊下を曲がってすぐに有る扉の一つを指差す。
「な、な、なんでお前の足におっさん付いてんだよ!?」
全力疾走の中、目を一瞬だけやり確認する。が、返ってきた答えは想定外だった。
「何でこんなときにそんなジョークが言えるわけ」
「いやいやいやいやいやいやいやいやいや嘘じゃねぇよ。いったってマジだから!」
何度も首を横に振り事を伝えようとするが、どうやら彼女には、全身厳つい真顔変態セクハラ野郎が見えないらしい。
「もう着くわよ!」
「いや、どこにだよ!」
音からして重い扉が見た感じ日本の女子高生位の年齢の女性が軽々と開けてしまった。しかも片手で。
それに驚いていると“ボトンッ”と音と痛みを伴いながら雑に放り出され落ちた場所は神秘的だった。
今、俺がいるのが階段の最上ということになる。段差の高低さは差ほども無く、両脇には長椅子が、見る限り続いている。
「ーーーー」
言葉が出なかった。喉元で美しさや驚きとかいった感情が溢れて詰まり、閉塞感で悶えそうだ。
レイジの視線上にあるのは小さな城、否、大聖堂だ。中央にあるのはラテン十字架に架けられた者、その両隣には真っ白なローブに身を包んだ貴婦人が二名。
そのまた更に両隣には二人ずつ神のような佇まいでそこにいる。
驚くのはそれだけではない。その奥に描かれた青天だ。実際の物に劣らないリアリティーに若干引けてくる。その青天に浮かぶ二体の途轍も無く大きい大天使。今にも動き出し舞をしそうな体勢。
この聖堂、良点を挙げればきりがない。緻密に設計され建築、又は描かれたものにはどれも生きていた。写真や映像では伝わらないのは確定である。
「綺麗だな!? お前もそう思うだろ?」
「言うことはそれだけ? なら始めるわよ」
いつの間に呼吸も正常に戻っており、返答をする間も無く彼女が始めたのは“詠う事”であった。
修道服に身を包みながら両手を胸の前で交差させる彼女はあの聖母マリアを彷彿とさせる。声高らかに詠い、唄い、歌い、謡い、謳う。
音波が聖堂内に当たり、跳ね返り、重なり厚みのあるしっとりとしたそれは最早、人間技ではない。
聖堂の燭台の上の蝋燭はそれに合わして踊りだす。まるで彼女の体の一部の様に全体は彼女に答える。
この世界に来てからまだ数時間。言語の壁は不思議にも自分自身と何かを隔てる事無く進んできた。ここに来てぶち当たる言語の壁。
歌詞の内容を理解できないのだ。
が、俺はさも必然の様に繰り返されるパートを口ずさんでいた。
中学の時に習った事がある。音楽には人を変え、動かす力があると。社会的問題に対した問題提起することも。
そんなことを思い出しながら俺は横目で彼女を見る。その目には大粒の真珠が溜まって美しく輝く。そのシルエット、そして泣く姿、輪郭、髪色、どこを取っても彼女になってしまう。
ここに来て浄化されたにも関わらず溢れ出てくる純粋物質。
もし、この彼女ーーーーバイオレットがゼノヴィアだった場合どうなるのだろうか。未だに詠っている最中、その容姿を見つめながら思うーーーー
ーーーー俺はきっと死んでしまうと。この思いが。この外道の集まりにいるのだとしたら何の為に。そして何が為に戦い、恐れられているのだろうか。
前の希望的観測のように彼女が嫌悪感を覚えていないという点では良いがーー無いと思いたい。たかがほんの少し会って話して接吻をしたぐらいで何が分かるのかと言われたら分からない。
でもゼノヴィアがそんなことをしないのは分かっている。人の苦しみを自分に付与して、泣いて肯定してくれる。笑い産んでくれる。
優しさを持った彼女にこんなことが出来るわけがない。ただ、俺はこの世界をいやそんなに高望みはしない。
ーーーー瞬間、音楽は可能性を越えた。
真珠の首輪が弾け飛ぶ様に何かを吹き飛ばし、空気を介して脳へと託けられる。
“もう止めて。貴方が泣くと、皆が悲しむ。
あぁ神よ。私に、この世界に愛を。
欲の無い貴方が、欲の有る私に何を求めるの?
それが笑顔だと気付いた時、貴方はもう居ないのね。
今、私が笑ったら貴方は消えてしまう。それでも笑わないと貴方は行けないのでしょ?
私は、笑うわ。貴方の為にも。そして泣くわ。私の為に。
あぁ神よ。願わくは彼に笑いを。
私が逝くまでそこに居て、今度は私に笑顔をくださいね。
愛してる。それを伝えにーーーー”
若くして死んだ母親。この年になるまで男手一人で育ててくれた父親。重ねようと思ってしたのではない。不覚にも重ねてしまったのだ。
止まらなかった。溢れ落ちるそれはとてもとても温かくて、胸が締め付けられた。
孤独に襲われたオヤジはきっとこう思った筈だ。
『何かが変わってほしい。ひっくり返って大切なものを取り返したい』と。
それを読み取ったと同時にレイジは唇を噛み締めた。自分の胸ぐらを掴んで大きく息を吸う。
「バイオレットッ!! 俺はお前がこの組織の偉い奴だろうと強い奴だろうと知ったことじゃねぇ」
詠うことを止め、こちらに振り返る。
「俺はゼノヴィアを守る! 死んでも守る!」
過呼吸になりながらもレイジは続けた。
「きっとアイツ無しじゃ生きてけない......それに死んだオヤジにも面向かって花束添えらんねぇ。だから、だからッ! 絶対にアイツを助け出すッ!」
聖堂の中に響き渡る息の荒ぶり。飾られた大天使二人もこれには息を飲んで見守っている。
そしてバイオレット。しばらく此方を見つめた後、前へと向き直す。目の前に有った手摺に肘を乗せて掌を頬へとつける。
「あっそ」
たった其だけの言葉だったが彼女の微笑みはレイジに安心と喜びを与えた。
更新遅れてスミマセン!
もう更新できないかなって感じです。一応受験なので......年内最後かな? 機会があったらかきますけども。すぐ帰ってくるんでヨロシク!
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