Vantage!?
ふと我に帰る。ゆっくりと瞼は開き、慣れない光に何回かにわたって閉じたり開いたりを繰り返している。
(確か俺は......)
「お母さんあの人だぁれ?」
どぉれぇ? 優しく返事をする母親はとその子は、前の座席にいる親子だ。そして右側に広がる街並みと草花。この二つで理解した、ここは現実世界なのだと。
(夢......だったのか? にしてはやけに)
鮮明に覚えているのである。夢であれば良いところで起きて続きが見れなかったり、合間合間が抜けて思い出せないのが普通であるのだが今回は違う。
その時の温度、湿度、香気、雰囲気、触れていた物の質感、そしてーーーー
「あそこにいるしろいろのかみのひと」
そう言って男の子が指した先の野原に立っているのは白髪のセミロング。
「ゼノヴィア!?」
突然立ち上がり、発せられた雄叫びとも捉えられるその声は車内に行き渡り乗客は勿論のこと、ウェイトレスまでもが此方を覗きこみ唖然としている。
ただ、隣の乗客に限ってはその品格の高いスーツに珈琲を溢し慌てていた。
俺は目の合った大体の人に軽く頭を下げた後、再び席に体重を預ける。
(ーーーー居るわけ......ねぇよな)
落胆するレイジ。そう彼は覚えていたのだ。
ゼノヴィアの事を。
そして彼女はこう言った。いつかまた会えると。願えば会えると。
一瞬、こんな端的な考えが浮かぶ。
ーートンネルで祈れば会えるんじゃないかとーー
「まさか......な。それにきっとろくなことねぇよな、ってか酷い顔」
窓に映る自分の顔を見たレイジは驚く。こんなにも疲れた顔をしていただろうか。出発前までは目の下に隈など一つ無かったのにも関わらず今となっては影が際立っている。苦笑を漏らしてしまう程にだ。
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薔薇十字の騎士、青薔薇の指揮官、大司教、大審問長官、最高大総監。
左から並べられた5枚の札を見て俺は息を飲み込む。
声を出して抵抗することも、拳で抵抗することも叶いはしない。手足はざらついた縄で厳重に結ばれ、口内には何かを挟まれている。
高潔な机に囲まれ、そしてその周りに座る明らかに格式の高い人々。誰一人としてその目を温かみで埋めることは無い。冷徹、且つ、残忍なそれと目が合うと無意識に、
ーーっ!?ーー
と、引きつってしまう。
「起きたかーーーーおい、外してやれ」
口を開いたのは右から二番目に位置している『大審問長官』だ。
見える限り全部を黒で仕上げられた服を着ており、長く伸びた髭と髪は対称的に白い。強張った表情に息を飲む。
そして、レイジの後ろで槍を持ち立っていた兵士は短く、「はっ」と言ってからこちらへと向かってくる。
瞬間、口の中に有った異物は無くなり、体の周囲に巻き付いていた縄もなくなる。体は酸素を求め、故に息が荒くなる。
「一つ彼に尋ねても宜しいですかね最高大総監殿」
レイジの呼吸などには目もくれず、尋問を開始しようとする、赤薔薇十字の騎士。白と赤を基調とした軍服に整った顔立ち。髪は赤色に染まっている。貴公子といったイメージだろうか、それほどに高潔である。
「構わん」
その問いに答えた、『最高大総監』。
俺は今まで生きてきた中でこんなにも人を恐怖の底に落とした許可を聞いたことがない。
歳は中年程で顎髭と髪は真っ黒だ。パッと見ただけで分かる筋肉の重厚感。それらは、はち切れんばかりに張りつめられ、威厳さを余すこと無く発揮している。
「では一つ貴殿にお聞きしたい事があります」
繰り返し渇く喉を潤そうと幾度も唾液が喉元を通る。
彼の少し微笑みながら話すそれにはどのような意味が込められているのだろうか、どちらにしろ返事を返すことが出来なかった。
「君はここがどのような場所か知って来たのかい? それでなかった場合ーーーー」
「おめぇさんがそれ言うのかよ」
割って入ってきた声は喧嘩腰で、そこには威厳さも気品の高さも皆無だ。ーー青薔薇の指揮官。指揮官らしさの欠けているというのが初見の感想だ。
青薔薇とだけあって、髪は青く、服は赤薔薇の赤の部分が青に変わった物だ。
が、髪は整えられておらず服には皺が目立っている。
「それはどういうこと事かな」
これまで崩すことの無かった朗らかな表情にほんの僅かではあるがヒビが入る。
「おいおい忘れたのか? おめぇも知らないで入ってきただろうが。それにまだ理解してねぇよなこの組織についてよぉ、おらぁ知ってるぜ? 作戦の度に対象者を逃がしてること」
向けられていた目が自分の物で無くなったのが分かった。
(おいおいマジかよ......良く分かんねぇけど、こいつ偉い奴だろ)
そう思ったのと同時に聞こえてきた色気のあるトロッとした声だった。
「あらあら、リーンちゃん本当? 後でお仕置きだからね?」
うふふと奇妙な含み笑いをして事は終わったかのように思えたが、当然、彼が黙っている訳も無かった。
「最高大総監殿どうされますか? 火炙りに、いや是非とも私にーーーー」
「黙れ」
有頂天になった所を銃弾のような一点に集まった圧力で押し潰す。短く、且つ、一文字一文字が明確に聞こえる単語に言われた張本人は勿論の事、後ろに見張りとして立っている者、そして自分自身も震え上がる。
「今大事なのはこの来客の目的だ。論点を逸らすな」
「失礼しました」
詫びている姿に、隣の席に座っている赤髪も安堵していた。
しかし、それと時を同じくしてレイジは絶望を感じる。
それは、せっかく逸らしてくれた論点がまた自分へと戻ってしまった事に対してだ。
ここで初めて発声する。
「いや、あのその......えっと」
情けない。非常に情けない。おどろおどろとした返事を返し、さらに疑心を増幅させてしまう。
(やばいやばい殺される......! 探せ、探せ何か関係のあること......)
舐めるように目線だけで部屋の隅から隅まで延命への糸口を探す。軽く、死を覚悟した時にーーーー
“ガタンッ”
それは唐突に響き渡る。目の前にいる五人の目が見開いたのが分かった。
「とんだ御無礼、お許し下さい! 只今、隣国の王女から通達が!」
「読み上げろ」
命令した最高大総監は表情一つ変えず佇んでいる。
言われた兵士は『はいッ』と短く返事をしてから封筒から手紙を取り出した。
「私は殺してくれて構いません。ですが国民に手を出さないことを約束してください。とのことです」
「分かった。その件は後ほど私が手紙を書いておく、もう出ていけ」
「ハッ、最高大総監様」
さて、と一呼吸置いた赤髪は此方に向き直す。
「理由をお聞かせ願います。最悪の場合僕と同じ判決が下るかも分かりません」
ここでふと、夢か現実かあやふやなあの出来事、その中の会話やその他諸々が繋がる。
まず、あの現象ーーーー例のゼノヴィアと居た時の心臓殺し。解いて納得するまでは辿り着いていないが八割方、現実ではない。
二つ目に彼女、ゼノヴィアに勧誘された仕事。そして、明らかにその仕事に対しての嫌悪感を覚えていたことだ。
最後に、先程の手紙。隣国の王女を殺すといった内容。二つ目の嫌悪感がこういったものから来ているのであれば希望的観測にはなってしまうが彼女がここに居る可能性は否めない。
「俺は、俺はここに働きに来た」
「ほぉう」
珍しく食い付いてくる大審問長官。
「ここで働いてトップになるぐらい貢献して活躍してやるつもりだ」
勿論、虚偽である。しかし、これこそがこの場を切り抜ける最優先すべき事項なのだ。
「大総監殿、二人目......ですな」
大審問長官は何故か笑顔だ。機嫌をとれて心に余裕が生まれたレイジであったが、ここで表情に亀裂を入れれば容易に崩れ落ちる。
「そうだな......分かった、人数はどちらにせよ多い方がいい。貴殿の意見は尊重しよう、しかし成果が伴わなかった場合は首が飛ぶことになるがいいかな」
「何卒宜しくお願い致します!」
もう一度言うが、これは本心ではない。真っ平な嘘だ。
「基本はこれから行う研修で分かる。指導担当はバイオレットを任命する」
それを聞いた、レイジ以外の人間が皆、驚嘆の声を漏らす。何に驚いているのかも解らないまま、聞こえてきたのは笑い声だ。
「おい聞いたか赤薔薇、あいつ明日には死んでるんじゃねぇのか?」
腹を抱えながら此方に対して笑っている。青薔薇のお前はもう死んでいる的発言は嘘だと思いたいが、彼以外一人として笑っていない。寧ろ、静まり返り閑散としていた。
「バイオレット......ですか? この子にはあれはまだ早すぎますよ!?」
「貴様は本当に首から上を失いたいのか?」
と、大審問長官。
俺の事を庇おうとしてくれた赤髪はあっけなく墜落。
最早、彼に残された道はそれしかない。
が、かといって其れが悪い方向だけとは限らない。現状が全く理解できない中や殺されかけている絶望的状況でも、神は変わらず悪戯をすれば、今度は慈悲をかける。何とも抽象的で分かりにくい。
例えばこう考えよう。きっとその担当がお偉いさんだと。そしたら任務に支障がでる。それを恐れての先程の発言であったと。
万事解決、イエスかハイかの選択だけーーーー
“ガタンッ”
本日二度目の騒音。先程の音よりも濃密に、そして荒々しく入ってきたのはーーーー
「えぇどうも皆さん。お集まりのとこ邪魔してすみません......新人調教のお仕事に参りました」
そう言うのと同時に鳩尾に激しい痛みが襲い、吊られているシャンデリアの光が点いたり消えたりーーーー
(いてぇよ......)
「では、サヨウナラ」
横たわるレイジを小さい体の使える部分を総動員し、右肩に担ぐーーーー
右に揺れ、左に揺れ、上下に揺られるのとぼんやりではあるが声が伝わる。そして、レイジは理解した。
ーーーーイレギュラーは必然なのだと。
もどかしさを押さえるんだ皆。まだまだ進むの遅くてすみません。
楽しんでくれるとうれしいです。
活動報告も御一読ください。宜しくお願い致します