Alive!?
いや待て体験? 何のだ? 疚しい事か?
そんなわけ無いか。
「あの、今軽く流しちゃったけど、体験って?」
「私の仕事っていうか何て言うか......」
彼女は仕事と言った後、顔を横に流しどこか悲しげである。
問いはしなかったもののそれは彼女に伝わる。
「まぁ、それは気にしなくて良いからさ! ね?そりよりさっきの飲み物何?」
それは無理矢理明るく振る舞うことだ。
答えはしなかったもののそれは俺に伝わる。
「無理しなくてもいいんだぜ?」
一瞬、彼女の動きが止まる。
「無理なんかしてないわよ? 私は偶々あんたに会って、ちょっと好い人だったからお仕事のお誘いしただけじゃない。ね? 違う?」
綺麗で艶めいた白髪でセミロング、さらには美女ときた。正直惚れた。それは会った時から思っていた事であった。ただ、些細な事ではあるのだが気になることがある。それは“癖”だ。
長らく彼女は髪を触っている。これは『優しい言葉をかけて欲しい』、『誰かに親身になって欲しい』、『悔やんでいることがある』そんな性格であったと本で見たことがある。
「仕事、それってやってて楽しいか?」
気遣って質問したつもりだがそれに答えは返ってこず代わりと言っては何だが沈黙が訪れる。
(また変なこと言ったか? 何でこんなにテンション上下すんのこいつ)
「ーーしーーのーーっちよ......」
下向きでぼそりと呟いたそれは所々拾え、逆に言えば殆ど拾えなかった。
「何て?」
「無理してんのどっちよっ!」
(何でだよ......)
情緒不安定とはまさにこの事だ。怒れば笑い、楽しく話していれば泣く。どれも時として尖りすぎて感情の振幅はあちらこちらへ大蛇行している。
「俺は別にーーーー」
落ち着き、冷えていた脳裏を知っている二人が物凄いスピードで過り消えていく。溶けそうなぐらい熱い。じんわり広がるそれは不快だ。
言葉に出すのはいつも簡単だ。そして言葉は本心を語らない虚偽や妄言でしかない。だから俺は、二人の死を言葉で飾る。
「死ぬのは自然の摂理だから」
これを友人に何度も言って自分を自己暗示で誤魔化す。この言葉をただロボットのように言い続けた俺は、再びロボットへとーーーー
「じゃあ殺されるのも自然の摂理ってわけ!? そんなのワケわかんない。そんなんじゃ駄目なの......あなただってそうよ。そんなに沈んだ心して、痛んで苦しんでる! ホントはあんなところ連れてきたくない......でも行きたいならこうするしか」
何故、こいつは俺を何かから避けようとするのだろうか。さもそこに悪魔が居るかのように。
「さっき会ったばっかのお前に俺の何が分かる」
どうしてだろう。相手が熱い時、俺はどうも冷静になってしまう。故にそれは相手の心を壊す事となる。
「父親を殺した俺の何が分かるっ! どうしたらいいんだよ? なぁ? 自然の摂理だと思いたくもなるだろうがっ!」
俺は言い終わってから気付く。あの時と、同じだと。
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明朝、俺はここまで男手一つで育ててくれた父の生命を絶ち切った。
正確に言えば違うがニュアンス的には俺は間違っては無いと思っている。
ーーーー高校受験まで後三ヶ月。ラストスパートをかける。のが普通の中学生。が、俺は別にかける必要も無かった。模試もA判定、それに加えて高成績。
その虚像に抱き付き離れなかった。思えば模試判定が悪ければこんなことには、何て事も考えるほど愚かな人間へと成長してしまった。
当時、別に惰性が芽生えた訳ではないが、受験勉強は九割していない。
日中は学校へ行き、帰ってくれば自分の部屋でMMORPGゲームを鳥の囀ずりが聞こえてくるまでやった。
そんなある日の夜。普段と何ら変わらない事をしていた部屋に突如異変が。ノック音だ。そのノック音は今も、そしてこれからも脳内でバックグラウンド再生を止めない。
「入るぞレイジ」
レイジ。そう呼んだ彼は十六夜静司。実の父である。逞しい顎髭を生やし眼鏡を掛けたその姿に少し心臓が持ち上がった。
「何だよオヤジ」
「お前勉強はちゃんとしてるのか?」
「してるよ」
手を広げ、背もたれに深く寄り掛かる。
「そうか、ならいい」
あっさりと終わりを告げるドアの締まる音。こってりと絡まりもみくちゃになるのかと思いきや、意外にも早かった。
しかし、本当の長丁場はここからである。朝食を食べに行けば言われ、部屋に戻れば言われ、玄関でも、廊下でも、トイレでも、何もかも。そして決まって「してるよ」と、気だるそうに答えた。
募りに募る苛立ち。耐えに耐えられぬ重圧。
父親と話をしようと俺は決めた。この時に殺そう何て微塵も思ってはいない。むしろ大切にしたかったからこそとった行動である。
ある日の朝。
「オヤジ。話がしたい」
「なんだ? 朝御飯作りたいんだけど......それより勉強はしてるのか?」
俺とオヤジはほぼ同タイミングで食卓の椅子を引く。座り相手の目を見つめ合う。
「それだよ」
ん? とでも言いそうな顔をしているオヤジ。俺はそれを見て髪を後ろへガッと上げて深い溜め息溢す。その溜め息からバトンを受け取り声を発する。
「それなんだよ......俺が言いたいことは」
「いつも会うたび会うたびにそれ言って。もううんざりなんだよ!」
語気を荒らげ勢いよく机を叩く俺にオヤジは少し怯える。
その顎髭と重低音の声は建前かと言いたくなるが、もとよりオヤジは気が弱い。俺は母の方に似たらしく気が強い。そして尖っている。後者は母からの受け継ぎ物ではなく自分のステータスだ。
ーーーー終了。普段ならそうだ。が、今回は食い下がってきたのだ。
「レイジ」
「なんだよ......って何で泣いてるんだよ!?」
名前を呼ばれ、反射的に顔を上げるとそこに有るのは泣き顔一つ。苛立ちや忿懣は何処へやら、たった一つの微々たる変化で心が今にも張り裂けそうになる。
「悪かった。ごめんなレイジ。父さんが悪かったよ。ただこれだけは聞いてくれ、何かひっくり返るような事してみなさい。この言葉は絶対に忘れないでくれ。頼む。これ以上は何も言わない。けど今言った事ができればきっと母さんも喜ぶ。それが例え勉強でもだ」
そう言って立ち上がった父はキッチンへと消えていく。
今まで何回も重複して言われてきた受験関連の事に苛立ちを覚えないのは何故だろうか。俺は不思議な感情を抱きながら自室へと戻る。
ーーーーそして朝飯。目玉焼きにパン。そして野菜。何ら変わらない朝食。
父は近場で不動産屋を経営しており、今日は珍しく早出らしい。
「いただきます」
一口、パンを口に運ぶ。もう一口。噛むと甘い。上手い。しかし不味い。パンが不味い訳では無いのだ。
今朝の残った後味の悪さが消化しきれない。朝の一方的な態度に反省すればするほど最後一言が気になってしまう。観ていたニュースも空虚にしか聞こえない。あるのは、『何かひっくり返るような事してみなさい』だけだ。
そしてこの朝食の目玉焼きに卵の殻が大量に入っていた事に俺は何か不吉な予感がしていた。
時はまた流れ、入試二週間前。あの日、例の言葉を聞いてから俺は軽く勉強を始めた。特に変わり無く進む時計の針。模試判定。成績。
変化を見せたのはオヤジだった。ずっと早出で、朝食には殻が。そして深い深い隈だ。窶れた
顔は凛々しさを一切として感じさせず、鈍さを増している。
その余りに変わり果ててしまった姿に俺は同情して、
「朝御飯、俺が作ろうか?」
「いいや、まだ作れる」
こんな状態になってまで朝御飯を作ってくれる。
(普段、こんなに頑固だったっけ?)
まぁ、オヤジが言うなら。そう思い込んだのが運の尽き。バタンっと激しい音を立て、倒れたのは紛れもなくオヤジである。苦しそうな表情に俺は急いで電話台まで走る。
今まで感じた事の無い震え、寒気が一気に襲い掛かる。思うようにボタンが押せず苦労に苦労を重ねた。五回目位でやっと繋がったのは警察であった。
「救急車来てくださいっ......おおおおオヤジが......」
「落ちついて下さい! 救急車ですね? 住所をお願いします」
「あ、えっとーーーーーーーーーーです。」
有り難い事にもオペレーターは救急の方へと繋いでくれた。朝食を無理矢理俺が変わっていればこの状況にはならなかったのだろうか?
『何かひっくり返るような事してみなさい』
「あ、あぅあぁぁぁうぅうぅあぁっっっっ」
頭蓋骨を叩かれたのではないかというほどの頭痛が急襲する。回避不可なそれは意識を彼方へと葬り去った。
まるで目の前が真っ黒で塗り潰されたキャンバスのようだ。
あぁ、トンネルみたいだ。そう思ってしまったのも運の尽きなのかも知れない。
「ーーーーい」
「おーーーい」
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瞬間、体の筋肉が解放された。柔軟性を失い、細胞をしらみ潰しのように破壊されたお陰で筋肉痛に襲われている。床に倒れているのか出っ張った頬骨が痛い。
「お、おま、え......はぁ、はぁ。お前俺に何した?」
荒い呼吸、筋肉硬化。状況から推測するにこれは最初のやつだろうーーーー彼女と最初に会った時にもなった現象で、その時と条件が酷似、否、一致している。
「あなたのお父さん癌だったんだ。殺してなんか無いじゃん」
「おまえ、何でそれを......?」
この反応は絶対すべき反応と言っていい。会って間もない彼女に自分の嘘を見抜かれ、身内の事を言われ当てられたのだから。
「ごめんね、ちょっと乱暴なやり方何だけどね......」
「やり方はどうでもいいよ......でも知ってるなら話すっ......俺はあの日......きっとあの日に俺が詰め寄ったからっ、オヤジは死んだんだ! おれがあの日、あの時点で殺したんだよ!」
「殺した殺したって、あんたホントの人殺しって知ってんの?」
「俺が当の本人だからな」
現在、彼女は“怒”だ。情けない一人の男の為に怒り、理解し、詰め寄る。
数秒の間が生まれた。
今、思えば彼女は全て俺の事を理解していたのかも知れない。当時の俺は絶対にそんなこと思いもしないだろうが。
「人殺しっていうのはね、自分を殺すことよ」
度々ある、彼女の謎の発言にこの短期間で俺は理解し始めていた。
彼女は黙った俺に吹っ掛けた一言を補足した。
「あんたの心の中にはまだ生きてる言葉がある」
両足を開き右手をすっと差し出しこちらに向ける。凄い何かが血液を高速で移動し、強く打つ鼓動は存在を誇張し軽い吐き気を要した。
「何かひっくり返るような事してみなさい。きっと私とあんたの役に立つ。あんたにその気があるなら私たちは何処まで離れても必ず会える。強く心を持って! 私の名前はゼノヴィア! この腐ったせかーーーー」
瞬間、低い轟が鼓膜を通り音として伝わるーーーートンネルだ。
真っ黒なキャンバスに描かれた一本の希望の花、ゼノヴィア。
俺はきっとアイツに必要とされるし、俺はアイツを必要としなくてはならない。そして成し遂げなければならない。
『何かひっくり返るような事』を。
読んで頂き有り難うございます。評価、感想くれると泣きます。