第七章 俺が本気で怒れない件
雲の上から三日月が見下ろす夜。少年がたった二人、校庭に立っていた。
一人は茶髪に少し白い髪が混じった頭髪、水色の着物を着た侍、もう一人は真っ黒のパーカーから緑がかった白い長髪を垂らし、黒いダボッとしたズボンを履き右手に鞘から抜ききった状態の刀を右手に下げている少年。
「来たな。」
「来たね。」
二人が同時に言うとほぼ同時、紅い閃光を引きながら現れた新たな少年は左の腰に長剣を、右の腰に刀を装備した少年が現れた。服装としてはどこか佐久真と似た井出立ちだろうか。フードを目深に被り俯いているため表情を読み取ることはできない。
「来てくれたんだね、柊太クン…さあ、正々堂々勝負を…」
「何、寝ぼけたこと言ってやがる…」
佐久真の言葉を斬った声は柊太から発せられたものだが明らかに声のトーンが違う。地獄の釜から吹き出すマグマの如き怒りと殺気に満ちている。
呆けた顔をしている佐久真を、フードを外しキッと睨んだ俺は続く言葉をゆっくりと、しかし威圧するように発していく。紅い髪が夜風に吹かれ靡く。
「俺の親友を操って、それどころか魔神まで覚醒させやがって…おまえの勝手事に祐太を巻き込むんじゃねえよ…」
「……」
相変わらず呆けた顔をしていた佐久真だが二秒後、突如、嘲笑しだした。
「ハハハハハ…いやーゴメンゴメン…クハハ…」
だが、その嘲笑も長くは続かず次の瞬間睨まれたのは俺だった。
「じゃあ…俺の親友は死んだけど、それはどうでもいいの…?」
ウッと息を詰まらせて言い返せないのは悔しいが事実だ。佐久真の親友である圭一を自殺に追い込んだのは何を隠そう俺と祐太だ。
「アイツは俺の親友だった…いや、親友だ、今も。だから、オマエにも分からせてやるんだ!友を失う辛さを、そしてどうすることもできなかった自分への怒りを!無力感を!」
腕を大きく広げ胸を張り舞台役者のように言う佐久真を俺はただ睨んでいた。
「なんだ…?その眼は…?まあ良い…このままにらめっこをしていても何も面白くない…そろそろ、僕の人形劇を開演しようじゃないか…行け、祐太!」
佐久真が左手で合図すると祐太がこちらに踏み込んでくる。
―許せ、祐太…無謀な賭けをするこの旧友を…
覚悟を決める。
―何を今更…結構ムチャしてるだろ、オマエ…
祐太がそう言ったのは幻だったのだろうか…
「ハアアァァァアアア!」
火山が噴火するかのような叫び声と共に俺は今出せる限りのエフを解き放つ。
「な、なんだ?このエフは!?」
「《フル・リリース》!全部出せっ、シャムシエル!」
巨大な爆発音を響かせながら紅焔を身に纏った俺の姿はだんだんと変わっていく。
左目の上から純白の角を生やす。眼と髪もこれまで以上に紅々(あかあか)と燃えている。腰に携えていた長剣と刀が一瞬にして熔ける。代わりに背中に新たな重みが加わる。その正体は赤黒い直剣だ。
その変化を見た佐久真は眼を見開きながら絶叫している。
「な、なんなんだ…なんなんだよオマエはッ!?」
「何者か…と問うか…」
そう発した俺の声は二つに割れていた。
「俺は柊太だ…そして俺は、シャムシエルを完全に覚醒させた…」
「―?」
顔を顰めた佐久真に俺は言葉を続ける。
「《フル・リリース》…これがハーティング・フォースを全覚醒させた状態だ…!」
「なん…だと…?」
俺は言い終えると共に驚くあまり眼を見開いた死神に向けて踏み込んだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
時は遡り、一時間半前…
「あれでフルパワーじゃないのか…スゲーな…」
思わず感嘆を漏らしてしまった俺は意味も無く右手をグーパーグーパーする。
俺が今いるのはシャムシエルが居る空間、つまり俺の中に俺がいる―なんだか話がややこしくなりそうだが―常時西日が沈む頃のような綺麗な空をしていて地面も湖のように夕日色に染まる空を反射していて、なにもないところを見ればどちらが空なのか分からなくなりそうだ。この異空間は《静寂の太陽》と呼ばれる―らしい。
「それで…えっとその《フル・リリース》状態って具体的にはなにがどうなるんだ?」
「ふむ、解説しよう…」
そこで一度言葉を切ると、左腰に差してある刀が燃えながら消滅し、代わりに背中に黒い柄をもつ片手直剣が炎を纏って現れる。シャムシエルはそれを重々しい金属音を発しながら抜き放つ。
太陽神はクリムゾンレッドの刀身をもつ剣を見つめながら語りだした。
「この剣の名は《コンヴィクション》という名剣だ。これまで使っていた《フレイム・クリムゾン》と《炎牙刀・燈炎》の二刀とは訳が違う。私の愛剣、私の力を最大限引き出してくれる相棒だ…」
そこで一度言葉を切ると背中の鞘にギラギラと光る赤黒い剣を収める。
「《フル・リリース》状態になれば私の力を最大限出すためにこの剣を使う必要がある。だがこの剣は重く、炎の力も凄まじい…だから…」
「そんなん、関係ないだろ…」
何かを警告しようとした太陽神サマの言葉を遮ったのは――自分でも意識しなかったが――俺の声だった。
「え…?」
眼を白黒―いや、白紅させたシャムシエルは思わずと言ったように口から声を漏らした。
問うようなその声に応えるべく俺は眼をあちこちやりながら言葉を探し不明瞭な語りだしで話し出した。
「あー、えーと…だから、そんなに心配しなくて大丈夫だっての。シャムシエルは俺のこと信頼してないのかよ?おまえが選んだ人間だろ?どんな剣だって俺は使いこなして見せるゼッ!」
シャムシエルはグッと親指を立てた俺をたっぷり二秒ほどさまざまな感情が入り混じった表情で見ていたがやがて、フッ…と優しい笑みを浮かべた。
「そうだな…すまなかった。別に柊太を馬鹿にしたかった訳では無いんだ。」
シャムシエルはそこで言葉をきると俺の頭にポンと右手を置いて続けた。
「私も君を信じている…祐太、といったか?あの少年は柊太の大切な友なのだろ?私も君の戦友だ。その旧友を助けようというのだ、私も全力を出さねばなるまい。」
そういうと俺の頭に置いていた右手を離すと強く握り俺の前に差し出した。
「さあ、《誓いの拳》だ。私の拳に君の拳を…」
《誓いの拳》なるものは初めて聞いたが、おそらく《フル・リリース》状態を解放するためにに必要な行為なのだろう。
俺は言われるままに己の、何も持っていない右手を大事に握りしめた。
「改めて、よろしくな…シャムシエル…」
「ああ、これからも我々(われわれ)の目標を達するために共に全力を尽くしてゆこう…柊太よ…」
銅のように固い拳と強く握ったせいか少し赤くなった拳を撃ちつける。
すると俺の視界が真っ白な光に包まれた。余分な色など存在しない真の純白―――
「ん…んあ…?」
その優しい光はいつの間にか自分の部屋の丸い蛍光灯の光へと化していた。
先ほどまでいた静寂の太陽に行くには、自分の意識を自分の中だけに―またまた話がややこしくなりそうだが―集中させねばならない。つまるところ寝ていたのだ。
そして、その意識が現実世界で覚醒しかけてきた俺の耳と眼に飛び込んできたのは――俺が愛するワガママお嬢サマの声とテニスラケットのガット部分だった。
「起ッ…きろ―!」
そのあと、俺の顔面にプラスチック製のアミアミがぶつかったのは言うまでもない…
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ヌオォォォオオ!」
紅焔を迸らせながら猛然と突進していく鬼神の連続の斬撃を少し細身の刀でなんとか受け止める黒衣の侍は声にならない憎悪を心の中で叫び続けた。
―クソが…クソが…クソが…クソが、クソが、クソがクソがクソがクソがッ!
―なぜだ!なぜエフを覚醒させて一ヶ月たたない柊太が三年近く使い続けている俺を押しているッ!?
―なぜだッ!?憎しみは、憎しみの力は…なによりも、強く、気高いはずなのに…
大量の疑問が頭の中に浮かび上がる佐久真はなぜか今は姿が見えない少女の言葉を思い返した
―柊太は私のことを守ってくれた。だからきっと祐太のことも助けてくれる!そして…多分、自分の意思で闇に堕ちたあなたさえも…ッ!
――ッ!
その刹那、佐久真は自分の大量の疑問が一瞬で解消された。
今、眼の前で鬼神の如き猛攻撃を仕掛けてきている柊太は本当に自分を助けるつもりなのだ。自分が最強だと思っていた憎しみそのものを否定し、その憎しみの刃先は自分に向けられているというのにそれを消し去ろうとはせずに受け入れ、解消しようとしているのだ。
消し去るとはその存在を消すことだが、解消はそれを完全には消さず、形を変える…つまり和解しようとしているのだ。
だが、そこまでしている柊太には悪いが…と佐久真は思い直す。
俺はあまりに多くの犠牲を出し過ぎた、もう遅い。君の太陽のような輝きを俺はもう浴びることはできない。だから、君の優しさも抜きにした、君の本当の本気を見てみたい!
佐久真は反撃をすべく、右手に握る剣を強く握り直した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
―もっとだ!もっと来い、シャムシエルッ!
―あぁ、君が望むのなら私の力尽きるまで…いくらでも燃やし続けてやろう!
柊太は自分がシャムシエルと一体化していることを噛み締めながら右手に握っているクリムゾンレッドの直剣を振り続ける。
「…ッらぁあ!」
短い気迫と共に下段から上段に振りぬかれた《コンヴィクション》は俺の手に重い衝撃を伝えた。佐久真の右手に握られていた刀が月光に照らされながら夜空を舞った。
「…ッくう!」
必死に押し殺した佐久真の悲鳴の原因は右手の負傷によるものだろう。刀が吹き飛んだ時に指が骨折したらしく、ポタポタと赤い雫が校庭に滴り落ちる。
痛みを押し殺すように猫背になっていた佐久真は背を少しだけ伸ばし不気味な笑い声を漏らした。
「フ、フフフ…君は優しいなァ、柊太クン…今だって僕を斬ってしまえばいいものを、君は斬ろうとも、殴ろうともしない…そんなんじゃあフル・リリース状態といってもシャムシエルがホンキになっただけで、柊太クン自体にはまだ情が残ってしまっている…つまり君のホンキは見せてないってことだよねェ…?」
俺はまんまと心中を見透かされ、黙るしかない。
佐久真は先ほどまで痛がっていたのが嘘だったかのように身振りを大きくして再び問いだす。
「フフフ、ダンマリかい?そこで僕は考えたんだ、君がどうしたらホントのホンキになってくれるか。それは簡単だ…君も、憎しみに身を委ねなヨ…」
そういうと佐久真は右掌から細く黒い靄を素早くだし、今まで俺と佐久真の死闘を見守るにとどまっていた祐太に突き刺した。外傷はないようだが、漁で使うモリのように突き刺さり勢いよく佐久真の右手に張り付く。
すると佐久真は同じように左手で刀を回収し、それを祐太の喉元に近づける。
「ホラ、君の大事なオトモダチが人質に捕られちゃったヨ…?どうする…?大事なオトモダチだよ?僕のことを殺したくなったんじゃない?」
その行動を俺は理解することが出来なかった。俺の本気を見たいから、仲間であるはずの祐太を人質に捕るのは俺の思考回路ではどうしても考え付かない。
そして、この行動で俺の心に怒りの炎が燃え上がることはない。たしかに祐太は俺の旧友であり今一番優先すべき存在だ。しかし、祐太を人質に捕っている佐久真も俺が助けたい人物の一人なのだから。たとえ佐久真自身が望んで《魔神アンドラス》から力を受け取ったのだとしても、そうしてしまったのは、そういう心を持たせるようにしてしまったのは俺以外の何者でもないのだ、その責任をとる義務があるのだ。
ここまでの思考を三秒で片付け、俺は微笑みつつ、口を開いた。
「ああ、別に殺したくはならないな。」
「ハアァアッ!?」
悲しそうな笑みを浮かべていた佐久真の眉間に一瞬にしてしわが寄る。
「おまえ、友達、人質に捕られてるんだぞ!?それで怒らねえとかおまえ…どういう神経してやがるんだ!?」
怒りのあまり序盤、カタコトになっていた気がするがそれは置いといて俺は引き続き微笑みかける。
「たしかに、祐太は俺の親友だ…そいつを人質に捕ったおまえは確かに許せない…でも、な…俺はおまえも助けたい。たとえおまえが自ら闇の沼に沈んでいくことを選んでいるんだとしても、おまえが助けられることを望んでいないとしても、俺はどんな手を使っても無理やりその沼から引きずり上げてもう一度陽が射している場所に立たせてやる!死で償うとは言わせない!絶対に生きて帰してやるよ!」
「―ッ!」
俺が微笑み掛けると歯を食い縛りながら俯いてしまった。
そのまま数秒…
すると、左手を下ろし、右手に発生させていたクロウズを消滅させた。
「フッ…柊太クン君、君は優しいなぁ…分かったよ…君のオトモダチは解放してあげるヨ…でも、ね…」
優しく、そして揺れていた―ような気がした―声を一度切ると、全身から灯りが無い夜でもくっきりと分かる漆黒のエフを噴き上げ、白い髪を靡かせながらこちらを睨みながらこれまでにないほどの厳しい口調で叫んだ。
「俺はオマエに助けろなんて言った覚えはねエぞッ!だ・か・ら・さぁアッ!?俺のこと考えなくていいからホンキでこいよォォォオオオ!?」
左手の刀が緑色に腐っていく。代わりに腰に白い細剣が黒い渦を振り撒きながら現れた。
そのエフとは対照的な色の新たな武器をギャリンという金属音を奏でながら抜き放つとその鋭利な剣先をこちらに向けて煽ってきた。
―おい、柊太。何をしている?ヤツのエフは先ほどとは比べ物にならないほどに膨れ上がっているぞ?あれを倒すには慈悲を抱えている場合ではない。
―ああ、わかってるよ…慈悲なんてない、だから、シャムシエル…全部―
「よこせ…ッ!」
最後の一言を叫び、俺は踏み出した。
すみません、もうこの章で第二巻の完結のつもりだったのですがあと二、三章続いてしまいそうです(まとめるのヘタクソかッ!)
というわけでして、もう少し柊太と佐久真の死闘を見守っていただきたく存じます…
では来週末には出す予定の第八章でお会いしましょう