第六章 里帰りしたら大変な事になっていた件
飛行機から降り、大きな口を開けて出てきた少年(柊太)は慣れない海外でお疲れの様子だ。
「ハワアァ…いやあ、疲れたなあ…イテッ!何すんだよ!」
「起こしてあげたんですけどなにか?」
悪戯っぽい笑みを浮かべながらチョップを後頭部にヒットさせたのは利華である。
初任務から帰還した俺たちはFBI.uのボスであるドーラからニ週間の休暇を命じられた。ドーラは長く白い顎鬚を撫でながら優しい口調で言っていた。
「君達は初任務だったからね、まあ一度日本に戻ってゆっくり休んでくれたまえ。ああ、そうだ。クリス君、君も日本に行ってみてはどうかね?」
…との事だったので後ろには白色の米人がついて来ている。その米人から珍しく突っ込みをされるとは思わなかった。
「オイッ!いつまで俺に荷物持ちをさせる気だ!?」
俺と利華は口笛を吹きながら知らんぷりをする。その様子を見て「はぁ…」とため息を吐きつつも呆(あ
き)れたように微笑を浮かべる。
「あ、柊太!利華!おかえりー!」
税関を通ると小学生…のような高校生がこちらへ向かって走ってきた。
「よう、久しぶりだな、祐太。」
俺は《小》年の名前を言う。
「おう、なんか…逞しくなったな!」
「…ったく、なんだそれ?」
呆れながら笑い、返事をする。
その背後からヒョコッと顔を出した利華もご無沙汰の旧友に挨拶する。
「ヤッホー、祐太!久しぶり。なんか…身長伸びた?」
―グサッ!
「フグッ!」
悪びれもなく、ニコッと笑いつつ放った言葉が祐太のハートに突き刺さる。
「はいはい…どうせ私はチビですよ…はいはい…そうですねぇ…」
「わわっ、ごめんごめん。」
空港の床に体育座りして俯いてしまった少年に両手を振り、あたふたしながら謝る利華である。
ハハハ…と呆れながら笑っていた俺は後ろから質問を投げかけられた。
「シュウタ、彼は誰だ?」
「ああ、そうか…ええと、俺と利華の親友の青崎祐太だ。悪い奴じゃないよ。」
「…そうか。」
クールな隊長は自分の黒い手袋をした右手の甲を左手で擦り、俺の言葉を信じていないように顔を
しかめていた。
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東京から静岡まで新幹線に一時間ほど揺らされて帰ってきた。そこから静岡駅から新静岡駅まで移動し、長里駅まで電車に揺られて移動する。駅を出るとすぐそこには我らが長里高校の正門だ。
入学当時に桜に彩られていた正門は一変、夏の太陽の光をいっぱいに浴びた青い葉が爽やかに装飾している。校庭には昼下がりの熱血的な部活の掛け声と吹奏楽部の管楽器の音色が響き渡っている。
「二週間たっただけだと思っていたけど、なんか懐かしい気がするなあ…」
一人、深い感慨に浸っていると背後から騒がしい声がしてきた。
「山口ー!」
「米沢先輩!お久しぶりです!」
足音の正体は緑色のシャツが良く似合う長身の青年だった。その後ろを追いかけてくる黒いシャツを着た青年は釜石先輩だ。その釜石先輩が今度は半分怒鳴ったような声を俺にぶつける。
「山口ッ!おまえ、いつまでこっちにいる!?」
「え、えーと…とりあえず二週間ほどは日本にいられると思いますけど…?」
押されたように返事をすると米沢先輩が顔をパッと明るくする。
「よかった!来週大会があるんだ、出てみないか?青崎は問題ないよな?」
「はい、当たり前ですよ。なあ柊太、一緒に出ようぜ!」
ニッと笑いながら言われてしまうとどうしても断れない。
「ああ、久しぶりにやるか!」
「ちょっと柊太、一応確認取った方が良いんじゃない?」
気合十分に返事をするが、利華に正論を叩き込まれてしまう。「お、おう。」と返事をしつつ後ろに控える、白人のアメリカ人に向き直る。
「なあ、クリス。テニスの大会があるんだけど、それに出てもいいかな?」
「ほお、まあ…普段ならOKを出すつもりだが、一つ確認させてはくれないか…?」
「…?」
そう言いつつ俺の横に立つ少年の肩をガシッと掴み、両者の顔がくっついてしまいそうなほど近づけてブルーの瞳で祐太の瞳を覗き込む。すると、悠長な日本語で言い放つ。
「君は…私が信じていい存在か…?」
祐太の眼には恐怖と困惑の色が揺らめいている。だが数秒すると口角を吊り上げ、クリスの手を払い、後ろに大きくジャンプする。
俯いたまま、吐き出すように言い出した。
「へッ!俺が信じられるかだって?そんなの柊太が良い奴だって言ってただろ?それを信じられないのか、隊長サン?」
にやりと笑いながら言い放った言葉はどこか冷たく感じられた…いや彼の体を見れば全身から冷気が噴き出している。その様子を見て俺は後退り、利華は俺の服をキュッと引っ張る。
「言っている事と君の様子は完全に矛盾しているように見えるのだが…?」
クリスに言われて祐太は全身から吹き荒れる吹雪をやっと意識したのか自分の体を見回す。
次に口を開いたのはその様子を少し遠くで見ていた米沢先輩だった。
「アチャー…やっちまったかあ…もうちょっと加減できるようになれよ、青崎。」
クスクスと笑いながら言っている彼の眼には、もう光は宿っていなかった。顔を上げたもう一人の先輩も同様だった。
「スンマセン…先輩、やっぱり調節するの難しいッスよ。」
顔を上げた祐太の両眼は漆黒に染まっていた。やはりその眼に光は宿っていない。
だんだん茶色い髪は冷たい銀に染まっていく。
「柊太…俺な、覚醒させたんだよ!天使や神じゃない!堕天したんだ、力を貸せ!俺の中に眠る魔神よ!《氷魔フル―レティ》!」
爆発音を轟かせながら吹雪をより一層強くする。
「おい!やめろ、祐太!」
俺の叫びは祐太には届かなかった。
「《アイスウインド》!」
両手をこちらに突きだすと猛烈な風と氷片が刺すような痛みを味あわせる。
俺は両手を顔の前でクロスする。利華もクリスも同じように防御姿勢をとる。
「いい加減に…しろ!」
そう叫んだ俺は全身からエフを解き放つ。炎を身に纏ったまま、氷の嵐に突っ込む。肌を刺すような寒さが、自らのエフによる温かさに包まれていく。
炎に包まれた右拳をグッと引き絞る。
「《太陽拳》!」
業火の拳を撃ち出すが祐太が右腕を振るった所に炸裂音を響かせながら氷の盾が出現する。
「へ…さすが世界単位で活躍するヒーロー様だな…スゲェエフだぜ、へへへっ…」
「…ッく!」
氷の盾に弾き飛ばされた俺はノックバックを課せられる。間髪入れず俺の懐に飛び込んできた祐太の右手には刀が握られていた。それに纏わりついた白い霧は殺気なのか氷属性による付与された力なのか俺には分からなかったが、その氷刃は俺の腹を裂こうとしていた。斬られる寸前で炎を撒き散らしながら現れた鞘から抜き出した紅い長剣でなんとかブロックする。
渾身の一撃を受け止められた祐太は面白くないように舌打ちした。
「チッ…テメェ、ウゼエんだよ!」
「えッ?」
親友から罵倒された衝撃で剣を握る手の力が一瞬抜ける。だが、その驚愕を振り払うように俺は青く透き通る刀を赤く煌めく長剣で振り払う。
「どういう意味だ!?」
「フフフ…それは僕が説明してあげるヨ。」
不意に聞こえた新しい醜悪な声の発生源は祐太の後ろにできた《クロウズ》だった。
「久しぶりだね、柊太クン…」
「な、佐久真…!」
黒いフードの下には火傷で歪んだ顔を恐ろしい笑顔でさらに歪めた平西佐久真以外の何者でもなかった。
「あ、名前覚えてくれてたんダ。嬉しいなあ…ああ、話を戻そうか…君のオトモダチはみーんな《メイク・ドール》で僕の操り人形にさせてもらったヨ…みんな素直でいい子ばっかりですぐに言いなりになってくれたヨ、ハハハッ。ほら、行けヨ!」
「了解。《氷刃!《斬・氷晶》ッ!」
裂帛の気合と共に駆け出した祐太と鏡合わせになったかのようにこちらも長剣を左腰の鞘に納め、右腰には刀を装備すると長剣を左手で刀を右手で強く握り、仁王立ちの構えを取る。そして佐久真への怒りと共に駆け出す。
「佐久真ッ!おまえは絶対に許さないッ!《炎牙抜刀》!《憤怒仁王》!」
こちらも駆け出す。
もはやどちらの姿も残像が薄く存在するだけで見据えることはできなかった。
白銀の軌跡と紅い煌めきが衝突し一瞬の静寂が生まれる。
―直後。
猛烈な暴風と共に凄まじい爆発音が鳴り響く。稲妻が地上からどこまでも続く空に立ち上ってゆく。
炎神は両手をクロスさせ眼前で二刀を抜き放った状態で、氷の魔神は横一閃に振りぬこうとして紅い二刀に受け止められた状態で両者は睨み合っている。
「…ぐぅッ!」
「…ぬぅッ!」
激しく唸る二人の剣士。だが白い剣士の後ろから「なんだなんだ?」「すごい音がしたけど…?」と焦燥が聞こえてくる。恐らく、学校で部活を行っていた生徒たちであろう。
俺は二刀で相手を力強く押すと愛剣、愛刀をそれぞれ鞘に収めると険しく言い放つ。
「佐久真…ここは一旦退け…事情は俺がうまくせつ…」
「フ…詰めが甘いねェ…国際警察…僕がさっきなんて言ったかもう忘れたの…?」
「―?」
佐久真と祐太の後ろに集まってきたギャラリーは状況を確認すると共に「ああ…なんだ…」や「やっときたのね…」など俯きながら冷静にボソボソとつぶやく。そして各々、顔を持ち上げるとその眼には呪われそうな赤を宿していた。
その様子を確認させるように間をおいてから佐久真ではなく祐太が口を開いた。
「佐久真はさっき、『君のオトモダチみーんな』って言ったんだぞ。俺と先輩たちだけじゃない…そいつらも《ダークス》だ。」
「なっ、まさか…!」
「ウウゥ…」
俺が言い切る前に後ろに控えているダークスの一人が呻き声と共によだれを吐き出している。
そいつと眼があった瞬間、突如踊りかかってきた。
その手には何も持たず、代わりに鋭い爪を立てている。血のように赤い眼光が軌跡を引きながら無造作に腕を振り下ろしてくる。
「…ウウアアァッ!」
「…ッく!」
鞘に収めていた刀を再び抜き放ち、爪の連撃を捌いていく。
彼の攻撃は雑ではあるが、そのパワーが凄まじい。だが捌ききれない訳では無い。
大雑把なテークバックを峰撃ちでさらに後ろに弾き飛ばし首を撃つ。
「ウウゥゥ…」
呻き声を漏らしながらバタンと倒れ込んだゾンビのような彼は尚も執念の赤色をその眼に宿していた。
フゥ…と溜め息を零していた俺に新たな赤い光が迫ってきていたのに俺は一瞬反応が遅れた。
「ウアァ…!」
静かに、だが殺気を宿した正拳突きを真面に喰らってしまう。
「ウッ…グッ!」
後ろに転がった俺は続々と迫ってくるゾンビ集団の攻撃をどうすることもなく喰らう…と思われた。
だがゾンビの集団に蒼い一筋の光が走り抜ける。それが刀が通った道筋だと気が付いたのは鞘に刀を収めると同時に発せられた美麗な声を聴いた時だった。
「《月光剣術》…《月明》ッ!」
チンッという高らかな音を響かせると同時にゾンビ集団が吹っ飛ぶ。血飛沫が見れないところ、おそらく峰撃ちだろう。
いつの間にかエフを解放していた利華は振り向くと同時に祐太ではなく佐久真に言い放つ。
「柊太は私のことを守ってくれた。だからきっと祐太のことも助けてくれる!そして…多分、自分の意思で闇に堕ちたあなたさえも…ッ!」
利華の震えた声の絶叫は…佐久真の心には一歩届かなかった。
「自ら闇に堕ちた人間を救う…?ハッ、そんなウマい話があるか?!」
「どうして分からないの?!柊太は…」
そこまで言いかけた利華を制したのは無言で出された黒い手袋をした筋肉質の右手だった。
祐太の言葉もフル―レティの翻訳により理解したのかクリスは無言で首を横に振る。
「ホラ、隊長サンもそう言ってるんだ…君は引っ込んでなよ、り~かチャン?」
利華とクリスの方をみてニヤニヤしながら言った佐久真。俺の方に向き直りこちらを睨みつけながら言い放ったのは祐太だ。
「柊太!今夜九時、校庭で待ってる。まあそいつらを倒せたら、の話だがな。」
背を向け刀を鞘に収めた祐太は右腕を上げた。
前方に現れた黒渦の中へと消えていく死神と小さな背中を俺は必死に呼び止める。
「祐太ッ!佐久真ッ!」
だがその背中を隠すようにゾンビ集団が俺に襲い掛かる。それらを振り払うために俺は長剣を振りぬく。
「《火焔旋風》ッ!」
緋色の風が腐敗集団を吹き飛ばす。呻き声や奇声をばら撒きながら吹き飛び、鈍い音を立てて落下する。
直後、笑い声と共に振り下ろされた二本の短剣を俺はなんとか受け止め、弾き飛ばす。
「ハハハッ!こいつ等とは違って、俺と釜石にはちゃんと意識があるんだよ!」
見れば、横の利華も釜石先輩に長剣を叩きつけられている。俺たちは打ち付けられた武器ほぼ同時み押し返す。
僅かに生まれた隙を見逃さず、俺は利華とアイコンタクトをとる。そして頷き合い同時にジャンプして全身からエフを吹き散らす。
「《シャイン・フォース》!」
「《ルナ・フォース》!」
叫んだ直後、紅い閃光と蒼い月光(げっこう」が曇りだした校門付近を彩る。
「ウアアァァ!」
「キエヤアァァ!」
ゾンビたちが各々絶叫するとそれは断末魔へと化した。
彼らの眼に宿っていた凶暴な赤色は消え、希望に満ちた光が宿る。
「…あ、あれ?俺は何を…?」
「えーと…なんで私ってここにいるんだっけ…?」
この生徒たちが元に戻ったのは先刻行った俺と利華の術によるものだ。
あの術は俺の聖なる太陽光と利華の月明かりでダークスに堕落してしまった罪無き人たちを元に戻すために開発された術だ。
ダークスを元に戻すためには通常、ダークスを宿した者を亡き者としダークスを体から強制的に追い出すしかない、つまりもとに戻すことはできないのだがシャムシエルとディアナはこの秘術の開発に成功したらしい。
「水鳥ちゃん!」
全身から解き放っていた光を収めて着地すると利華は部活友達の名前を呼ぶと共に飛びつく。
「み、翠川さん?ど、どうしたの?」
水鳥杏香は呆気にとられたような顔をしながら美貌を歪めた利華の華奢な体を反射的に抱きしめる。
「ううん…なんでもない…なんでもないんだよ…」
震えた声が聞こえてきた。杏香は未だ訳が分からないらしくキョトンと首を傾げるばかりだ。
「さあ、皆さん早く家に帰ってください。これはFBI,uとしての命令です!」
俺は必死に呼びかけながら内心、怒り心頭していた。
俺の利華を泣かせるようなこと…あの死神だけはどんな手を使ってでも沈めねばならない。
…と同時に思っていたことがある。
―なぜ…なぜ祐太なんだ?
平西佐久真は俺の唯一無二の親友…その祐太を操るだけに止まらず魔神まで覚醒させてしまった。
俺と利華が先ほど使った術はよくて《ジン》クラスまでしか解放できない。つまり、祐太を解放するためには…殺すしかない。
「シュウタ。」
不意に声を掛けられ肩を跳ね上げてしまった俺はクリスの顔を見上げる。
いつの間にか傍らに立っていた上司はいつも通りの無表情で俺を見下ろす。
「シュウタ、自分を信じろ。そして、自分の今の任務に誇りと責任を持って、自分が守りたいものを一途に守れ。分かったか?」
―…一途に…守る…?
俺にとってのそれは、世界中の人々であり利華であり…今は敵と化している旧友、青崎祐太なのだ。
「はい…!」
静かだがどこか断固とした意思が感じ取れる返事に安堵したように珍しく微笑を浮かべたクリスは俺の頭をワシャワシャッと勢いよく撫でると、「行くぞ。作戦会議だ。」と言って駅へと歩を進めた。