第三章 普通な高校生が神の力に覚醒した件
第三章 普通の高校生が神の力に覚醒した件
入学してから、部活見学に行ってからあっという間に三ヶ月が経った。クラス内に祐太や利華、創介と言った元から知っている人以外とも仲良くやれている。女子からの視線が中学の時よりもたくさん刺さってくるように感じるのはやはりスポーツ推薦というのが強く影響しているのだろうか。まぁ、創介には敵わないだろうが…
「…うた!柊太!」
「ふにゃ…?」
情けない声と共に目を開け、顔を上げるとそこには男子からの視線が気になる利華お嬢様の右腕を振りかぶった姿が…
「おりゃ!」
「プゴッ!」
直後、強烈な平手打ちを喰らう。俺はどうやら朝早くに来たは良いが早々に自分の席で寝てしまっていたようだ。
「もう!「ふにゃ」ってなによ、「ふにゃ」って。朝早く来たならせめて窓開けてから寝てよ。」
寝ていたことについては良いのかと考えたがまあそこは追及しなくても良いだろう。
それよりも気になるのはこのシチュエーションだ。教室に二人きりの男女、これ以上にアレをするのにばっちりなタイミングはないだろう。
「あのさ、り…」
「あ、おはよう水鳥みどりさん。」
「うん、おはよう。」
―チクショー!何故俺は寝ていたんだ告る大チャンスだったろうがー!
自分に腹を立て頭をガリガリ掻いた。そして利華と水鳥さんのガールズトークが始まってしまった。
はあ…とため息を吐き、机の中から一冊の小説を取り出す。ラノベだ。
主人公は赤い髪を逆立たせた赤い瞳の青年だ。その青年は全身から炎を噴き上げ愛する人を取り戻すために戦い最後の敵を、倒し想い人を助けることには成功するものの女性の腕の中で自身は燃え尽きてしまい取り残された彼女はその手に残された赤い宝石の力を使いその生涯を終えるまで主人公の夢だった世界平和を見事実現させたのだ。
俺はこの小説を小学校三年生の時からずっと読んできていて、もう五十回以上周回しただろうか。この小説にこだわる理由はもちろんある。
それは主人公の名前だ。なんと俺と同名。「シュウタ」なのだ。そのため少し親近感が湧いてくるのかもしれない。
「あ、柊太。それ貸してくんない?」
思い出に浸っていた俺は利華にそう聞かれるが少しばかり反応が遅れる。
「柊太!聞いてる?」
「…え?あ!お、おう。何巻がいい?」
もう一度聞かれやっと反応する。
もうっと頬を膨らませた利華に後ろのロッカーにしまったバックの中から全十巻の小説をダーッと並べ
る。
「じゃあ、やっぱ五巻かな。シュウタ編最後だもんね。はあ…やっぱりシュウタってカッコいい…」
五巻を手に取りながら言ったセリフはもちろん小説の主人公のことを言っているのだが自分のことだと勝手に置き換え、うんうんと深く頷く。
「ありがとね、いっつも。」
珍しく俺に全力の笑顔を向けてすぐに水鳥さんの元へ戻っていく。 その後生徒がどんどん入ってくる。
はあ…普通の高校生活三ヶ月目のスタートだな。と思いつつ小説を開く。
しばらくすると横井先生が教室に入ってきた。そして朝礼、終わると一時間目から四時間目の午前の授業が始まる。特に何がある訳でも無く、それとなく午前の授業を終える。
「キーンコーンカーンコーン…」
チャイムと共に昼休みに入る。
「おい柊太。一緒に飯食おうぜ。」
そう呼びかけてきたのは祐太だった。
「おう。創介もどうだ?」
「いや、俺は佐祐と食うから。」
席を立とうとしていた創介にも呼びかけるがあっさり断られてしまう。
あの部活見学の日から俺たちと創介たちの間に不可視の壁が築かれてしまっているような感覚が度々あ
る。
「柊太来いよ。」
「お、おう。」
祐太に呼ばれ祐太の席に行こうとした…
―その瞬間だった。
「きゃあぁぁぁああ!」
「!?」
騒々しかった一年フロアが一気に静寂に包まれる。
俺と祐太は反射的に悲鳴のした廊下に出ていくとそこには黒い靄のようなものを纏い、ナイフを持った男とその男に捕まっている見事な曲線を描いたその体。澄んだ翡翠色の目は間違い用などない。
「…り、か?」
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翠川利華は自分のおかれた現状を理解するのにたっぷり三秒を使った。
卓球部のみんなで弁当を食べる約束をしていた私は集合場所である屋上に行くために廊下へと踏み出し
た。そして階段までの道中に後ろに気配を感じ向き返るとそこにはブラックホールを連想させる黒い渦が現れていた。
だが、吸い込まれるのではなく黒いパーカー、黒いズボン、黒い靴と黒ずくめの男が現れる。一瞬素顔を確認する事に成功したがすぐにフードを深く被ってしまい確認することが出来るのは不吉な笑みを浮かべた口元のみだ。
その男は自分の出てきた黒い渦を消すと今度は右手に黒い渦を作り出す。その新たな渦は回転力を増したかと思えばその周辺の気体が吸い込まれていくのが分かるほどの凄まじい吸引力を発生させた。その吸引力は次第に範囲を広げ私の元にまで届いてきた。
私は目を閉じ、必死に踏み止まろうとするがヒョロ長な男の右手に吸いつけられてしまう。
すると男は次に左手付近に新たな黒い渦を作り出す。するとその中に手を突っ込む。手探りでなにかを見つけようとしていたその手が不意にピタリと止まる。
「キヒヒッ…」
不気味な笑い声を静かに漏らす。
黒い渦から出したその手には逆手に握った短いキラキラと光るものが握られていた。
ここまできて初めて自分が危機的な状況にあることを確信した私は悲鳴を上げた。そしてそれと並行して祈るように心中で言葉を発する。
―助けて…柊太…
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この状況を口を開けて見ている事しかできなかった青崎祐太は辺りに集まったギャラリーたちが驚きや恐怖の声を上げている事よりも隣に立った旧友がメラメラと闘志を燃やしている事の方が気掛かりだった。
「黙れ!クズどもが!」
不意にナイフを持った黒ずくめの男が叫ぶとそれまでざわざわとうるさかった野次馬たちがシンッと黙り込む。それを確認すると黒ずくめの男は語り始めた。
「俺は魔神アンドラス様から《ジン》という力を授かった。俺のようなある人間にプライドをへし折られた落ちこぼれにアンドラス様は復讐するための力を与えてくださる心優しきお方だ。」
―プライドをへし折られた…?復讐するための力…?
つまりあの男はこの学校にいる利華に、もしくは関係が深い誰かに復讐するために来たというのか…?
そう考えた俺は真っ先に隣にいる柊太を見た。
―まさか…コイツが…?
その俺の予想は半分正解、半分ハズレだった。
「山口柊太!青崎祐太!出てこい。」
「な…?」
柊太だけではない。俺もなのだ。
そうとなれば中学時代にテニスの大会で倒した…いや、快勝したペアの内のどちらかだろう。だが、どれだけ思い出そうとしてもそんなこれまでにないほどの快勝をしたペアは出てこない…
―いや、あのペアか…?
あれは俺と柊太のデビュー戦だった。校内のランクでは当時の中学二年生とも良い勝負をしていた俺と柊太は公式戦初戦をド派手な大勝利で幕を開けた。
リターンエース、サービスエースのみでその試合を終わらせてしまった俺たちは挨拶をする前にハイタッ
チを交わし二人でこういったのだ。
楽勝だったな…と。
俺と同じくらいの背の高さだった後衛はそれを聞いて泣き出してしまい、ヒョロ長の前衛も悔しそうに俯いていた。
「早く出てこい!でないとこの娘がどうなっても知らないよ…キヒヒ…」
下品な笑い方を披露し、ナイフを利華の喉元にチョンチョンと触れさせる。
その時だった。黒ずくめの男は左手に握ったナイフに黒い靄を纏わりつかせる。それをビュンッという音と共に投げる。それは階段へ向かおうとしていた女子生徒の目の前を通る。
「職員室には行かせないよ。まだ僕、力を半分も貰ってないからまだ《クロウズ》を二つしか作れないん
だ。」
腰を抜かしてその場に尻餅をついてしまった女子生徒は恐怖のあまり体の震えが止まらないようだった。
黒ずくめの男はクロウズを作り出し、その中から今度は日本刀を取り出した。
「今度変な気起こした奴にはこれで斬りかかるからね…キヒヒ…」
するとその男はこれまでずっと浮かべていた不気味な笑みをスッと隠し真剣な声で話し出した。
「さぁ…早く出てこいよ…柊太に祐太…お前らを切り刻み、闇へ葬ほうむるために俺はここに来たんだ。早くしないとお前らの大切な娘が代わりにバラバラになるけど…それでいいわけ…?」
その言葉を聞いた俺は男の腕の中にいる少女の表情を見る。
―柊太…来ないで…大丈夫だから…
涙ぐんだ利華の眼はそう告げているように思えた。
だが、俺の横に立つ普通で優しい男子高校生はそのメッセージを汲み取ってもなお内に秘められないほどの膨大な闘志を燃やし続けていた。
「…ねえ…いつは…せねえ…」
真横にいる柊太の声はこの距離でも聞き取れないほど小さい、しかし大きな怒り、憎しみ、そして利華を助けるという強い意志を感じ取れる。
山口柊太はその刹那、叫んだ。
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「そいつだけは…殺らせねえ…!」
うおおおおっと雄叫びを上げると彼の体から赤い光が発せられる。
眩い光にその場の全員が目を閉じる。
そして目を開くとそこにいたのは突如叫びだした黒髪の青年ではなかった。
業火のごとく赤い髪を逆立たせ、それと同色の眼には怒りを滾らせている。そして何よりも目を引くのは…
右腕に宿された炎だった。
それを意識することもなく俺こと柊太は飛び出した。右腕を引いた姿勢で床を強く蹴る。その速さはまさに疾風だった。その姿を目視することが出来たのはクロウズの男だけだった。
「く…!」
男は反射的に左手に握る日本刀に身に纏っている靄を巻きつけていく。
「黒霞…一閃…!」
そう叫びつつ右斜め下から振り上げた日本刀から半透明の黒い旋風が俺目掛けて飛ばされる。俺は右腕の炎でそれを打ち砕くと今度は左手に橙色に輝く火炎球を作り出し、それをクロウズの男へと打ち出す。
それを真二つに割ると男は右手に吸いつけてあった利華を解放した。直後、両手で握り直した日本刀で俺に斬りかかる。それを何とか火炎球で受け止める。
「やぁ…柊太クン。姿は変わっても内にいるアイツの気はしっかりと感じ取れるよ…キヒヒ…」
火炎球が爆発を起こし俺と男に間が作られる。
「内にいるアイツ…?」
俺の問いに再び余裕のある口調に戻しながら男は答えた。
「ああ…まあ分かんないよね。じゃあ分かりやすく教えてやるよ。ハアアアアッ!」
雄叫びを上げた男から爆発的に体に纏っていた邪気が放たれ深く被っていたフードが捲れる。露わになった男の顔は見るに堪えないものだった。右半分が酷い火傷だ。
その男の黒い髪がだんだん白く染まって伸びていく。同色の瞳も禍々しい緑色へと変化していく。変化が完全に終了すると再びクッと口角を上げ俺へと語りかけてくる。
「これがこの俺、平西佐久真の中に眠る《ジン》…《魔人アモン》だ。その力を引き出してくださるのが魔
神アンドラス様って訳だ。そして…」
一度そこで言葉を切り、忌々しそうに歯を食い縛る。
「お前の中に眠っているのは、俺たちとは違う。魔人や魔獣を意味する《ジン》とは対極にある存在だ。それの総称は《エンジェル》。つまり天使、その力を凌駕するものを《ゴット》という。神だ。さて、話を戻すか…」
まだ、話に完全にはついて行けてない俺を気にする素振りもなく佐久真は話を続ける。
「お前の中に眠っているのは《ゴット》に属する存在だ。その名も《太陽の神シャムシエル》だ。」
「!?」
俄かには信じられない話だが、いまだ右腕で太陽のようにメラメラと燃えている炎が今の話を真実だと裏付けている。
「まぁ、お話はこれぐらいにしようか…?これからはお待ちかねの解体タイムだ!」
不吉な笑みを浮かべながら刀を右肩に担いだ佐久真に俺は一度だけ問いただす。
「平西佐久真!お前はなぜここまでして復讐しようとする?お前の名前を中二の大会の時に聞いた。ベスト八まで勝ち上がってきたお前はまだ一年の時の憎しみが捨てきれないっていうのか!?」
「ああ…捨てきれないさ…」
即答だった。不吉な笑みと悲しみの表情を入れ替えた佐久真はその理由を話し始めた。
「俺と一年の最初の大会で組んでた…圭一って奴は家がビンボーで将来はテニス選手になって親をちゃんと養うんだって言ってたよ…もちろん言うだけあって圧倒的エースだったよ。前衛で一番上手かった俺でも物足りなかったみたいだった。」
一度そこで話をきる。悔やむように歯をグッと食い縛り話を再開する。
「なのに…なのにお前らは俺たちに圧勝した挙句、楽勝だなんて言いやがって!それからあいつはすっかり自信を無くして昼休み中に誰もいない教室に火を放って…そこであいつは自殺したんだ…」
右頬をさすりながら言う。
「これは俺があいつを助けようとした時に火傷で負った傷だ。それから俺は思うようになったよ。あいつらをゼッテェにブッ殺すってさ…だから俺はあの方から力を授かった。この力でお前らに復讐するあいつの仇を討つ。」
佐久真は話が終わると共にグオオオオッと雄叫びを上げて突進してきた。
「一発で決めるぞ!」
「く…!」
少し遅れて俺も踏み出す。
「黒霞剣術…奥義!《カゲ斬》!」
奥義などというものは俺にはない。
ならば…俺がなりたいあの男の…シュウタの最期の技を…
「《太・陽・拳》!」
佐久真の漆黒の刀と俺の真紅の拳が衝突…するはずだった。
突如、佐久真の刀が数本に分身したのだ。そして俺の拳は半透明の黒い刀身をすり抜ける。
一瞬後、カゲ斬が俺の腹部を捉える。俺の太陽拳が佐久真の腹部を捉える。ビシャアッと鮮血が噴き出す音。ドオンッという業火による爆発音。
俺はその場に大の字に倒れ込む。
佐久真は吹き飛ぶが、クロウズを作り出しどこかへと消えてしまった。
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「柊太!柊太!」
倒れ込んだ柊太に駆け寄る翠川利華は必死に自分の愛する人の名前を呼ぶ。
「り…か…?」
柊太の頭を左手で支える。
「柊太、今救急車来るからね!だからまだ…!?」
光を失いつつある柊太の目をしっかり見ながら話しかけると、柊太の右手の人差し指が私の唇に添えられた。
「おいおい、もう…下手したら死ぬかもしれないのに、最期に見た好きなヤツの顔がそんな泣きそうな顔じゃ、死にきれねえだろ…」
優しい笑みを浮かべながら言う柊太はもう右手を挙げているのもつらいのか右腕を下してしまう。
「最期じゃないよ!」
両目から溢れそうになる雫を必死に堪えながら叫ぶ。
「まだ、最期じゃだめだよ…二人だけでもっと映画行ったり、買い物しに行ったり…う、うぅぅ…」
もう限界だった。これ以上涙を堪えて柊太の要望通りの笑顔ではいられなかった。
柊太の赤い髪、眼も黒に戻っていく。
それと入れ替わるように悲劇のヒロインが青白い光に包まれていく。髪の色がコバルトブルーに変化していく。眼も眩い黄金に変わる。
私は無意識に手の平から淡い青い光を宿した金色の鎖を出現させる。どうやらかなりの長さがあるようだ。それを柊太の体に触れさせる。するとあの黒い刀で傷つけられた腹の傷が塞がっていく。
その時にはもう柊太は体力を使い切ったのかスヤスヤと眠りについていた。柊太の傷が完全に癒えると私もなんだかボーッとしてきてしまった
救急車のサイレンの音が響くのを感じながら意識が遠退いて行った。