第二章 普通な高校生が部活見学…をするはずだった件
「声出していけよ!」
「うっす!」
気合の入った掛け声と返事。そしてパコンッパコンッという激しい打ち合いの音。
長里高校ソフトテニス部は様々な大会で優勝、準優勝と輝かしい成績を収めている。特に今季の二、三年生の一番手はベスト四以下になったことが無いという。
「一番奥で打ってる人たち、すげえな。」
隣で静かに見ていた祐太の声は彼の口から滅多に出ない賞賛の言葉だった。だが気にかかることが一つ。
「お前が言ってるあの人たちって俺らの先輩なんだけど…」
「…え?ウソ?」
はぁっと溜め息を吐きつつ説明を始める。
「あの緑色のシャツ着てる人が二年の米沢先輩。その相手してる人が同じく二年の釜石先輩だ。あの二人全国のベスト八入っただろうが。それで俺たちはあの先輩たちの上に行こうって言ったんだけど…本当に覚えてねぇのか?」
睨み付けつつもう一度聞く。
「申し訳ございませんが本当に覚えてないです。」
「おお、柊太に祐太じゃん。久しぶり!」
声を掛けてきてくれたのはたった今話に出た米沢先輩だった。スポーツ刈りがやはりよく似合っている。
「はい、お久しぶりです。米沢先輩。」
「あぁ…お久しぶりです。」
近くまで来てようやく思い出したのか祐太も俺の後に続き挨拶をした。
スポーツドリンクを二口ほど飲みこちらに爽やかな笑顔を向けてくる。
「なんだよ、こんなところにいないで中入ってこいよ。」
「え?良いんスか?」
「おう、俺が先輩に頼んで打たせてやる。ちょっと待ってろよ。」
そういって再びコートに入っていく憧れの先輩に「あざっす!」と礼を言う。
「はぁ…やっと思い出したわ、あの前衛の人でしょ?」
祐太の問いかけに呆れながら答える。
「やっとかよ…ああ、俺の目標だ。」
米沢先輩の凄いところはストロークやボレーのパワーはもちろん状況に応じていろいろなショットを打ち分けられるという点だ。俺はまだまだそういう視野が狭いが、パワーで押し切ってしまうためそこは補えている…はずだ。
こちらにダッシュしてきた米沢先輩は「すぐ入れ!」とこちらを急かしてきた。
「ここが男テニの部室だ。そこに掛けてあるTシャツ着て来い。」
「はい。」
「急げよ。」と部室を出る前に念を押されたので素早く着替える。
コートへ行くと一コートを除き先輩方が練習をしていた俺と祐太は合わせて礼をしてコートに入る。そして米沢先輩に報告に向かった。
「先輩、着替え終わりました。」
「ん、おう。」
それを聞いた米沢先輩が坊主頭の釜石先輩を連れて三年が練習している一つ奥のコートへと向かう。そこで天然パーマのかかった頭のキレそうな三年の先輩に何かを話す。するとその人がいきなり全員に集合をかける。そして俺たちの前に整列した。
「君達が期待の新星クンたちだね。」
「…へ?」
いきなり聞かれて、呆気にとられた俺に代わりに祐太が大声で答える。
「そうです!俺たちが期待の新星の青崎祐太と山口柊太です!」
―アホかー!
心の中でそう叫ぶ。
いくら相手がそう言ってくれてるからと言って自分でここまで主張するやつも珍しいだろう。朝の剛の事件の時と言い、これはグリグリ×2だな。と思っていると、それまで口をポッカリ開けてしまっていた天パの先輩がハハハッと笑い出した。
その様子をキョトンとした顔で見ていた祐太の頭を撫でながら天パの先輩は言った。
「それ位の自信がある方がこっちもやりがいがある。よし、気に入った。お前ら米沢と釜石の後輩なんだ
ろ?」
「はい。」
二人同時に応える。
「じゃあ、試合やってみるか?」
「え!?」
「良いんですか!?」
思わぬ誘いに驚きの声を上げてしまう。
「どこまでやれるか。その自信は慢心じゃないのか。それも見てみたいしな。なぁ?米沢に釜石?」
「はい、俺らがいなくなった後どこまで強くなったかも確認したいですしね。」
フッと笑いながら答える米沢先輩。
「久しぶりに打ち合えるな、青崎。」
顔をクシャッとして笑いながら祐太に話しかける釜石先輩。どうやら先輩たちもやる気らしい。
練習だけやらせてくれればそれでよかったのに…と思うがせっかくの誘いだ、乗らない手はないだろう。
祐太と顔を見合わせお互いの意思疎通を図る。すると祐太はニッと笑った。ならば返事は一つしかないだろう。
俺は祐太に笑い返し、二人同時に頭を下げる。
「よろしくお願いします!」
「おう、じゃあコートに入ってくれ。」
天パの先輩が指差したコートはしっかり均しており、ラインもしっかり見えるようになっていた。どうやら先に準備をしていたようだ。
「ありがとうございます。えーと…」
礼を言った後にこの部の部長であろう天然パーマの青年の名前をまだ聞いていなかったことに今更気付
く。
「俺は広茂諭、この部の部長だ。これからよろしくな。」
「よろしくお願いします。」
「お願いしまっす!」
俺の思考を読んだのか自己紹介をされ、俺と祐太は改めて頭を下げる。
その後、急いでコートに入った俺たちに涛川部長がラケットを手渡した。かなり古いモデルのようなのでおそらく、部室に保管してある予備のラケットだろう。
トスの結果こちらがサーブ先輩がレシーブになった。ネットポストに立った、先輩がコールする。
「ファイブゲームマッチ、プレイ!」
「オオォォオイ!」
両者の激しい気合の雄叫びがネット付近でぶつかり合う。
祐太が後ろでサーブトスを上げるのが自然に瞼の裏に浮かぶ。そこからジャンプ体を鞭のように撓らせラケットとボールが衝突。放たれた強烈なサーブが俺の頭の真横を通りサービスサイドラインギリギリの位置に入る。それを釜石先輩がサイドラインギリギリに狙い澄ましたボールを俺がボレーで対処、それが米沢先輩の方向へと飛んでいく。ローボレーでなんとか打ち返すが俺の後衛はチャンスボールをそう易々と見逃さない。少し浮き球になったそのボールを腰の回転で遠心力の乗ったラケットで叩く。それがベースラインギリギリにバンッという凄まじい音を立てながらボールが打ちつけられる。
釜石先輩はそれを何とかこちらのコートに返してきたがサービスコート内は俺の守備範囲だ。バックステップで一気にサービスラインまで下がり体重を前へと移動しながら高くジャンプする。そこから相手コートに叩き付ける。
コートの隅に入ったそのボールに釜石先輩は追いつくことが出来ず、後ろに設置されている金網にボールが当たりガシャアァァンっという音が鳴り響く。
このたった十数秒の攻防を見ていた男子ソフトテニス部一同はそれが終わった後も二秒ほどなにも言わずに立ち尽くしていた。
「す、スゲぇ…」
一人の部員が思わず口から漏らした言葉に続き他の部員も「おお!」や「早すぎだろ、オイ…」などの驚きや賞賛の旋風が巻き起こる。
祐太とパァァンッというハイタッチをした俺は思わずニコッと笑ってしまった。それに少し驚いたような顔をしてから頼れる後衛もニッと満面の笑みを浮かべる。
遅れて来てその様子を見ていた沃神創介と雛神佐祐はおそらく心中で思っただろう。
―俺たちと戦っていた時より…レベルが上がっている…?
その後も健闘を見せたが、結局俺と祐太は三‐ニで負けてしまった。
「なかなかいい試合だったな。これなら期待してよさそうだ。」
汗を拭き、スポーツドリンクを飲んでいた俺と祐太に話しかけてきたのは涛川部長だった。
「あざっす!…ってイテテテッ!」
「いえいえ、結局負けてしまいましたし、取れたポイントだってチャンスボールを思いっきりコートに叩きつけたり、先輩がミスしてくれたからで…」
謙遜という言葉を知らない祐太に今日一日分のグリグリを喰らわせながら代わりに俺が謙遜する。
「いやいや、もっと自信持ちなよ。それで俺らを追い越すぐらいの勢いでいてもらわないとね。」
「は、はい…」
蟀谷の辺りを押さえながら涙ぐんでいる祐太を見てクスッと笑い去っていく部長を見て俺は祐太の横腹を肘で突いて合図する。
「ありがとうございました!」
二人同時に礼を言うと広茂先輩が向きかえり答えてくれた。
「おう、これから頑張ろうぜ!」
「はい!」
先輩たちも追い越して今度こそ全国一位になってやる。
その頃、独りで帰っていた大切な人が何者かに後を付けられていることも知らずに俺はそんなことに思いを馳せていた。