手のひら
秋っていらない。だって秋がなければ夏休みと冬休みの間が短くなる。
小学5年生の時、季節についての道徳の時間にそう言ったら先生に怒られた。
「笠原さん。秋は素晴らしいものですよそんな事言ってはいけません。」
「でも先生最初に道徳の授業に間違いありません。ひとつひとつが素晴らしい意見です。だから勇気を出して発言してみてね。っていってたよ?」
我ながら素晴らしい切り返し。すると先生は困った顔をして、
「じゃあその勇気は素晴らしいと思うわ」
と言いながらも、黒板には僕の意見は書いてくれなかった。
挙句の果てには、同級生から変人というあだ名を付けられる始末。
でも、僕は悲しくなんかなかった。周りの目なんかに影響されないと自分で決めていた。友達はいなかったし、必要としてもいなかった。同級生と一緒に居るよりも近所の富美子おばあちゃんと話をしていたりする方が楽しかったから。
むしろそのために頑張っていたのだ。お菓子を食べながら編み物を教わったり、ベーゴマをしたり。
まぁ、周りのみんながテレビゲームやアニメの話で盛り上がっている休み時間は少し寂しかったけど。
***
ある日の放課後、 いつものように。編み物を教えてもらいに、富美子おばあちゃんの家に行った。
「おばあちゃん、こんにちは〜。」
「・・・・・」
返事がない。
お昼寝かな中かな?と思い縁側に回ると、膝に上に
愛猫のあずきを乗せて椅子に座っているのな見えた。
「おばあちゃん起きてー。昨日の続きしよーよ。」
また、返事がない。聞こえてないのかな?
「おばあちゃん!」
さっきよりもおっきな声で呼んでみた。それでも返事がない。その後も何回も呼んだけどおばあちゃんは起きてくれない。
嫌われちゃったんだ。勝手にそう解釈した僕は、涙を目に浮かべながら、家に帰った。
「あら、今日は早いのね。」
声をかけてきた母には返事はせずに二階の部屋へと駆け込んだ。当時の僕には相当辛かった。
ピーポー、ピーポー
ん?救急車?音が近づいてくる。かなり近いところで止まったようだ。
窓を開けてみると、救急車が止まっていたのはさっきまで僕がいた富美子おばあちゃんの家の前だった。
嘘だ。嘘だ。そんな、、
気がついた時には足が動いていた。靴も履かずに玄関を出る。
近所の人達が集まっていて、よく見えない。
ハァ、ハァ、ハァ。
必死になって背伸びをしながら見た、いや見えてしまったのは首を横にふる救急隊員と、それを見て涙を流す富美子おばあちゃんの息子さん。
最悪だった。頭が真っ白になった。
***
数日後、富美子おばあちゃんの息子さんが家にやって来て、僕に一つの手紙をくれた。富美子おばあちゃんからだった。手紙は、げんきにしてるかい?から始まり、僕と一緒にいることが楽しかったと書いてあり、あまり勉強のできなかった僕のためにあまり漢字を使っていない事に優しさを感じるものだった。
ポタ、ポタ
気づいたら紙がくしゃくしゃになっていた。多分手紙で泣いたのはあれが最初で最後だったはず。
呼吸が落ち着いて、やっと最後の紙。
そこにはいつも富美子おばあちゃんが、密かに心配していたことが書いてあった。
[夜ちゃんは小学校のみんなといるのはつまらないって言ってたけど、ほんとにそうかい?夜ちゃんのやさしささとゆうきがあったら、きっとステキなお友達がてぎるよ。おばあちゃんも遠くでおうえんしているからね。また、あみものしましょうね]
その次の日から僕は友達を作ろうとした。みんなが今どんな遊びをしているのか、どうすればみんなに認めてもらえるのか。本当に必死になった。おばあちゃんのためにも頑張った。
けれど誰も相手にしてはくれなかった。よく考えれば当たり前だった。学校にいる時はいつも絵を描いていたし、しゃべることなんて滅多になかった。
多分仲間に入れても辛いだけだっただろう。
それからというもの何をしていてもつまらなくなってしまった。絵を描いていても、編み物をしていても、ベーゴマをしていても。
気づいた時には僕は空っぽになっていて、残ったのは後悔だけだった。
***
小学校を卒業し、中学生の3年間も部活にも入らずに空っぽのままの生活を続けた。両親が心配してくれていたのはわかっていたけれど、何をすればこの空っぽの生活が満員電車のようにギュウギュウ詰めになるのかがわからないのだ。
とりあえず学校へ行き、勉強をして、将来のことを聞かれたら担任の先生と両親が心配しない程度に答え、まずまずの高校に合格した。別にこれと言って志望動機はない。
中学校の卒業式も小学校のときと比べて何の成長も無いままだったのだろう。
もちろん打ち上げになんて呼ばれやしなかった。
悲しかったけど、悲しさをどう表現すれば良いのかわからなかった。
***
気づけば高校の入学式。春休みなんてなかったようなものだ。
「只今より第23回上川高校入学式を始めます」
校長先生や、来賓の人の長い話は右耳から左耳へと受け流し、担任の先生が発表された。
「あの先生可愛くない?」
「本当だ!」
可愛い先生がいたそうで周りがザワザワしはじめた。そのくらいで騒がないでくれと心の中では叫んだ。その時、突然激しい頭痛が僕を襲って来た。ここで倒れたりして目立ってしまったら、小学生の時のように変人扱いされてしまうと思い、必死に耐えようとした。しかし、次は国家斉唱のようだ。僕は本当についていないな、もう限界だ。
早くも高校生活の終わりを感じていると、となりのマッシュルームみたいな髪型をした女の子がお腹が痛い先生につげて保健室へ行く許可を取っていた。
彼女には僕にはない勇気をもっていた。情けなくなると同時にもう頭が真っ白になった。何をしてるんだと笑えても来た。
「わかった。じゃあそこの髪の長い君。この子の付き添いで一緒に行ってあげて。」
「え?……はい!行きた…行きます。」
本当にラッキーだった。知らない彼女と気まずい雰囲気になりながらも別校舎の保健室に無事到着。
救われたと一息ついて、彼女に大丈夫?ぐらい話しかけようと思ったその時。
「あの、大丈夫?具合悪そうだったから。」
僕はこれまでのことを整理してみた。そして、彼女の言葉の意味を理解すると涙が自然と出てきた。人前で泣いたのなんて何年ぶりだろう。久々の開放感がすの僕へ導いて行く。恥ずかしいとかはどうでもよかった。ただただ嬉しかった。
彼女は一瞬驚いてから、すぐに笑顔になって僕の頭を撫でながら
「優しいんだね」
その手の温もりと優しい声が富美子おばあちゃんを思い出させて、ますます涙が止まらなくなった。
この前テレビで大学教授が偉そうに
「人生何かを失ってしまっても、いつかきっと新しいものを手にすることが出来る。」
と言っていた。
教授は正しいようだ。
捨ててばかりだった人生を過ごしてきた僕も、彼女によって今の自分を捨てる勇気を手に入れることが出来たのだから。