巫女と呼ばれた漢
ちょっとした息抜きで、何も考えずに書くからこうなる。
その者、紅白の衣装を身に纏い、春のごとく優雅に踊る。
一歩はふわりと花びらを浮かせ、二歩目は水面に波紋を作る。
手に持つ扇子は、繊細な宝飾で彩られ、しかしその者の色を奪うことなく儚げに存在を主張していた。
彼を見たものは、言葉を奪われる。
その姿をただ一心に見つめ、その場から動くことを拒絶させる。
多くの者たちが彼の神楽から目を逸らせない。
なぜなら彼は、漢だからだ。
巫女装束から浮き出た筋肉は、はち切れんばかりに隆起し、胸元から見える毛は、まるでアフロのように激しく主張している。
うなじには二本の三つ編みが垂れ、漢の舞に合わせてゆらゆらと揺れる。
漢の瞳を見ることは出来ない。そこには常夜を思わせる漆黒が掛けられているからだ。
綺麗に割れた逞しい顎は、漢の宝を思わせるほど綺麗な球体を描いている。
彼の一歩は静かで、しかしその足は膨張と収縮により巫女装束を破らんと内側から押し上げる。そのたびに、血管の浮き出た太ももが、彼らの視線を釘づけにした。
「ふん!」
神楽がその季節を春から夏へと変える。それと共に、漢の舞にも変化が現れた。
気合の籠る一声と共に、大きく踏み出した一歩が舞台を叩く。
生み出された衝撃により、前列にいた者たちは一様になぎ倒される。
「はぁ!」
扇子を振れば嵐が起こり、近くにあった灯篭を破壊する。
破壊された灯篭から火の手が上がり、それは舞台へと引火し燃え盛る。
それでも男は神楽を止めない。
むしろ、それが当然であるかのように、炎に包まれた舞台で神楽を続ける。
逃げ惑うのは、周囲にいた者たちだけである。
「せい!」
そして三度目の声。
それは夏の終わりを告げていた。
いつの間にかその手から扇子が無くなり、パンと打たれた柏手によって、舞台から一瞬で炎が消えた。
呆然とする者たちを睥睨し、漢は巫女装束の袖口から一本の刀を取り出した。
静かに抜かれた刀は、漢の一振りと共に凛とした音を舞台に響かせる。
それはまるで鈴虫のように、秋の音色として周りの者を魅了する。
演武のごとく続けざまに振られる刀。
その音色に聞き惚れていた者たちは、やがてその中に異音が混じっていることに気付く。
そして、秋の終幕。
漢が刀を鞘へとしまう。
カキンッ
その小さな音と共に刀が完全に鞘へと収まったとき、舞台の屋根を支えていた四隅の柱が崩壊した。
これまでの静寂から阿鼻叫喚の地獄絵図へ。それは厳し冬の到来を示すかのように、舞台を覆う。
崩れた屋根が男を押しつぶし、瓦礫の中に漢の姿を隠してしまった。
これでは神楽は続けられない。
誰もがそう思い、諦めかけた。しかし、それすら神楽なのだ。
周囲と共に、その全てを神への捧げ物とする。
漢の神楽はまさしくそれだった。
瓦礫の後には何もない。それは冬の畑のように、はたまた凍った湖面のように、誰も何もいない場所。
しかし春は訪れる。
厳しい冬を超え、その地面に小さな芽を出すだろう。
そう、瓦礫の中から漢の腕が生えたように。
漢はゆっくりと瓦礫の中から這い出してくる。
ボロボロの巫女装束は漢の姿に良く似合う。
そして彼は、瓦礫の頂点に立ち、片腕を天へと掲げ、神楽を終える最後の言葉を放った。
「I'll be back」
ジャンルが不明なのだが、どれに当てはまりますかね? ホラー?