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2015年/短編まとめ

この思いに名前を付けるならば

作者: 文崎 美生

好きなタイプは好きになった人と答えるけれど、理想としては夢を追いかけられるリアリストがいい。

夢ばかりじゃなくて冷静に分析の出来るリアリスト

こそが、私の恋愛対象としての理想。


「って考えがあるんだけど、そうなると私が好きなのはその人じゃないよね」


ちゅーっ、と音を立てて紙パックに入った牛乳を喉へと流し込む。

すると目の前の友人は長いまつ毛に縁どられた目を、大きく見開いてから数回瞬きを繰り返した。

その顔を見ながら私は残り半分くらいになった紙パックを軽く振る。


「あくまでも好きなのは、夢を追って現実とそれを見比べながらも進んでいる姿であって、その人本人じゃなくてもいいんだよ。だから、これはきっと恋なんて言っちゃいけない」


「……とどのつまりは、振ると」


友人は首を傾けながら問う。

答えとしてはそうならのかもしれないな、と思いながら私が頷けば、大して興味もないように「ふぅん」と言いながらスナック菓子の袋を開ける。


そこまで興味津々に前のめりになって聞いて欲しいわけじゃないけれど、そこまで興味なさげだとこの先話を続けていいのかも微妙だ。

スナック菓子の袋の口を、こちらに向けてくるので有り難く頂くと、友人がのんびりと言葉を紡ぐ。


「別に、誰と付き合おうが告白を断ろうが振ろうが勝手にすればいいとは思うけど。そういうのは、本人に直接行ったほうがいいんじゃないの?」


そう言って友人は静かに窓の外を見た。

お昼休みなのにグラウンドには生徒がいて、カキーンッ、と金属バットの高い音が響いている。

私も同じ方向を見た。


そこにはぼんやりとした話題の人物がいて、バットを放り投げて一塁へと駆け出している。

よくもまぁ、制服であそこまで走れるよな。

いくらお昼休みだからって、放課後には部活だってある筈なのに。


「まぁ、そうなんだけど」


もう一つ、とお菓子に手を伸ばせば友人はバリバリと、スナック菓子の袋をパーティー開けにする。

有り難くお菓子を拝借しながら、外の様子をもう一度見た。

楽しそうに声を出している面々が輝いて見える。


彼らの殆どは野球部で、この後の放課後も泥まみれ汗まみれになって、青春を謳歌するのだろう。

ウチの学校は部活にも力を入れているので、なかなかに強いところが多いのだ。

当然野球部も含まれる。


「あの野球に向ける目を、自分にも向けられてるんだって分かると申し訳ないよね」


「愛されてる証拠じゃない」


「そうとも言うけれど」


彼がホームベースを踏む。

皆、制服だからスライディングとかは出来ないんだろうな。

そう思って見ていても、楽しそうだからいいのかもしれないけれど。


仲間と一緒に今年最後の甲子園を目指す彼。

付き合ってもう1年以上経つけれど、ひたすらに夢を追いかけて、必死に野球をしている姿を見てきた。

だからこそ申し訳ない。


「同じくらい愛せてる自信がないもの」


こんな私に尽くしてくれる彼。

こんな私を愛してくれる彼。

私のどこを好きになったんだろうか。

私にはそれすらも分からない。


「もしも彼の夢が叶った時、私は彼を輝いていると思えるか不安。私は彼が好きなんじゃないかもしれない。夢を追いかけてるって部分が好きなだけかもしれない」


そんなの彼に申し訳ない。

彼に失礼だ。

ギリッ、と上と下の歯が擦れて音を立てる。


仲間と笑いあっている彼から目を逸らそうとした時、彼がこちらを振り向く。

目が合って私の体が小さく揺れる。

私のそれに気付いた友人もまた同じように、外へと視線を向けて「あぁ」なんて他人事のように声を漏らした。


彼が仲間に向けるのと同じ、でも少しだけ恋愛と言う名の情を含んだ笑みを私に向ける。

キュッと唇を引き上げて私も笑顔を作った。

歪な笑顔になってしまったかもしれないけれど、彼に手を振って答えるのだ。


「もうちょっと考えてあげたら?」


「……さっきまで興味なさげだったのに、突然どうしたの」


窓の外から友人に視線を向ける。

友人の視線は窓の外の彼らに向けられていて、眩しそうに細められていた。

私はお菓子をつまむ。


「別れたら別れたで、彼の狼狽える姿は見ものなんだろうけれど。時間を掛けて知ることもあると思うから、かしら」


お菓子のクズが付いた指先をペロリ、と赤い舌で舐める友人の言葉に、私は疑問符を浮かべることしか出来なかった。

窓の外を見れば、彼らが道具を片付けている。

何でそんな風に輝けるの?




***




「今日、部活見て行ってもいいですか」


疑問符は付けずに言えば、彼が驚いたように目を見開いてから笑う。

了承を意味しているそれに、ほんの少しだけ安心したのは何故だろうか。


重そうな大きいエナメルバッグを持った彼に着いて、グラウンドへと向かう。

部活なんてやっていない私にとって、部活動なんて未知の世界もいいところ。

でもやっぱり、キラキラして見えることが多い。


部活が始まっても彼はキラキラしていた。

ずっとキラキラしてるけど、やっぱり野球部として活動している時が一番キラキラしている。

授業中にスコアボードと睨めっこしてる時も、輝いて見えるんだもの。


夢を追いかける人はキラキラしてる。

輝いて見えるものだ。

だから好きだし、応援したい。

でもそれが恋か愛かは別の話だろう。


眩し過ぎて、恋とか愛とか言っちゃ駄目なんだよ。


グラウンドで輝く彼に目を細めて、私は静かに首を振った。

そのくせ理解してるのに手放せないんだ。

きっと休憩になって戻って来るであろう彼の笑顔を見て、キラキラしてるんだって理解して、また迷うんだ。


恋とか愛とか、憧憬とは違うんだよ。

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