滋、穂高と初対面
訓練所はちょっとした体育館のように広く、天井も高い。地下室内で、この訓練所だけが地下三階と地下二階を跨って設計されている。滋も桐生の後を追って課からその訓練所へと抜けると、中央で一人の年配の男を目にする。無毛の坊主頭、馬のように長い鼻の下、口元目尻に深い皺、黒ぶちのメガネ、やや浅黒い肌… その人こそ穂高である。
「おお、誠司。お前、ちょっと遅くないか」
「大学からなんだ、こんなモノでしょ」
「おお、そいつが佐久間滋か、本当に女の子みたいやな。お前、彼女ができないからって、変な趣味に走ったらいかんぞ」
「そんな趣味はないよ。それに、こいつもちゃんと能力者だぜ」
「結界やろ。話は聞いとるよ。お前、こいつの訓練にワシを参加させなかったやろ。瞑想室なんかでこっそりやりやがって。ワシはこいつと会うの、これが初めてやぞ」
「あの… 初めまして」
向こうからの返事は特にない。代わりにまじまじと品定めされる。滋も畏まってしまう。穂高は顔を見る限り疑いなく老人とわかる皺の深い顔をしているが、その背筋はピンと伸びて、動きも大きく、声も太い。
「う~ん、とても戦闘向きとはいえんな。運動オンチやろ?」
挨拶代わりに失礼なことを聞いてくれるが、当たっているから怒ることもできない。
「ええ、はあ… はい」
滋にも、何だか弥生が苦手とする意味がわかる気がする。
「それで、例の池から引き上げられたっていう薙刀ってのは?」
「これや」
穂高の影に隠れて桐生たちには見えなかったが、床の上に薙刀が寝かされている。臙脂色の柄は随分と色あせ、ところどころ藻が付着しているが、幅広の刃は錆も傷もない。
「不思議な状態だな。刃のところだけ磨いたの?」
「いや、わしはしとらん。柄の様子から長い間、水の中に浸かっていたと推測されるんやけど、刃はまったく死んどらん。いつでも人を切れるといった感じやな。おっと、直接に触るなよ。触ると水の竜がでてくるぞ」
忠告を受けたときには丁度、桐生が柄に手を伸ばそうとしていたところ。業界人の経験と本能によって、そうと聞かされるや、触れる寸前でピタリと手を止める。が、触るなといわれると触りたくなる桐生誠司の悪い性格は、寸での所で止めながら、次には試しと刃の先端を指先で摘まんでいる。穂高の警告どおり、刃のどこからか水柱がわいたと思うと、それが湾曲して蜷局を作り、刃の周りをグルグルと巻きながら先端まで上って、摘む桐生の指に触れる手前で急に竜の形を作る。
「汝、我を…」
水竜が話しかけてきたところで桐生は指を放してしまう。途端に竜はただの水となり、重力に従ってバシャリと床を濡らす。
「お前という奴は、触るなと言っとろうに。まだこいつがどんな性格の武器なのかもわかっとらんというのに」
「ああ、悪い、悪い。でも、どんな武器なのか、知るには触ってみるのが一番手っ取り早いと思ってね。ところで、じいさんはこんな広いところで何をやってたの?」
「情報収集に決まっとるやろ。ま、実際にわしも触ってみたけどな。わしは水が湧いた瞬間に放したが、やはりあの高校生の言うとおり、水が竜に化けたな。しかも喋る」
「なんだかんだと、俺を実験台にしやがったな?」
滋の目には、二人はどこか似ている。桐生誠司という男もおそらく変人の部類である。
「それで、これを見つけた高校生っていうのは、いまどこに?」
「上で事情を聞いとるよ」
続きます