弥生は看板娘(自称)
車を和菓子屋の隣の駐車場に停めて二人が店の中に入ると、
「あれ? 弥生さん?」
「あら、二人して珍しい。講義サボって、何? 仕事?」
「お前だって学校サボってバイトをしてんじゃない」
弥生はタイトな黒のジーンズに紫のTシャツを併せ、腰には和菓子屋の名前「植木屋」と入った紺のエプロンを付けて、頭には白い三角巾を被って店番をしている。暑いからと袖を肩まで捲り上げていると、大学生のアルバイトというより高校生のアルバイトにも見える。丁度お客がいるのでその接客の様を見てみると、これがまた明るく応対して感じがよく、手馴れたものである。いつになく可愛らしいものだが、お客が皆帰って店に三人以外誰もいなくなると、
「たまにサボったって罰は当たらないわよ。単位だってちゃんと取っているんだから。私はここの看板娘よ。最近、からっきり出ていなかったんだから、少しくらいこっちを優先させないと店のためにもならないわ」
と、いつもの調子で返してくる。
「自分で看板娘って言えるところがおこがましいやね。怪しいもんだ。お客にはどう思われているのやら」
「ほお、あんたなんか、ろくにバイトにも出ないで、お客さんの気持ちがわかるっていうの?」
「出ていないのはお前も同じだろ。女性がお前一人って思っていたら大間違いだぜ。事務員の人たちだってたまにここ手伝っているんだ。既婚者もいるし、年齢もお前より上かもしれないけど、店に出ている頻度っていうものを考えたら、むこうのほうが看板背負っている感じがするぜ。だいたい看板娘なんて担がれていたのは俺たちがまだ中学、高校のときだろうに。二十歳になって、いつまで娘気分なんだか」
「うわぁ、あんた、ほんとムカつくわね。大学生だって青二才に見られるこのご時世に… あんたの頭の中が老けすぎているんじゃないの?」
毎度のことで二人の口喧嘩にも慣れた滋であるが、冷静に分析して双方から節操というものが感じられない。ほとんど言ったもの勝ちである。互いに貶す言葉だけは知っているから、際限もない。そういった知識を何かしらの文化活動に充ててくれれば、世の中を少しは明るくできるかもしれないものを、勿体無いやら、傍で聞いていてただ心苦しくなるやら。
「老けているんじゃない、大人なだけだね」
「何が大人よ。そんな山で虫でも追いかけている少年みたいな格好をして。滋君も何か言ってあげなさいよ」
「え? ここで僕? いやぁ、二人とも若いなぁ」
「おっと、こんなところで時間を無駄にしている暇はないんだった。俺たちは『仕事』だから、お前は『バイト』でもしていな」
「ふん、それって穂高のじいさんが持っている仕事でしょ。私はパス」
「はいはい」
桐生と滋は店の奥へと入って菓子の製造工場を抜けた先の地下へ通ずるエレベーターに乗り込み、最下層である地下三階に向う。
「弥生さん、どうして今回の仕事をパスしたんだろ? 穂高のじいさんって?」
「ああ、武器の開発課の人だよ。課って言っても、その人一人なんだけど。俺の得物を対幽霊用にコーティングしただろ、その方法を教えてくれたのがその人だよ。弥生はその人を苦手にしてんだよ。嫌っているわけじゃないんだけどね。お前を覚醒させるために芝居した際、あの時、弥生が着ていた熊の着ぐるみを作ったのもその人なんだけど、穂高のじいさんが作るものを使う度に、弥生の奴、ろくなことに会っていないから、運命的にとことん相性が悪いって思いこんでいるんだよ。お前は、会うの初めてだっけ?」
「そう言う人がいるってのは知っているけど… うん、そう… だね」
弥生が毛嫌う話を聞かされて、やや怖気づく。桐生はやはりニヤリとする。
「基地内でも、変な人の部類かな」
続きます