弥生、怒りの説教
男子二人の下敷きになって立ち上がれない弥生。
「重い~!」と声を上げても当の男子二人が気を失って気がつきもしない。拳骨で彼らの頭を殴って、ようやく二人共に目を覚ます。覚ますが、二人共にポカンとしている。
「あれ、弥生さん?」
期せずして二階堂の手が弥生の胸を掴んでいるから、
「何、触ってんのよ!」 と、今度は二階堂の顔面に拳を打ち込んでしまう。しかもあっさり殴られて再度気絶してしまう。はて水竜の力はと思えば、手には薙刀が握られていない。屋根の上では、
「これも、作戦通り、っていえばいいのかね?」
「過程がずれても終わりが一緒なら何でもOK。完了だな」と、ヴァイスと桐生は〆ている。
「だから、早くどきなさいよ!」
弥生は怒り心頭で今度は両手から炎を生み出すと直火で炙っている。ようやく滋たちも飛び退くが、「燃えてる! 燃えてる!」と喧しい。叫びながら衣服に燃え移った炎を素手で叩いている。鎮火しても衣服は黒焦げて穴まで開いて、まだまだ熱い。
「水、水、水!」
わめく彼らに、すっくと立ち上がった弥生は、恨み、つらみ、鬱憤にストレスを抱いて怪しく笑う。その手にはいつの間にか水竜の薙刀を握り、刃先を向けている。
「フッフッフ、水がほしい?」
そんなことを言う。滋も二階堂も桐生も、目が飛び出すほどに驚いてしまう。
「あらあら」
「あいつ、何をやってんだ! アレから水が出ると勘違いしているんじゃないだろうな! そんな道具じゃないっていうの!」
消防車の放水ホースの水圧を弥生もまた期待していたようである。そして出現した水竜によって足首から腿へ、胴から首筋まで絡みつかれ、鎌首もたげて眼前に漂よわれて静かに睨まれる。
「何かエロい」
屋根の上でヴァイスが呟くと、下にいた滋の耳にも届いたようで、
「そんなことを言っている場合じゃないですよ! 弥生さん、早くそれから手を放してください!」
しかし弥生もいらぬ負けず嫌いから、放せと言われれば却って放さず、水竜の落ち窪んだ眼部を見据えて動こうともしない。妙に落ち着き払っている。
「汝、武を…(以下省略)」と、水竜の問いもいよいよ始まる。間髪入れずに、
「弥生さん! そんな言葉、聞いちゃ駄目ですよ!」と滋も叫ぶ。
さて…
「私のようなか弱い女の子が、武を極めたいなんて、そんな粗悪で、喧嘩に明け暮れてばかりの不良少年みたいなことに興味があると思う? 別に筋肉少女みたいになりたいなんて思わないわよ。それとも、あんたの目にはそういうふうに見えた? どれが目なのかよくわからないけど、あんた、ちゃんと私のこと見えてる?」
弥生の返事は、つまりノー。
「まるで説教だな」と桐生が言う。
水竜の援助を受け入れる例はあった、それを拒んですぐに手放した例もあった。しかし、薙刀を握りながら、力を貸すという水竜に面と向って小言苦言で返す例はこれが初めてである。
「汝、では何故、我を使うか? 武を極めると欲さずして、我は使えん」
「だから、水よ。水を出しなさいよ。彼らにお仕置きしてやらないと気が済まないんだから」
彼女の頭では、この薙刀も水竜の力も、憂さ晴らしの道具にしか考えていない。怒りに冷静さを失っているからできる荒業か、そもそもの性格が単に図太いだけなのか…
「強いね、彼女」と、またもヴァイスがぽつり。
「何を言ってんだよ。あいつが一番子供だよ。こら、弥生! 取り憑かれても知らないぞ!」
そんな桐生の忠告なども即答で、
「拒否したわ! 取り憑けるものなら取り憑いてみなさいよ! そんなことをしようものなら、その前にこの竜を蒸発させてやるわよ!」
ちなみに弥生が生み出した炎で水竜を蒸発させることはおそらく不可能である。魔法力で炎を作り出し、放出できても、常識の通り水には弱い。小雨程度なら降られたところで維持できるが、タライやホースでまとめて水をもらえば簡単に消えてしまう。
「あの水竜を蒸発させられるような魔力の持ち主なんて、『あちら側』でもそうはいない。でも、本当にやれるなら見てみたいね」
「おう、それは俺も見てみたい。あれだけ啖呵を切ったんだから、やってもらいたいもんだね。成功すればそれでこの事故処理も完了だ」
屋根の上の二人はまた意地悪なことを言う。悪気があってか、ただの好奇心かは知れない。確かなことは弥生の憤怒を上積みさせたことである。おまけに水竜には、
「その怒り、汝の弱さから来るものなり。汝、我を使い、武を極めるべし。さすれば、その不満も露と消えん」
と売り込まれる始末。勿論、火に油で、
「ほう、私が一番何に怒っているのか、あんたはわかっているのかしら? あんたよ! あんた! 武を極めたいかですって? そんなのただの口実でしょう! 本当に極めたいなんて思っているのはあんた自身でしょ! そんなに一番になりたいなら、自分一人でやりなさいよ! 何を、他人を巻き込んで、それを利用して成し遂げようとしてんのよ! この卑怯者!」
感情のみの咆哮に違いない。が、それでも彼女の言い分に理がつけば、水竜はシュンと項垂れて、反論もこれ以上の売り込みの言葉も出てこない。
続きます




