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舌戦の才能

 咳払いを一つ。いざ二階堂に向かって、薙刀を振るう戦闘員でなく、戦いは戦いでも舌戦の場で活躍する仕事に興味はないかと訊ねる桐生。彼自身専門外の職種だけに、訊ねておきながら断ってもらいたいと秘かに願う。が、得てして怠慢からの願望は叶わないもので、


「興味があるというと嘘になりますが、それでも少し詳しく聞かせてもらいたいものです。あなた方の組織は政治家とも繋がっているのですか?」


 と、少し勘違いもされて、話がややこしくなる。UWの日本支部が国から援助を受けている以上、日本の政治家と絡んでいることは間違いないが、その手の「こちら側」の人間同士の政に桐生はほぼ関知していない。せいぜい所長より話を聞かされる程度である。何が真実で、どこまで重要であるのか、所長からの相談なのか、それとも独り言なのか、分からないことが多々ある。深く詮索したこともない。自分たちは自分たちの仕事をするのみである。そうではなく、彼らが勧める舌戦の場とは、「あちら側」との交渉である。本部には対「あちら側」交渉専門の部署も存在する。条約、協定に関わる仕事を主としているが、元政治家や学問に長けた人材によって構成されているため、本来桐生などが薦めたところで高校生の二階堂がいますぐ雇われる可能性は皆無に等しい。あくまで興味があるか、ないかの確認にすぎない。本気で入りたいのなら、二階堂には大学に行ってもらい、勉強をして後、まずは秘書のような形で雇われるのが定石となる。


「政治家とはまたちょっと違ってね、何というか、何から説明すればいいのか、言ってしまうと、君が持っている薙刀の水竜なんかと交渉するような仕事なんだけどね。それも大きな取り決めごとに関するね」


「それは、地獄か何か、そういう世界ですか?」


「いや、まさか。そんなところじゃないよ。こことは別次元の世界のことだよ」


 「あちら側」は決して地獄や魔界と呼ばれるような陰湿で混沌とした世界ではない。「こちら側」と変わらず日は昇り、そして沈む。人が住み、動植物が生息し、文明が存在して、いくつもの国が興っている。「こちら側」と異なっている点といえば、科学の発展が遅れている代わりに、魔法力、もしくは魔力と呼ばれる力が残って、それを操る人間、又は操る動物が数多くいることである。


「竜と交渉… 政治活動…」


 二階堂はぶつぶつと一人呟きながら薙刀の刃先を見つめる。それまで力でもって水竜の支配を免れ、逆に利用することを考えていたが、話し合いで協力し合えれば、いまの自分でもこの武器を使いこなせるのではと閃く。だが、桐生が挙げた例は、別にこの薙刀についての話でもない。二階堂の早とちりは、詰まるところ、戦闘員としてしか自分を見ていない証拠である。自身の能力によってそれと勘付いたヴァイスが桐生にそっとこのことを教えてやる。彼らは共に、二階堂が何を好んで血なまぐさい職種を望むのか理解に苦しい。二階堂の本質もまた、あの薙刀の水竜と等しく、ただ戦うことでしか自分の存在意義を見出せない、根暗で野蛮なものなのかも知れない。これが許されるのはせいぜい自分の孤独に浸りたい年頃の中学生までであろう。二人はふと、互いに自分が高校生の時分の頭の作りがどうであったか訊ねあう。


「俺はもうUWに入っていたしな~ 戦闘もあれば話し合いもありで、大人と変わらないことをやらされていたわけだし、少なくとも戦いの中にだけ自分というものを置くことはなかったね。仕事もそれなりに忙しかったし、充実していたから、っていう理由もあるけれど。まあ何せ、そんな暇はなかったな。お前は?」


「高校生か、君が卒業してもう二年? まだ二年とも言えるかもしれないけれど、何か懐かしいね。こんな仕事だから、戦闘の中の駒としての自分の意味というものを考えることはあっても、戦闘そのものを自分のアイデンティティのように見出して、そこにどっぷり浸ることは皆無だったかな。何度も言うように、戦闘は交渉の手段の一つに過ぎないからね。戦闘そのものを目的とはしない。そこを履き違えていると、水竜のような思考になってしまうのかもしれないけれど、もし本当にあの二階堂君が水竜と同質の考え方なら、戦闘員としてはこの業界に向いていないのかもしれないね」


 一人熟考中の二階堂へ、また揃って視線を注ぐ。二階堂にも彼らの話し声が聞こえている。自身の思考、思想と異なるフレーズが耳に届く度、胸がざわつき、体は熱って、胃が萎む。水竜も、感覚として彼らの言っていることが、自分の存在意義を否定しているとわかっているに違いない。二階堂は、刃を交えても、桐生たちに大した敵意を抱いてこなかったが、初めて一つ確かで大きな踏破の感情が生まれる。途端に彼の目つきが鋭くなる。


「なにか、モノノフの顔になっているね」


「ビシビシとやる気が伝わってくるな。お前が向いてないなんて厳しいことを口にするから、それが聞こえてしまって怒ったんじゃないのか?」


「俺のせい? う~ん、まいったね」


 だが、これも方便。したたかなヴァイスは二階堂の変化も想定内。


「あなた方はいいですよね。すでに不思議な現象を相手にする仕事に就いている」


「え~と、そうだね」


「あなた方が、戦闘についてそれを目的としないと語れるのは、あなた方がすでにその業界で働いているからだ。仕事があるからそういうことを言える。自分は就きたくてもまだ就いていない。戦うことを目的とすることの良し悪し以前に、就けていないのだから、それを目的とするのも当然のことでしょう。いまの自分にはそれしかないのですから。それを否定されては、いまの自分には未来すら見えなくなる。まずはその仕事に就かせてみてから、自分の目的がただの戦闘だけなのかどうか、見極めてほしいものです。そうでないと、不公平です」


 が、ヴァイスは、


「彼は… やっぱり政治向きだね」


 桐生も深く唸って首を縦に振る。



続きます

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