走って戦って町も抜ける
滋がグラウンドに到着すると、丁度その時になって二階堂はまた逃走を始める。小学校の隣、竹薮の中へと飛び込むので桐生もすぐに後を追う。弥生たちも、と行きたいが、教師たちに捉まって説明を求められる。小学生たちの中には、桐生たちのアクションに心を奪われ、その後を追いかけようと竹薮へと駆け出す子もいる。
「弥生さん、急ぎましょう! 僕らも追わないと、この場のことなら後でいくらでも説明がつくはずです!」
「わかった、それじゃ、車へ戻るわよ!」
「あ、ごめん、弥生さん。車は別の場所で待機しています。僕らも走って追いかけないといけないんです」
弥生は眉尻を吊り上げ頬を引き攣らせるが、真顔になって教師たちに一礼して、不本意でも走り出す。興味本位で桐生たちを追跡しようとしていた小学生たちをも一気に追い抜き、
「あんたたち! 本当に危ないんだから、学校に戻ってなさい!」
厳しく怖い教師にでも思えたか、走っていた全員がビクリと足を止める。教師相手には低姿勢でも子供ら相手には本領発揮、頼もしい限り。が、勢いに乗ったその足の速さに、滋はついて行けない。滋も全力で走って追いかけ、そのうち藪が斜面と変わる。変わったと気付いた時には彼は駆け下りている。それも筋力以上の速度が出て、もう止められない。止めらないと思ったときに限って、弥生はすでに足を止めている。そのままぶつかって二人して倒れ込んでしまう。
「イッタイわねぇ、ちゃんと前見て走りなさいよ」
「あの、ごめんなさい。勢いがつきすぎちゃって… でも、弥生さんもどうして立ち止まって…」
弥生に重なりながら共に顔を上げる。桐生と二階堂が、時に竹を切り倒し、時に竹と竹の間をすり抜け、戦闘に不向きなこの斜面で、追い追われの攻防を続けている。
「なるほど」
「ちょっと、なるほどじゃないわよ。あんた、はやくどきなさいよ」
「あ、ごめんなさい」
男が女の上に覆い被さっても、二人共に特別な感情を抱くこともない。まるで姉弟や、幼馴染の近所の異性の友達といった間柄である。
「ちょっと、誠司! あんまり竹を切りすぎると地主に怒られるわよ!」
「そんなの、俺だってわかっているよ! よく見ろよ! 切っているのは相手のほうだ! ほらまた飛ばす」
「だから、早く捕まえなさいよ!」
「ええい! そんなことを言っている暇があるならお前らも手伝え!」
弥生もそのつもりだが、相手も速い、地形も悪い、おまけに桐生の態度が何か癪に障る。三拍子揃って、一歩が踏み込めない。
「滋君! あんた何とかあの馬鹿を手伝ってやりなさいよ!」
「え? 僕ですか? そうしたいのはやまやまなんですけど…」
滋だって右に同じ。二人は、一応にそれぞれ臨戦態勢である。弥生はいつでも火球を飛ばせるように構え、滋もいつでも結界を放てるように両手を翳している。と、思えばまた桐生と二階堂は得物を振り回しながら走り出す。何のための滋たちか。仕舞には馬鹿馬鹿しくもなる。それでも二人の偉いところは、愚痴の一つを溢しても、一度関わった任務を途中で放棄しない。やはり追いかける。特に弥生は、意地でも追いついてやって、溜まった鬱憤を隊長の桐生にぶつけてやらねば気が済まない。
下り終えると民家の並ぶ住宅地に出る。展開としては非常に拙い。二階堂と桐生は民家の屋根の上を走っては次の屋根へと飛び移って追いかけっこを続けている。確認はできないが、瓦の一枚や二枚は割れているはず。幸いにして道に住民の姿がないために、騒ぎ立つことはない。そのうちに屋根を伝って河川敷に出る。町人に被害者はなしと胸を撫で下ろしたいが、平日の日中は住宅地より河川近辺のほうが人の姿を目にする。犬を散歩させる若い主婦、ランニング中の老人、折りたたみの木椅子に座って風景画を描いている老人、はたまた授業の一環として足を運んでいる小学生の群れ等々、人の目を避けるなど無理の一言。挙句、よりによって河川敷の真ん中で戦闘を始めている。弥生の苛々もさらに積もって露骨に顔にでる。彼女だって随分と走っている。疲れているだろうに、女の意地か執念か恨みか、休もうとしない。追いつくと… いや、またしても桐生たちは走り出す。さすがに我慢も限界。弥生の手より炎が上がってしまう。それを目にした河川敷の人々は、大道芸と勘違いして、歓声と拍手を送る。恥ずかしいったらありゃしない。
続きます




