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小学校に出ちゃった

 ヴァイスが感じ取った感覚から推測するに、薙刀の水竜はいまだ武を極める夢を諦めておらず、己一人で戦い抜いて、生き残ることにその本質を見、また戦えば戦うほど己の力量も増して極めし者へ近づくと信じてやまない。何を願って武を極めたいと欲すのか、終着点に何を見出そうというのか、勝ち得た先の未来までは思い描いていないようである。ひたすら戦い、生き残り続けること。水竜の思考回路はそれしかない。血なまぐさい生き方の中に身を投じ、その中でのみ自分の存在意義を見出そうとしては自身の感傷に浸り、盲目的に自分を追い込むことだけを真理と錯覚して、それ以上の思考は停止してしまう… このヴァイスの勘通りなら、まるで中学生のごとき理屈の持ち主である。


「それじゃ、俺は走って追いかけるよ。君ら、車で追いかけるなら、桐生誠司と連絡をとって、目標を囲い込むように先回りするつもりで動くといい。それじゃあね」


 いま時分、車に激しく撥ねられた人物とは思えないほどの速さでヴァイスは駆けて行く。


「あれ、絶対にオリンピックに出たら金メダルよね」


「ハハ… そうですね。もう人間じゃないね、あの人たち」


 弥生と滋もすぐに車へ戻る。ヴァイスを撥ねてしまったスーツ姿の男も、信号が変わって車をどかせと煽られている。慌てて自分の車に戻ろうとするが、フロントバンパーが大きく凹んだ衝突の跡を目にして、夢現の境が怪しい。戸惑いながら乗り込んで慌てて発進させても、右に左と危うく蛇行し、仕舞いには自らガードレールに突っ込んでしまう。気の毒なことで…


 弥生は桐生に電話を掛ける。ヴァイスが感じ取ったという水竜の行動予測を教えると、確証もない感覚だけの話なら、普通なら論外と突っぱねるところ、ヴァイスと付き合いの長い桐生は彼のその「感覚」をむしろ信頼して、随時報告を了解して弥生たちの乗る車の行き先も指示する。


「住宅地に出たぞ。もう近い。一般人を攻撃する前にこちらから攻撃をしかけてみる。その間にお前らも来い!」


 電話は切られることなく繋がったまま。すぐに刃と刃の乾いた衝突音が電話越しに弥生の耳に響く。


「始まった! とにかく場所を言いなさいよ!」


 しかしキンキン、カンカン、金属音ばかり。


「だからどこよ! 目印ぐらい言いなさいよ!」


「動きながら攻撃してんだよ! 相手だって逃げるのに必死なんだ! あ、小学校に入った!」


「小学校? 十二屋小学校のことね! いまから向かうから、あんたそこで食い止めなさいよ! あ、駄目、小学生に危害が出る。あんた、その場から離れて戦いなさいよ!」


「えぇい、どっちだよ! いま、グラウンド! あ! よりによって立ち止まって迎撃に出やがった! お前ら早く来い! うおっ! 今度は体操着姿の小学生がぞろぞろと外に出てきたぞ!」


 電話越しにチャイムが鳴っている。


「絶対に小学生たちに危害を加えるようなことはさせないで!」


「そんなものわかっているよ! って、おい! なんかあいつら! 俺たちのこと、アトラクションか何かと勘違いしているぞ! よくわかんないけど、特に男子が興奮していやがる! うわっ、寄ってきた!」


 小学生の群れなど、桐生にしてみれば猛獣よりも厄介。


「こうら! 小学生! 遊びじゃないんだ! こっちに来るんじゃない!」


 悲しいかな、その警告も笑われている。


「ちょっと、あんた! あんたこそ遊びじゃないんだからね! 絶対に近づけちゃ駄目! 子供に舐められるんじゃないわよ!」


「やかましい! こんな状況で、これ以上に子供の面倒もみろってか? 無茶苦茶言うなよ! お前らこそ、早く来いよ!」


 怒鳴りながらも鍔迫り合いの音。彼も相当に頑張っている。


「学校、着いたわよ!」


 弥生はすぐに車を降りる。関係者以外立ち入り禁止の看板も無視してグラウンドを目指す。滋もすぐに追いかけようとすると、


「佐久間君、我々は少し離れたところで待機するよ。この車が危険人物の関係者のものだと思われるとやはり後々面倒だ。君は君で何かあり次第こちらに電話をくれないか」


 村田は車に積んであった小さなメモ紙に自分の携帯電話の番号を書き殴って滋に渡す。


「いっそ、この車に書かれた店の名前、ペンキで塗りつぶしてしまいたいくらいやわ」


 穂高がボソリと呟いてすぐ、車は滋を置いて逃げるように発進する。グラウンドでは弥生が小学生を前に危険を諭して校舎の中へと帰そうとしているが、児童たちは素直に帰らない。そのうち教師も一人、二人と出てくる。


「あ… あなた方はいったい何なんですか!」


「え? いや、スイマセン、スイマセン。え~とですね…」


 あたふたと教師たちに平謝りする弥生は、結構、内弁慶である。



続きます

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