表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/34

撥ねられても、まだ動く

 滋の質問が続いているうちに、車は桐生たちを見つけられずに店に戻ってしまう。弥生が携帯を掛けてみる。


「あんた! いまどこよ! 山? そろそろ町に出る? だからどこよ!」


 その会話の流れから桐生たちの場所を推測して、村田はすぐに再度車を発進させる。下り故に、彼の運転はまたまた荒くなり、車体が凶器弾丸のように坂を滑る。車内はまとまりなく、


「あいつら、やっぱり道路を逸れて山の中に入っていっとったんやな」


 と、穂高。滋は酔いそうになっている。弥生は電話越しに怒鳴っている。


「早く捕まえればいいじゃないよ! え? 逃げ足が速い? 運動馬鹿のあんたが駆けっこで負けてどうすんのよ!」


 麓まで下る。信号で停車しているその交差点のど真ん中に、急に薙刀を持った二階堂が飛び出してくる。周囲には彼らの車のほかに、対向車線も合わせて数台が赤信号で停車しているが、突然現れた大きな刃物を持った高校生に、どのドライバーも驚き戸惑っている。その高校生を追いかけるように、鞘に収めた刀を腰に携えた桐生が交差点の真ん中へ跳んで降り立つ。さらにヴァイスも。


「あ、いたわ」


 二階堂はまだ逃げようと右に左に体を振るが、二人に挟まれ、立ち塞がれる。


「それ以上、近づくな! …と、薙刀の竜が言っています」


 水竜の感情が表出したと思えば、途中からは冷静な二階堂の解説が加わる。


「何故逃げ回るか知らないが、話はとりあえず、どこか人目のつかないところでしようじゃないか」


 桐生はそう言うとまた半歩近寄る。これが警告に反したとして、二階堂がヴァイス目掛けて駆け出し、渾身の力で薙刀を振り下ろして正面突破を試みる。これを刀で受け止めると、二階堂はそのまま押し切ろうと尚駆け出す。ヴァイスは受け止めながら後方に滑っていく。意地の力は想像以上に強く、ヴァイスは堪らず自らさらに後方へと跳んで相手の力をいなして距離を取る。ところがその着地に青信号で一台の乗用車が勢いよく突っ込んでくると、ブレーキも間に合わずにヴァイスを撥ね飛ばしてしまう。彼の体は大きく吹っ飛び地面に叩きつけられ、勢い余ってそのまま地面を数回転がっていく。ようやく止まってうつ伏せて、そのままピクリとも動かない。


「は… 撥ねられた…」


 「植木屋」の車の中で誰が呟いたか、しかし誰も後の言葉が続かない。撥ねてしまったドライバーが車から降りてくる。見れば二十代くらいの若いスーツ姿の男である。顔面は蒼白、慌ててヴァイスに近付くも、倒れた彼を目にするや、足が竦んでその場で尻餅をついてしまう。この隙に二階堂はまた逃走する。桐生は一切ヴァイスに気を掛けず、振り返りもせずにそれを追いかけていく。


「あいっつ! なんて冷たい男かしら!」


 弥生は怒りに駆られて車を降り、滋も今思い出したように、撥ねられたヴァイスが心配でやはり車を降りる。ところが二人が飛び出した丁度その時に、道の真ん中で横たわっているヴァイスがむっくり起き上がる。その場で首を振り、腕を伸ばし、肩の関節を入れ、指を鳴らして、身体の具合を確かめている。額からは鮮血が流れ、頬を伝い、首下まで垂れている。遠くから見る限り外傷はその程度である。


「だ… 大丈夫ですか?」


 滋が駆け寄って、弥生も無言ですぐに追いつく。


「う~ん、多分、大丈夫かな。腕ははげしくやられたけど、動かせないほどでもないからね」


「血が、出てますよ」


「おや、ほんと。まいったね」


 弥生はすぐにポケットから白いハンカチを取り出して無言で渡す。怒っているのか心配しているのか、照れているのか… ヴァイスを前にしたときの彼女は普段の彼女とその態度が違う。ヴァイスは微笑んで、「ありがとう」。ハンカチを受け取り、首筋から血を拭い、傷口にあてがって止血をする。白いハンカチは忽ち赤く染まる。


「洗って返す、と言いたいけど、洗っても落ちないかな。ごめんね」


「いえ、差し上げますから」


 自分から差し出しておいて、つっけんどん。滋の目にもおかしな態度である。ヴァイスはそれでも嫌な顔を一つしない。むしろ楽しんでいる。


「さてと、桐生誠司たちはどっちに行ったかな?」


「え? 向こうのほうですけど、まだ追うんですか? 撥ねられたばかりなのに、病院に行ったほうが…」


 負傷した腕を別の手で握ると、一念。魔法力で何かをする。何をしたかはわからないが、


「これで問題ないかな」


 腕をぶんぶん振り回す。すでに治っている。見ると出血していた額の傷も塞がっている。滋はその人間離れした回復に唾を飲む。


「あの、後は僕たちだけで追いますから」


「いや、乗りかかった船だからね。それに、さっき薙刀の攻撃を受け止めた際、彼、いや水竜の気持ちが何となくわかってね。推測だけど、放っておくと見境なく一般市民を攻撃しかねない」


「え? それって本当ですか? 相手の心を読み取ったってことですか? え? もしかしてそれが誠司の言っていたヴァイスさんの能力…?」


「いや、心は読めないよ。マインドにプレッシャーを与えて反応を窺っているだけだからね。あくまで推測だよ。それでも水竜が人を斬った感覚を取り戻そうとしていることだけは感じられたから、多分、間違いない。見失ったら、拙いかな」


「本当にそんなことになったら、問題だなんて言っていられる話じゃなくなってくるわね」



続きます

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ