逃げ出す水竜と二階堂
「あの薙刀の効力はパワーばかりが増幅されるだけで、武を極めるといっても、テクニックまでが上がるわけじゃないみたいだな。普通の人間からするとそれだけでも脅威だろうが、ただ振り回すだけじゃ、あの二人には通用しない…か。力だけを与え、技術はあの二階堂君に任せて戦ったほうがもっと上手くやっていたんじゃないだろうか」
「水竜のプライドがそれを許さんのやろ。あれは確かにただの武器やなかったな。生き物や。しっかりと知能も感情を持った生き物やった」
村田と穂高は各々そう分析する。データ収集ももう十分。二階堂の体は脱力し、その顔のほうはいつの間にか泣くのもやめて、その分析を耳にして、褒められたと思ってニヤニヤとしている。一人の人間の首から上の表情と首から下の態度がこうも違うと、見ていて気色が悪い。萎れて涙まで流させた水竜に同情していいのか、笑っていいのか… すると水竜は、二階堂の首から下を操って突然走り出す。今度はそのまま訓練所を出て行ってしまう。
「え~と、出て行ってしまったけど… どうするの?」
滋は呆気にとられた顔をして聞く。
「いけない! どこに行く気か知らないけど、外に出られると問題になる。追うぞ!」
桐生を先頭に、村田も穂高も慌てて追いかける。一歩出遅れた滋は、動こうとしないヴァイスが気になる。
「追いかけないんですか?」
「変な質問をするね。俺はここの人間じゃないんだけどね」
「そ… そうでしたね…」
それでも滋もすぐには追いかけない。ヴァイスを漠然と見つめる。
「う~ん、君ら全員が後ろを見ずに追いかけていったら、その隙にこの基地内を久しぶりに視察してやろうかと思ったけど、今回はやめにしておくよ」
そう藪から棒に言うとヴァイスも訓練所の出口へ向かう。ようやく滋も訓練所を出る。長い廊下の突き当たり、エレベーター前で先の三人の姿がある。
「派手にやってくれて…」
との桐生の声がする。見るとエレベーターの扉に大きな穴が開いている。
「中の天井もやられているな。ここから抜けて、上へとよじ登っていったようだな」
分析してくれるのはやはり村田である。
「使い方がわからないなら階段を使えよな、階段を」
エレベーターを正面に、左に向けば階段もある。桐生は頭を掻きながら、そう呆れたようにぼやいて、すぐに二階堂の真似をして、エレベーターの中から天井を抜け、そこから壁を蹴り飛び、階上へと向う。
「我々は階段で行きましょう。穂高さん、大丈夫ですか?」
「ふん、若い奴らについていけるわけないやろ。先に行ってしまえ」
「俺はこっちかな」
ヴァイスも桐生と同じ経路を使う。滋は村田と階段を駆け上がる。ざわつく和菓子屋の工場を抜けて売り場まで出る。そこで桐生が弥生に文句を言われている。
「だから、いまのはいったい何だったのよ! お客さんがいなかったらいいものを! 薙刀なんか持ち出して、おまけにガラスは割っていくし、何をしていたのよ! あんたたち!」
「え~い! だから俺たちも油断していたんだよ! それよりもどっちに逃げていったか教えろ! 店とか基地のことは後回しだ! あいつが外で暴れたりしたら、それこそ面倒臭いことになるんだぞ!」
「うっるさいわねぇ! 逆ギレなんかするんじゃないわよ! あっちよ! あっち!」
弥生が指し示した先は丘の麓のほう。下れば無論、町がある。
「あいつめ、より面倒な方角へ行きやがって!」
大急ぎで駆け出していく。ヴァイスは店を出る前に、
「弥生ちゃん、ありがとう。怪我はない?」
「え? いや、ない、けど…」
弥生はそれまでの剣幕も一度に引っ込めて、俯いて黙ってしまう。
「弥生さん?」
滋が声をかけて、ハッと我を取り戻して弥生が顔を上げると、ヴァイスも出て行った後である。そうとわかると、
「ちょっと、滋くん! あれは何だったのよ! あの薙刀の高校生は!」
すぐにまたいつもの弥生の調子に戻っている。
「いや、あれは、薙刀の水竜に操られているといいますか、武を極めるといいますか、それなのに誠司たちに負けてしまったといいますか、傷心にくれているといいますか、自棄をおこしたといいますか、とにかく面倒なことになったわけです、ハイ」
「あんた、説明になってないわよ」
細めた目で見据えられると、滋の顔は引き攣ってしまう。代りに村田が、
「我々は車を使おう。あの三人に走って追いかけても、追いつけるものじゃない。平塚君、君も来るといい。ガラスも割られてしまったし、お店も今日は店じまいになるだろうから。それに、これはもう、実行部隊の仕事になりかかっているからね」と言う。
「結局、あのじいさんの尻拭いってわけね」
「わしの… 尻拭いで… 悪かったな…」
ぼやいた弥生の後ろで、老体に鞭打って階段を駆け上がってきたばかりの、息が切れて汗にまみれた穂高がいる。びっくりさせられて、弥生は殴ってしまいそうになる。
「穂高さんも、ついてくるの?」
「もちろんや… あとのことは、奥の連中に任せる」
四人は店を出て隣の駐車場に向う。ボディの側面に「植木屋」と店の名前と電話番号が書かれた、和菓子の運搬や営業に使用している白のバンを村田が用意する。
「これ、勝手に使っていいの?」
「これしか適当なものがなくてね。俺は自転車通勤だし、平塚君はバスで来たんだろ? 出せる車はこれしか残っていなかったんだよ」
「これも壊れるようなことになったら、さすがの所長もきっと怒るわね… いっそ誠司の車を使ってしまえばよかったのに」
弥生はまだまだ文句が言い足りない様子。それでも、これしかない以上は皆乗り込んで、村田の運転のもと、桐生たちの後を追いかける。ちなみに発進してみると、村田の運転は荒い。まるで走り屋である。滋はシートにしがみ付きながら、この業界は誰も見た目で判断してはならないと肝に銘じる。
続きます




