戦いながらお喋り
ヴァイスに攻撃が当たらなければ当たらないほど、二階堂の薙刀はますます大振りとなる。それでは通用しない。通用しないが破壊力だけはあるため、躱された刃が訓練所の床や壁を傷つけ、破壊していく。データを取る村田も穂高も、いい加減にしなければ始末書ぐらいじゃ済まないと、焦りだす。
「おい! 早く何とかせい!」
ヴァイスも決して遊んでいるわけではない。どう薙刀を落とすか、まさか腕ごとを切り落とすわけにもいくまい。ただ、避け続けていると段々と薙刀を振るう動きも重くなっていく。操られても体力には限りがあるようで、ついには攻撃を止めて肩で息をし始める。
「つ… 強いですね。あの桐生さんと同じくらい、いや、もしくはそれ以上かも…」
「そう? そいつはありがとう。でも、だからといって俺を武を極めるためだとかのターゲットにしないでね」
「いえ、それはこの竜に… 聞いてください…」
「う~ん、君はどうやら自分が操られていることにそれほど恐怖だとか、暴れることに対する罪の意識だとか、そういうものがあまりないようだね。一つ聞いていいかな? 君のいまのその現状は楽しいかい?」
答える前に、二階堂の体は小休止も終えて攻撃を再開する。薙刀を振り回しながら、
「楽しいかと聞かれると、考えてしまいますね。自分が超人的なパワーで、普段以上のスピードとキレで動けるのは、それは楽しいものなんですけど、こうも体が勝手に動いてしまうと、自分としてはまるで傍観者で、家でテレビを見ているのとあまり変わらない気もするんですよ。自分の当初の予定としては、桐生さんのように操られずに竜のパワーだけ頂いて、むしろそれを利用するつもりでいたんですが、なかなか世の中そう上手くいかないものですね。全然いうことを聞いてくれません」
ヴァイスは巧みに避けながら、
「こう言うと酷かもしれないけど、君はやはり普通の人間だからね。いわゆる能力者とは違う。自分の才能や能力を超えた力を手に入れても、一瞬は気分もハイになろうものだけど、決まってその分、後で『落ちる』。君はまだマシなほうだよ。上手くいっていないからこそ、悩む程度で気持ちが踏ん張っていられる。人間の運命なんてうまくできているものでね、君のような真面目な性格の人間は何かに頼って力や名声を得るよりも、自力で少しずつ成長を経て、手に入れたほうがいいって、そういうことなんだと思うよ」
「でも、それでもこの力を今すぐ捨てたいとは、そうは思わないのも事実です。自分にもあなたや桐生さんのような飛び抜けた身体能力があれば… それが最初からなくても、自分にも実は隠れた飛び切りの才能があって、何か他人とは違う隠れた能力だけでも持っていれば、更なる高みを求めて努力できようものです。でも、自分の場合は、あなたの言うとおり、いわゆる普通の人間だから、努力次第でどうにかならないのかもしれない。そういう人間が、そういう能力に憧れを持てば、この憧れ、夢のために、何かに頼ることだって決して悪いことではないと思うのです」
一つ、火花が飛ぶほどの刃の衝突をもって、お互い距離をとる。
「う~ん、では、今の君はその夢叶って、他人の力とはいえ、強力な力を手に入れることができたわけだけど、そうなった君の次の目標というのは一体なんだい? 更なる高みというやつかい? 水竜の言うところの、武を極めるというやつかい?」
二階堂の頭は思慮に入る。体の方はまた攻撃を再開する。心体ちぐはぐとあれば、振るう薙刀も大振りばかり。まずヴァイスには通用しない。躱され、いなされ、さらには躓かされ、転ばされる。力の差は歴然である。
「あの人、あんなに強いんだ…」と、傍観しかしていない滋が呟く。
「あいつは、そいつと関わったり、そいつと戦っていると、おそろしいことにどんな相手でも、どんな攻撃でも慣れてしまって、たとえ勝たないにしても、負けなくなるんだよ。どれだけやってもこっちは勝てないんだから、やり辛いったらありゃしない」
そう答えるのは、誰かと思えば、いつの間にか滋の隣に立っている桐生である。
「あれ? のされていたんじゃ… もう平気なの?」
「もともと気絶してない。いたって平気」
見る限り外傷もない。痛みを痩せ我慢している様子もない。
「まるで、いなしの天才だね。それが、前に弥生さんに言うとか言わないとか言っていた、あの人の能力ってやつ?」
「いやいや、まさか。あれはあくまであいつの戦闘技術だよ。あいつの能力ってやつは、それこそ厄介だよ。体感するとわかるけど」
「ハハ… あれ以上にまだ凄いものを隠しているんだ…」
自分では逆立ちしても敵いはしない。だが、それほどの人がどうして自分に目をつけているのか、滋には不思議である。
「それにしてもあの薙刀の高校生、俺よりもヴァイスのほうが強いとかって評価していたな。失礼な奴だ」
「そりゃ、のしちゃったんだから… ねぇ」
「だから、のされてない。あれは愛嬌だ。彼にも俺の格の違いというやつを教えてやらないといけないな。おい、ヴァイス! そろそろ疲れただろ、俺と代われ! 俺が相手をする!」
「別に疲れていないけど…」
構わず桐生は二人の間に割って入って剣先を二階堂に突きつける。どちらを攻撃すべきかいったんは躊躇するが、二階堂の体は桐生を無視してヴァイス目掛けて突っ込んでいく。カチンときた桐生はすれ違い様に足払いをして、二階堂を転倒させる。今度はそれに二階堂の体のほうが癇癪を起す。標的を桐生に切り替え、得物を振り回す。ときに水竜も飛ばす。だが、仕返しの機会を待っていた桐生は、それらをすべて躱してしまう。躱して、躱して、蹴る。蹴って、蹴って、また蹴る。
「まるで子供の喧嘩。それもイジメだね」
品のなさにヴァイスも呆れてしまう。よく見ると二階堂の瞳からは涙も流れている。
「どうしてだろう、自分はもう桐生さんにも敵わないと諦めているのに、体の中から熱いものが湧いてきて… 自然と涙がとまらない。不思議な感じだ。自分は悲しくも口惜しくもないのに… 体の中の水竜が…」
武の極みを欲しながら、一度に二人の男に簡単にあしらわれる現実。破壊マシンと思っていた水竜にも人の如く感情があるようだ。桐生もヴァイスも自分でやったことながら、次第と可哀相になってくる。
続きます




