滋とレポートと桐生と仕事
「なんだ、それ? また何を趣味の悪いものを調べているんだ?」
大学の図書館の一室、その隅で調べものをしていた佐久間滋の背後から桐生誠司が机の資料を覗きこんで渋い顔をする。滋は苦い顔をする。
「一般教養の民俗学のレポートだよ。趣味の悪いなんて、先生が聞いたら悲しむよ」
「お前、理系のくせしてそんな授業をとってんの? たいした趣味だね。それで、何を調べているんだよ」
「いや、県内、もしくは隣県の古い言い伝えについてっていう題で調べていたんだけど、水竜伝説っていうのを見つけて、それでちょっと深く調べていたって、ただそれだけなんだよ」
「ふ~ん、暇だね」
「暇って… ちゃんと勉強をしているだけじゃないか。君のように単位は貰えればそれでいいっていう考えでもないだけだよ。せっかく授業料を払っているのに勿体無い」
「意外とせこいな。それにしても少しは顔も晴れてきたじゃないか。どっか出かけたのか?」
「そう? でも、どこにも出かけていないよ。弥生さんが勧めるように旅に出るという性格でもないし、君のように体を動かせばそれだけでスッキリするっていう便利な脳の構造もしていないし… 強いて言えば、こうやって調べものをしてそれに没頭していると、自然と鬱々としたものも忘れていくからじゃないの?」
「ふぇ~、そっちのほうが変梃りんな頭の構造をしているように思うけどな。まったく出不精な男だね。男のくせして女の子みたいに色白な理由もわかる気がするよ」
「一言、二言、余計だよ。でも、調べると結構に面白いんだよ、この水竜伝説。ただの言い伝えなのか、それとも当時、本当にこういう出来事があったのか。UWに入っている手前、本当にあったように強く思えるんだけど、誠司はどう思う?」
古い書物を抜粋して書き写した滋のルーズリーフの文字を、順を追って読んで、桐生もふんふんと唸る。
「ま、多分、本当にあった出来事だろうな。おそらく『あちら側』の迷子だと思うけど。でも、その伝説はいまも聞こえるものなのか?」
「いや、全然。あくまで、その当時だけのようだよ。現在、近くで水竜の目撃情報があるわけでもないようだし」
「当時の俺たちのような連中が『あちら側』に帰したってことだろうな。いまもむかしもこの業界はやっていることが変わらないもんだね」
と、不意に桐生の携帯電話が懐かしい黒電話の音で鳴り出す。
「図書館に入ったらマナーモードにしときなよ」
桐生は申し訳なさそうに電話に出るが、館からは出て行こうとしない。彼の本日の服装は白のハーフパンツに絵柄の入った黒のタンクトップ、メッシュ地の青色の靴を履いて、まるで川帰りの少年のようだ。話の内容から電話はUWの基地からのようだが、はてさて、
「でも、それは警察の仕事なんじゃないの? それも落ちた高校生っていうのは全然無事なんですよね。え? 竜が出た? 池の周りに? それはまた偶然…」
話も済んでゆっくり滋の方へと振り向くと、彼も奇遇な言葉を耳にして目を見開いている。
「今のって… もしかして」
「おう、仕事だね。ほとんど、これ」
机上のルーズリーフを指差す。二人して、にんまりとする。
「高校生が落ちたって、聞こえたけど…」
「まだ詳しくはわからないんだけど、高校生が池に落ちて、まあ、そいつは問題なく無事なんだけど、そいつが偶然に池の底から古い薙刀みたいなものを引き上げたらしい。水から出てしっかりとそれを握ってみたら不思議なことにその薙刀から水でできた竜のようなものが出現して話しかけてきたそうだぜ。びっくりしてすぐに薙刀を手放すとそれもすぐに消えたんだとよ。そいつはすぐに警察に連絡したんだけど、ブツはうちらのほうに回ってきたっていう話だ」
「薙刀か… 調べていたのと少し違うけど、すごく興味ある。それで場所はどこなの?」
「おお、久しぶりにやる気を出しているじゃない、そいつはいいことで。場所はW市って言っていたかな」
「誠司、僕が調べていたのもW市の池なんだけど…」
「おや、それはまた…」
滋の領域を文武でたとえるなら九割以上は「文」。九割九分で「武」の桐生と違って、UWの戦闘員としては不向きなのかもしれないが、組織においてはこういった人材もいなければ上手く回らない。本来、水と油のようにも思える二人でも、それもまた人の妙というもので、似たもの同士よりも返ってこういう両極端なほうが仲も上手くいく。相手のことを不思議に思うこともしばしば、理解に苦しむことも多々あるが、いちど興味のベクトルが同じ方を向くと、一人の時以上に行動も早い。
「とりあえずこれから基地に向うぞ。お前も来い」
「了解」
続きます